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三話

 流れ流れ音は響き、水と風がワルツを踊る。

土は歌い、陽が笑う。

その歌声は、荘厳さと清らかさを兼ね備えながらも明るく深く、時に羽よりも軽やかに。

風と水のワルツは、時に速く、時に遅く、広く遠すく、庭全体へと広がっていく。


旋律は優しさを残し幕を引いた。

細かく広く踊り回っていた水たちも、聞き惚れていた大地もその役目を思いだし、優しさとともに庭の木々へと降り注ぐ。


まんべんなく降り注ぐ水たちを眺め、声の主は満足げに頷いた。


「…よし、水撒き終了」


フワリとスカートを揺らす姿は、古風ながらも良きメイドの鏡といった立ち姿である。

キラキラと水と日の光によって輝く髪は、黒曜石の色を持ち、健康的に朱がさした頬は白磁の器よりも滑らかである。


メイドの名はシュリア・パリー。

クレイドス城を管理する、ただ一人の召使いであった。



第三話



「それでは、いってまいります」


礼儀正しく腰を折るメイドに、赤い主は頷いた。

彼女のオレンジから深紅へとグラデーションのかかった髪は、丁寧にすかれ輝きを増し続けている。


「コスズが庭にいるはずだ、道案内に連れていくといい」


「先程、水撒きをした時には、見ませんでしたよ?」


「裏庭の方だ。あやつは、そこの鍛治場をねぐらにしているからな」


窓を覗けるようクッションをずらしてやる。

しかし、足の踏み場が無いレベルで部屋はクッションまみれのため、辛うじて煙を吐く煙突が見えただけであった。


「炊事場の勝手口から裏へ回れるはずだ」


勝手口の扉に思い至ったのか、シュリアは軽く頷き、再度一礼して部屋を出ていった。

残されたのは、クッションに持たれながらも複雑そうな瞳で艶を取り戻しつつある髪を弄くるベルフェゴール。


「気持ちよくはあるんだが…。髪をすかれながら目を覚ますと言うのは、どこか気恥ずかしいな」


その顔は、感触を思い出したのか、髪に負けず劣らず真っ赤に染まっていた。


「そんなところまで、あれに似なくていいというのに…」


ため息をつきながら窓に視界を映せば、裏庭を歩くシュリアが見えた。

その先には轟々と煙を吐き続ける煙突と、レンガで築かれた鍛冶場がある。

早速、子鈴のねぐらに乗り組むようだ。


「しかし、あれに似たということは…。何かが変わり始めるな」


臆病なくせに、何処までも前向きで人を信じて疑わない。

彼女の勢いは時流を引き付ける。

そこにいるだけですべてを変えてしまう少女、あのシュリアには、彼女のもっとも類まれではた迷惑な才能が受け継がれているように見えた。


「さてさて…それがよいのか悪いのか」


庭先から聞こえる楽しげな少女たちの声を聞きながら、怠惰の悪魔は楽しげに笑った。




裏庭と呼ばれた場所は、一言で言い表すと混沌であった。

