サイボーグは電飾の夢を見るか
西葛西サトルは改造人間である。組織によって戦闘用サイボーグに改造されたのはいいものの肝心の組織が壊滅し使命も後ろだても失って有閑貴族を謳歌する毎日が日曜日と自分に言い聞かせてみるがむなしい。現実はワンルームのアパートで膝を抱えて西日に照らされ人生のどうにもならない現実に煩悶しながら涙だって流しているし戦闘用サイボーグに改造されたのは本当なので人生のどうにもならない現実がもう本当にどうにもならない。なんだよ「組織によって戦闘用サイボーグに改造されたのはいいものの」って全然よくねえよ。
そもそも西葛西サトル自身の記憶が確かなら改造前は三十路のニート男性だったはずなのに今の姿は地味めな女子高生である。なんなのだこれは。敵を油断させるための欺瞞工作とか言われていたが本当になんなんだこれは。年の瀬だというのにこれでは実家にも帰れないではないか。どうしても実家に帰りたいなんて思ったことなどなかったはずなのにこうなると実家に帰れないどうしようと考えてしまうのはどうしたわけか。性転換手術しましたと切り出せば大丈夫か。それで大丈夫な親はあまりいない。しかも全体的な体つきも顔立ちも長年ホルモン剤を投与し続けたように完全に女性のそれであり今年の夏に里帰りしたときとあまりに違いすぎる。なにもここまで完全に女体化することはなかったではないか。身長だけは変わらず171cmのままだがそんなことはなんの慰めにもならず女性としては背が高いぶん人ごみなどで不必要に目立っている気がするし欺瞞工作の結果目立つようになるってなんだそれは。
設定上は高校生だったが組織が無くなってからは高校の制服などは着ていない。組織にいた頃みつくろってもらった私服を着回しているがこの生活が続くようならいずれ自分で服を選ばなければならない、いやそれ以前にたくわえが無くなったらバイトでも探さねばならない。履歴書はどうするのか。嘘で固めるのか。
ああこんなことなら和泉原の誘いにのって改造手術など受けなければよかったあのクソ野郎和泉原。まさかこんな感じの仕上がりになるなんて思ってなかったんだよー俺は手っ取り早くカネが欲しかっただけなんだよーと膝を抱えて涙を流しながら「ああああああああああ」と唸り声を出したところでスマートフォンも一緒に「ブブブブブ」と唸り坂崎からの着信を告げた。
「敵に追われてるマミかくまってくれ」
改造後の西葛西サトルには組織によって山下マミという欺瞞用ネームが与えられていたし今の姿で西葛西サトルを名乗る気もしなかったのでどこであれ山下マミとしか名乗らなくなっていた。和泉原も西葛西サトルのことを山下マミとしか呼ばなくなった。組織の本部と一緒に爆発四散した和泉原。
住居もスマホも水光熱も山下マミとして契約してあるが組織が無くなった今契約を変更しようとしてどこかでつまずいたらそこで生活が詰むのでもう敵と関わりたくない平和に暮らしたい頼むひっそりと人ごみにまぎれさせていて欲しいと思った西葛西サトルは坂崎の頼みを断った。
「悪い。助けてやることはできない」
「ふっざけんなてめえええええ! 今からそこ行くから待ってろてめえええええ! 俺をそこにかくまえてめえええええ!」
あ。これはだめだ。
どうするどうしたらいい。この住居を失うことを避けるなら敵に見つからないように坂崎を助けるのが最善か。
「分かった坂崎助けに行くから今どこにいる」
西日などとうに沈んで消えている。外は夜だった。部屋の中も夜だった。西葛西サトルは闇の中でスウェットの上からダウンジャケットを着て外に出た。しまった上下ピンクでそろえてしまったまあいいかそんなことはどうでもいいか。
クリスマスの音楽がどこからか聞こえる。そこここに飾り付けられた電飾がそこここできらめいている。
坂崎が電話で言っていた公園まですぐだった。しかし遅かった。ナイトビジョンに切り換えた戦闘用サイボーグの目にはナイフで首を切り裂かれる坂崎の姿がはっきりと見えた。膝から崩れ落ち、前のめりに倒れる坂崎を横目に西葛西サトルは公園のかたわらを通りすぎた。
