第一話 日常の終焉
ある年のことである、それは例年より行方不明者が多い年だった。
その行方不明者は若者に偏っており、皆同様に荷物だけ残して失踪していた。
そして、どの人もその荷物の内にはスマートフォンが含まれていた。
それだけなら何のこともない話だが、そのスマートフォンにはある同様のゲームがダウンロードされていたのである。
いや、ゲームと呼ぶのはいささかおかしいかもしれない。
何故なら、そのゲームはデータというものが一切欠如していたから。
そのゲームの名は
《トリニティー・ワールド》
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「……ですから……ここで…を用いて……となります」
六時限目――つまり今日最後の授業だ、小太りの教師が汗を流しながら数学の問題の解説をしている。生徒たちは本日の気力を全て使い果たしたのか、視界にはどんな襲撃後だよと言わんばかりの惨状が広がる。起きている人も余り授業を聞いているとは言いがたい。教師の声と夏の騒音だけが空しく教室に響き渡っている。
――暇だな。
そう思いながら俺――碓氷神影は手に持っていたシャーペンを無造作に置き、ふと窓の外に広がる快晴へと目を向ける。雲一つない空をカラスが優雅に飛んでいた。
一瞬そのカラスの赤い瞳がこちらへ向けられた錯覚を覚えた。
朝の元気を失った蝉が弱々しく啼いている。もうとっくに夏は半ばとなり他の学校は夏休みを迎えたであろう最中、どういうわけかこの高校はまだのんびりと授業が執り行われている。夏休みってのは暑いから休みなのに職務怠慢じゃないかと訴えたい。いや休みが働いてないのはある意味職務を全うしているかもしれないが。ともあれ、やる気というやる気は真夏の凶悪な陽射しによって干からびても致し方ない話だ。
誰も聞いていない授業を聞くのも面倒だが、他にすることもないので俺の話をしよう。
この神影という厨二臭い名前をなぜ付けたのか母に聞いたことがあるのだが、母曰く、カッコイイでしょ、だそうだ。
厨二病か、我が母よ。お前、無神論者だろ。
そのせいで中学の頃、散々厨二病ってからかわれ……いやそれは俺が普通に厨二病だっただけか。
それは置いといても、うすいみかげって何か影が薄いような感じが……。別にこの名前が憎いと言うほどではないけれど、ことある度にからかわれるのは少し辟易する。
俺は名前以外はごくごく普通の、近所の高校に通う高校生だ。自分で言うのもなんなのだが学力、運動神経は共に平均は上回っている……つもりだ。
容姿はこれといって特徴の無い平凡な顔をしている。強いて言うならば、若干つり目なことが特徴だろうか?
身長は平均よりは高く、体重については特に言うことはない。
特技は無い。
……。
ことは無い。
いやまあほら何、あれだよあれ、えっと、、ぶ、部活とかあるじゃん? あ、帰宅部……はい。
趣味はネット小説を読み漁ることだ。
アニメを見たりもするし一応ゲームもたまにするが、ゲームとかって時間を大分浪費するからなあ。いやまあ、小説も時間を浪費するけど。
友達は多い方ではないと思う。と言うより、まず喋る人があまりいない。
俺自身が皆を避けているわけではないのだが……。
なんか自分で言ってて悲しくなってくるわ。
と言うわけで、平凡な男子高校生である俺の話でした。
あれ? 平凡に思えねえ、何故だろう。
そうこう考えているうちに、チャイムがなった。
「あー、今日も学校大変だったなー」
「何言ってるんだよ、お前は寝てただけだろ」
「この間やってたあの映画見た?」
「見た見た、面白かったよね」
誰かが楽しそうにしゃべっているのを傍目で見ながら(ってあの映画で伝わんのかよ)、自分はさっさと帰る準備を済ます。
否、済まそうとしたが、邪魔が入った。
「ねえ、神影くん。聞きたいことがあるんだけどさっ」
「何だよ。いつもに増して元気だな。俺は今忙しいんだ」
「良いじゃない、碓氷の好みじゃないの。それに忙しいとか言ってるけどちょっと荷物まとめるだけでしょ、どーせ。さっきの授業の解説よくわからなかったんだけどね」
こいつの名は、碓氷珠里亜。
黒髪で(言い忘れていたが俺もだ)ロングヘアーのクラスメートだ。
まあ容姿はよい方だろう。どうでもいいが別に幼馴染ではない。生き別れの妹だったりもしない、知らんけど。
他の人は俺とあまり喋りたがらないのだが、何故かこいつはよく俺に話し掛けてくる。あいつが言うには俺には気迫っていうかオーラのようなものがあって、それがどこか惹かれるそうだ。まったくもって意味がわからん。
てか、どうやったらこんなけっこう珍しい苗字が被るんだ。あれか、ここら一帯は碓氷さん大量発生地区か?
「何で、いつも俺なんだよ、俺だってあんまり分からんと思うぞ。まあ良いけどさ。何処だ?」
「んとねー、ここなんだけどさっ」
ガラリ、と教室の扉が勢いよく開かれる。
「はい座って、終礼を始めるぞ」
担任が入ってきて、いつも通り終礼を始める。
「あ、じゃあやっぱり明日ね」
明日じゃなくて諦めろよと思ってる間に、あいつは自分の椅子につく。
帰る用意をさっさと済まし、窓を眺めながらぼーっとしていると終礼がもう終わろうとしていた。
「……明日はいつも通りです。それじゃあ、起立、礼、さようなら」
「「さようなら」」
俺は言うと同時に素早く教室を出る。
今日も疲れたなと思いながら、いつも通っている道をのんびり歩く。
手慣れた手つきでスマートフォンを取り出し、いつも読んでいるネット小説をよみ始めようとする。
が、間違ってゲームの広告のページを開いてしまった。
「はあ、これがあるからタッチパネルはあんまり好きじゃないんだよな」
その広告には、「あなたも、魔法の世界に行って戦おう!!」みたいなベタなRPGの宣伝が書いてあった。
でもまあ、今嵌まっている小説も投稿に追い付きそうし、暇潰しにでもこのゲームでもしてみようか。こんなことになったのも運の定めだ。
と若干厨二病っぽいことを考えながら、広告を読んで見る。
「何々?トリニティーワールド?」
種族が色々あって、結構操作の自由度は高いらしい。
種族選べないのかよ。運が試されるってか。
もともとRPG系は、好きな方なのでゲームしてみようかと思い、ダウンロードボタンを押した。
すると、「本当に良いのですか」と出てきたが、あまり気にせずにイエスと、もう一度した。
他に良い小説ねえかなと適当に時間を潰して待っていた時、「ダウンロードが完了しました」と声が聞こえてきた。
その瞬間、画面から眩い光が迸る。眩しくて俺は思わず目を閉じてしまった。
『ようこそ、《トリニティー・ワールド》へ』
何か頭に響く声が聞こえてきたと思ったのも束の間、スマートフォンから光の奔流が瞬く間に俺を包み込むように広がり、そのまま俺を呑んでいった。
そして、 俺――碓氷神影はこの世界からいなくなった。
光が収まるとそこには無機質に転がっているスマートフォンと、持ち主を失い倒れた鞄だけが残されていた。