無造作に切り開かれた広場の中央に鎮座するのは、轟々と煙を吐き続ける巨大な煙突。

その根元にはベルフェゴールを思わせるほど、赤々と赤熱する大きな炉が存在を主張している。


広場に生えるのは草木では無く、鉄の芸術たち。

幾世紀も前に生まれ、戦場の中で無機質に殺戮のために進化し続けた武器という武器。


槍、戦槌、戟、鞭、剣。

古今東西、ありとあらゆる武器が無造作に突き立てられていた。


中には、魔を帯びて昇華され、魔剣、魔槍といった類の、なかなかお目にかかれることは無い類のものまで混じっている。

それら剣山の中央で今もなお槌を鉄へと振り下ろしているのが、探し鬼。


霧矢子鈴(きりやこすず)である。


綺麗さよりは愛らしさを見るものに感じさせる顔は、食堂で垣間見せた無邪気さなど欠片も無く、巌を感じさせる熟練の職人そのもの。

淀みなく、一打ち一打ちが鉄へと息吹を吹き込んでいく。


昨夜被っていたパーカーフードはなく、隠れていた紫の髪は頭部に括られ、とがった耳がぴんと立っているのが見える。

上半身は裸、胸にはさらしが巻かれただけの姿である。

堅物であれば顔を顰めそうなその格好は、鉄を打つ表情と合わさると、不思議と神秘的な感慨すら沸いてくる。


話しかけることすら忘れて、シュリアはその場に立ち尽くしていた。

彼女の姿に見ほれていたのか、それとも、その奏でる槌の音色に聞きほれていたのか。

気がつけば、一本の細身の剣が子鈴の手によって形作られていた。


子鈴が視線を上げる、その視界はシュリアの向こう、地面に突き立てられた一本の剣を捕らえていた。

大きく無骨な剣である。

対するは柄すら取り付けていない、素の刀身。

子鈴は、剣の前まで歩み寄ると、大上段に打ち上がったばかりの剣を構えた。


一瞬の出来事だった。

浅い呼吸の後、静かに振り下ろされた剣は、澄んだ音を残し彼女の手に残った。


地に落ちたのは、突き立てられた無骨な剣。

その刀身が中段あたりからゆっくりと滑り落ちる。

見事な斬鉄。

それを成した技量も、その技量に折れなかった刀身もすばらしい。


「ありがとう…、ゆっくり眠れ」


彼女は折れた剣へ礼を尽くすように残身を解く。

暫し、頭を垂れ黙り込む。


静寂が、この剣の庭を支配していた。


ゆっくりと名残を惜しむように顔を上げ此方に振り向く。


「……あ!めいどさんだー、どうしたのだ?」


キラキラと無邪気に笑うその顔、そこにはすでに先ほどまでの痛いほどの静謐さは欠片も存在していなかった。




急遽用意したタオルで汗をぬぐいながら、再度子鈴が首を傾げた。


「それで、どうしたのだー?」


すでにパーカーを着込んでおり、髪は露出しているものの、昨日と変わらない姿になっている。

鬼気迫る剣鬼の姿は微塵もなく見た目相応の無邪気さを感じさせる瞳が輝いている。好奇心に塗りつぶされている姿は、その手に握られた抜き身の刀がひどくそぐわない物であった。