敵は全身黒ずくめで肩までの髪の女だった。あるいは彼女も戦闘用サイボーグかもしれない。
そもそも敵が何者なのか西葛西サトルは知らないし自分を改造したのがどんな組織なのかもよく分かっていなかった。事情の全体をつかむ前に組織は壊滅し事情を知る味方はことごとく消えた。あれを味方と呼んでよかったのか怪しいものだと今では思う。結果としてこの境遇をもたらした組織は自分の人生にとって敵だったし組織の敵も敵だから敵だらけだ。俺にはもう味方はいないんだ。
12月の夜を歩いた。クリスマスの音楽が聞こえる。そこここに飾り付けられた電飾がそこここできらめいている。
失敗した。
坂崎を倒した敵に気付かれていたらしい。尾行されている。撒くか。と思ったところでそいつに声をかけられた。全身黒ずくめで肩までの髪の女に。
「マミ?」
欺瞞ネームを知られている。これまでか。今なら路地の周囲半径100メートルに人通りは無い。短時間で勝負をつける。西葛西サトルの強化心肺が唸りをあげた。強化骨格に支えられ強化関節でつながった四肢の強化筋肉に力が入る。
「マミ待って私! ユキコだよ!」
誰だユキコって。「誰だユキコって」
そんな質問が口をついて出てしまったこと自体がおかしかったのだ。ここで振り向いて敵の話を聞くバカがどこにいるのか。それなのに立ち止まって振り向いてしまった西葛西サトルは何かを思い出そうとしていた。
ユキコと名乗った敵はスマホの画面を西葛西サトルに突きつけている。二人の間は3メートルは離れていたがサイボーグの視力はそこに表示された画像をはっきりととらえていた。高校の制服を着た二人の女性が並んで笑っていた。身長171cmの山下マミとそれより10cmほどちいさい今目の前に立っている敵、ユキコだ。
「マミ思い出した? 去年のクリスマス一緒に遊んだじゃない!」
言われてみれば画像にはクリスマスツリーやサンタクロースのイラストとMerry Christmasという文字が散りばめられている。
「それはっ……」絶句してそれから言葉を絞り出す。「……それは俺じゃない」嘘だ。そこに写っているのは間違いなく山下マミだった。
「そんな画像いつ作った」
「だから! 去年のクリスマス! 1年前の明日撮った写真でしょ!」
そうか。今日はクリスマスイブか。しかし1年前の西葛西サトルは女子高生ではなく三十路前のニートだった。それが現実だ。
「俺は西葛西サトルだ!」
「やめてよ恥ずかしい! それ私のお兄ちゃんでしょ!」
そうだ西葛西ユキコの兄西葛西サトルは三十路のニートだった。おかしい。おかしいおかしいおかしい。記憶が混濁している。頭の奥が何かにかき混ぜられているようで重く不快で今すぐ吐き出してしまいたい。欺瞞だ。これも欺瞞、何もかも欺瞞。クリスマスの音楽がどこからか聞こえる。山下マミと西葛西サトルは身長が同じだった。背中合わせで比べたのは去年のクリスマスだった。高校は卒業しちゃうけどまだ十代だしこれからもっと身長伸びるかもねとユキコが笑い、ちょっとやめてよとマミは怒り、勘弁してくれとサトルは笑った。
マミの目から涙が溢れていた。クリスマスの電飾がにじんで見えた。欺瞞工作をしていたのは私だ。現実から目をそらして自分が自分じゃないと思い込んでいた。それに気付いたらもう涙が止まらなくなってあとからあとから溢れて流れて少し遅れて声をあげて泣き出していた。人通りの無い路地の真ん中で、遠くのクリスマスの音楽と民家の電飾に囲まれてただ棒のように突っ立って、私はおいおいと泣いた。夜の中で私はひとり泣いた。世界の中で私は圧倒的に孤独だった。ユキコが優しく抱きしめてくれたのが分かって、私は彼女の頭の上から髪に顔をうずめたが涙が止まらなかった。
「ごめんユキコ髪……髪が……涙……鼻水が……」
「しょうがないなあ」
私は孤独ではないと思った。