「ええ、ベルフェゴール様から町に下りるなら、子鈴様に道案内を頼めと…、忙しいようでしたら私一人で向かいますが」


「いいのだー」


「しかし…」


「メイドさんは昨日、どうやって城まで来たのだー?」


「路線戦車…、と呼ばれるものに乗せてもらいましたが」


「なら一緒に行くのだー」


会話中も子鈴の手は停まることなく、鍔と柄を取り付けていく。

最後に朱色に塗られた鞘に収めると完成。


「丁度、一本打ち上がったのだー、買出しもあるし一緒に行くのだよー」


剣袋にそのまま治め、背中に背負う。

すでに子鈴の中で行くのは決定事項らしい、ならば断るのは無粋かとシュリアも腰を下ろしていた切り株から腰を上げる。


「それでは、よろしくお願いしますコスズさま」


「にゃは、さまとか付けられるとむずがゆいのなー。子鈴でいいのだ、めいどさん」


「ふふ、それでは私もシュリアと、コスズさん」


「むー、うん。別ったのだシュリア!」


屈託なく笑う子鈴の姿にシュリアも頬を緩め、二人連れ添って歩き出す。


「今から向かう場所はわかりにくい場所なのですか?」


「…んー、何で?」


「案内が必要…、とのことでしたので」


「場所はねー駅舎の近くだよー」


「では、一人でも」


「無理無理ー。初見ではじめて歩けるような町じゃないからーね」


「町が…、ですか?」


言っている意味がわからずシュリアは小首を傾げながら子鈴についていく。

屋敷を出て門を閉じる。

そして、眼下に広がる町並みを見て思わず絶句する。


「…え?」


知識の都(クレイドス)』は、なだらかな山肌に沿うようにして発展した街である。

自然、象徴であるクレイドス城は町の頂上、山の中腹辺りに位置し待ちに向かって降りていく、つまり、城から町が一望できるわけだが。


「ね?無理でしょ?」


噴煙を巻き上げて天にその存在を主張する沢山の煙突が町中に見える。

その煙突が明らかに動いていた。

家、工場、店。

関係なく都市中を動き回っているのである。

たとえば、昨日乗った路線戦車のように車輪で動いているもの、金属製の蜘蛛のような足でカチャカチャ動いているもの、果は魔方陣のようなもので浮いているもの。

都市全体が意思を持った生き物の巣のような有様。


「…動いてますね、町が…」


「路線戦車に乗ってると自分も動いてるから気がつかなかったしょー。

この町はー、ある程度店の動きを知ってないと店までつけないのさー」


ぼうっとしばらく町の光景を眺めていた。

すると後ろから口笛を吹く甲高い声が響いた。


「じゃ、いこっかー」


口笛の主に顔を向けると、いつの間にか小さな鬼の背後に黒い大きな物体がいるのが見える。

思わず呼吸が止まっていた。


「は…ひっ」


女性であれば、大多数が生理的嫌悪感を感じてしまうであろう見た目、赤く光る八個の目。

ずんぐりむっくりの身体を支える毛深い八本の足。

子鈴の五倍はありそうな蜘蛛が、そこにいた。


「鬼介ー、元気にしとったかー?」


コクコク。

硬そうな毛をナデナデする子鈴と、撫でられるがままに頷く蜘蛛。

とてもシュールな光景である。

ペットと飼い主という構図では無く、一歩間違えれば、モンスターと餌である。いや、一歩間違えなくてもモンスターと餌である。


「コスズさん…それは?」


「んー?鬼介だよ、可愛いでしょー」


後ろで同調するようにコクコクと頷く蜘蛛。


「い、いや、可愛いとかそういった問題では無く…、クモですよね?」


「蜘蛛?鬼介は鬼介だよー?」


後ろで同調するようにコクコクと頷く蜘蛛。

無垢な視線が痛い、子鈴にとって目の前の蜘蛛どんなに大きかろうが警戒する対象ではないと彼女の目が物語っている。


「鬼介に乗っていけばねー、あっという間だよー」


「…え?乗るんですか」


「のらないのー?」


所謂鬼蜘蛛と呼ばれる主をあらん限り成長させた姿、それが鬼介と呼ばれる蜘蛛の姿。

黒光りした外郭、もさっと生えた黒い硬質の剛毛。

乗りたくはない、触りたくない、近づきたくない。

それが、シュリアの正直な心情であった。


「今日はちょっと…、自分の足で歩いて町を見てみたいので」


「んー…。じゃあ、あるこうかー」


「はい!」


目線を極力鬼介に合わせないようにしながら最もな理由をでっち上げるシュリア、子鈴は特に頓着することなくシュリアに同意した。

子鈴と共に歩き出すシュリア、そして、その後ろをノシノシとついてくる鬼介。


「ついてくるのですね…」


「鬼介だからなー」


身の丈にあった小さな歩幅で歩く子鈴、続いてシュリアも丈の長いメイド服を揺らして歩く。さらにその後ろに続く蜘蛛。

シュリアも諦め、遠い目をしながら淡々と子鈴の後をついていく。


「それでコスズさん。町全体が動いているなら、お店とかはどうやって探すのですか?」


「言ってなかったけ?まずはねー、教会を目指すのだー」


一見無秩序に動き回る町並みの中を。子鈴は迷うことなくずんずん進んでいく。

その背中に一抹の不安を覚え思わずシュリアは行き先を尋ねていた。


「教会…?ですか、それは…あの」


「うん、人類種における統一教会の教会だよー」


「なぜ…教会が?」


シュリアが不思議に思うのも無理はない。

統一教会。

それは、人類種における思想の統一を成し遂げた統一宗教の名である。

広く人類圏に分布し人類種の心の拠り所とさえ言われる教会組織。

しかし、それは勿論人類圏での話しである。

神では無く支配者たる魔王を信奉する魔族にとって、教会とは最も遠い存在、それはクレイドスに住む魔族にとっても代わりのないことである。


「クレイドスは知識の都、それは、等しく人類にとっても同じ場所なのだよー、諍いさえ起こさなければベル様は人にも寛容だからねー」


しかし、それだけで収まらないのが、すべての知識を蒐集するこの都の側面であった。

望むのであれば人族すら受け止める、何処までも深い懐を有する、怠惰公のお膝元、教会もその恩恵に預かった一つの結果であった。


「そうなのですか…」


「教会は動かないの、だから、まず目印として教会を目指すのだー」


ゴーゴーと小さな腕を上げて先導する子鈴。

ぴょんぴょんと彼女たちの後ろを縦横無尽に楽しげに飛び回る蜘蛛。


「…教会か」


しばらく歩くと、町の中腹辺りに特徴的なクロスを掲げた建物が見えてくる。

蒸気や噴煙を吹き上げガシャガシャと動き回る他の家々の中で鎮座するその建物は、静かで静謐さを保ちながら存在を主張していた。

大きな教会の扉の前で、清楚な雰囲気を体現したシスターが鼻歌を歌いながら箒で道を掃き清めている。


シュリアは思わず足を止めていた。

幻視したのは、昔見たことがある統一教会における聖女の絵を映し出したような光景だった。


「あれが、教会なのだー」


「…ええ、あれが。彼女、あのシスターは……?」


「シスターアリアス。綺麗な人なのだー」


綺麗な人。

まさしくその通りであった。

実りの稲穂を思わせる黄金色の髪がキラキラと日に照らされて輝き、楽しげに細められた青い瞳は慈愛に満ちている。

聖女。

そう呼んでも差支えがないほど、彼女の姿は見るものの目を惹きつける魅力に満ちていた。


しかし、それ故に彼女が腰に巻いているホルスターに吊られた二本の魔銃が異様に目立っている。

むしろ、彼女の美しさが目だっているが故に、細い腰にはそぐわない無骨な魔銃に目が持っていかれる。


「………腰のあれは」


「性格もとってもよいのだー」


「………」


それは、気にするなってことでしょうかコスズさん。

目で訴えてみるが、その当の子鈴がとても冷めた目で、同じように魔銃を眺めているのを見て思わず口を閉ざした。


「あら?コスズさん…おはようございます」


「おはようなのだー」


此方に気がついたのか、シスターアリアスは箒を動かす手を止め、陽だまりのような微笑を浮かべた。

彼女に向かってブンブンと楽しげに手を振る子鈴、その姿には、先ほど一瞬見せた冷たさは微塵も残っていない。

天真爛漫を絵に描いたような鬼娘が楽しげに身体を揺らしてシスターアリアスへと駆け寄っていく。


「おはようございます」


シュリアも子鈴の後に続き、シスターと目を合わせると優雅に腰を折った。

その横を蜘蛛が抜けていく、そしてシスターの目の前で停まった。


「鬼介さんも元気そうですね」


躊躇なく鬼介の太い足を撫でるシスターアリアス。

見た目どおりの華奢な女性では無く、その心には巨大な蜘蛛にも動じない豪胆な心を秘めているらしい。

密かにシュリアが戦慄する。


「それで、そちらの方は、初めて会う方のようですが?」


「めいどさんのシュリアさんなのだー」


「先日から、クレイドス城に勤めさせていただいております、シュリアです」


「これは、ご丁寧に…。

統一教会、クレイドス支部でシスターの任に勤めておりますアリアスといいます」


合わせ鏡のように腰を折り礼をする二人。

その光景を子鈴はニコニコと眺めていた。


「それで、今日はどうしました?

開店の時間にはまだ早いのですが、よって行きますか」


「うーうん。めいどさん、シュリアが町を歩いて見て見たいって言うから、目印にここまできたのだー」


「そうでしたか……」


「帰りによるねー、今は買出しがあるからー」


「わかりました、おいしいのを用意して待っていますよ」


「じゃーねー」


アリアスと軽く話して、子鈴はあっさりと歩き出す。

彼女に用があったわけでは無く、本当に目印としてよっただけらしい。


「失礼します」


「ええ…、いつでもいらしてください」


子鈴に続き、場を辞したシュリア。

背中に、変わらぬ朗らかな声がかけられた。

それは、不思議な感覚であった、魔王の支配する地の中で日々の生活を営む人族の姿。

そこには、他の神を信奉する後ろ暗さもなく、かつ魔族を貶めるようなほの暗さも感じられない。


「…不思議な人ですね」


「人族すべてが、彼女のような人だったら、きっと戦争なんて起こらないのだー」


「あら、魔族が…、ではないのですね」


「魔族すべてが彼女のような人だったら、きっと人族に言いように使いつぶされてしまうのだよ。

人族は、とっても強欲だからねー」


霧矢子鈴。

人族種(・・・)、鬼族の少女。

その言葉だけは、普段の彼女には似つかわしくない暗さを伴ってシュリアの耳に木霊する。

フードに隠され、彼女の顔は伺えない。

しかし、そこにこの数日見た笑顔は無い、それだけは確信を持って判断できた。




路線戦車の噴出する噴煙。

断続的に爆発を起こす錬金街、魔女が飛びかう魔術街。

それらが見えてきたということは、クレイドスの中における商業区に足を踏み入れたことを意味する。

喧騒と混沌。

狂気と探求。

それら、欲望と渇望が入り混じった石畳の街路を歩く二人の姿。


「そういえば、シュリアは学徒だったのかー?」


「ええ、この町のように探求を旨としたことはありませんが、侍女科そして執事科の履修を終えていますよ」


シュリアが通った学び舎は王都サコレアスにある。

嘗ての傲慢公、そして当代の魔王が治める王都サコレアスは『矜持の都』。

厳格なる都市には、魔界貴族の多くが通う学び舎がある。

そして、その場所は彼らに付き従う侍従たちにとっても彼らを支えるための手練手管、そして、侍従同士のつながりを得る場所である。

その執事科をたった一年で履修し終え、残りの二年間は侍女科に籍を置き首席で卒業した、それが今現在怠惰公に仕えるシュリア・パリーの経歴であった。


「よくわからないが、きっとすごいのだな」


「それほどでもありませんよ」


周りの喧騒には一切頓着せず、ほのぼのと歩く二人。

その横をものすごい勢いで鉄の塊が通り過ぎた。


「クカカ、ニンゲンガゴミノヨウダ!」


「ロロ、私は悲しいわ、ミラが起きない」


噴煙を吐き出し疾駆する、鉄の塊、その御者台に座る二人の人影。

シュリアの卓越した聴覚はその声を聞き取っていた。


「え…ミラ様?」


見れば鉄の塊の荷台には簀巻きにされた荷物らしきものと、それから飛び出した二本の立派なドリルの姿が見える。


「ホオッテオケナナ、ソノニモツヲガクエンマエニブンナゲレバ、ニンムカンリョウダ!!」


物騒なことを叫びながら人形姫(ドレファス)によく似た片言の少女が、狭い街中で巧みにハンドルを捌いていく。


「そうね、面倒だし」


悲しそうにしていた運転手と瓜二つの少女も、急にやる気をなくしたように突っ伏すと、ぼんやりと虚空を見つめだした。

そんあ三人を乗せてあっという間に、鉄の塊は町の向こう側へとその姿を消してしまう。


「今のは…、荷台にいたのは、ミラ様みたいでしたけど」


呆気にとられながらもシュリアは、事情を知ってそうな隣人に声をかけた。


「ミラは学園の院生だからなー、でも、普段は寝てるのだー。だからああしてロロとナナっていう人形が送り迎えしてるのだ」



「人形…ですか?」


「うん、ファーによく似ていただろう」


「ええ」


「あれが、最後の試作品、心の実験人形なんだそうだー」


「…心」


思わず、シュリアは彼女たちが走り去った方向に顔を向ける。

その瞳は先には、『知識の都』クレイドスの象徴、クレイドス半分を占める学園の姿があった。




広大な学園を見つめ続けるめいどさん。

背は高く見上げなければその、美しい顔は見えない。

フードの陰から覗くようにして見えたのは、銀のフレームの奥に潜む憂いを帯びた深淵のような瞳。

その瞳にはどんな像も帯びていなかった。

心ここにあらず、見ているものは学園では無い。

ならば、その先、学園の先。

広がる広大な荒野の先。


そっと目をそらす、見えてしまったから。


僕が捨ててきたものを、その瞳に見てしまったから。

過去を、思う哀愁の色を。

故郷を、家族を思う、捨てきれない後悔の色を---。




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