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2メイドさんといじめっ子
あの日から、数日。今はサイン本は大切に部屋に展示されている。
「夢子ちゃん、帰ったよ~」
「お帰りなさいご主人様~」
ふりふりひらひらなメイド服を着て、あたしは『ご主人様』をお出迎えしていた。
にっこり笑って元気にあいさつ。
かわいい声で席にご案内。楽しく笑顔で2ショット。オムライスにはお絵かき。
それがあたしのアルバイト。
これでもメイドの中では一番人気!
「おかえりなさいご主人様!」
いつも通り新規のお客さんにも挨拶する。
と。
「夢子さん?」
「ハジメっ!?」
なんとお客さんはハジメだった。
「偶然……」
ハジメは少し照れたようにふにゃりと笑った。まあ、仕方がないよね。場所が場所だから。
「楽しんでいってくださいね。メニューはこちらですにゃんっ」
それでもあたしは仕事だから、ほかの人と同じように対応するけど。
「にゃんっ……」
(繰り返さないでよ、目を丸くてまで)
恥ずかしくて死にそうなんだけど!?
ハジメはすぐにメニューを決めて、オムライスとコーヒーを注文した。担当はあたしが付くことになった。
「好きな言葉やキャラクターをお絵かきしますですよ~」
「好きな言葉」
「ご主人様の好きな言葉は何ですか~?」
甘えた声でハジメに尋ねる。
「漫画家デビュー」
(ってオイ)
仕方がないから描くけど。
本当に漫画化になることしか頭にないよね。
そんなとき。
「鈴木がいる!」
突然、嫌な声が耳に届いた。
あたしは恐る恐る振り向くと、そこには小学校時代のいじめっ子がいた。
「何、コスプレ?」
「ほかのお客様の邪魔になりますので冷やかしの方は帰ってください」
あたしは毅然として彼を突き放す。
泣きそうになるけれど、我慢。
足が震えるけれど、それを気付かれたら、お客さんが不安がる。
「オレも客だし。食べる食べる」
「……お帰りなさいご主人様」
「ご主人様とかっうけるっ。オタク文化ってやつぅ?」
ぎゃははと下品に笑ういじめっ子は、昔と変わらず頭が空っぽそうだった。
いつも同じような言葉でいじめてきた、語彙力のないやつ。
ブス、キモイ、うざい。
その3つしか話せないのかってぐらい、
「化粧で化けたなー」
「こちらメニュー表になります」
にゃん、とは思わず言えず。
笑顔がこわばる。
「あんなブスで地味だったのが、アキバ系アイドルみたいになってさ。この前は昔着てたフリフリな格好なのみかけたけど、まだ日常からコスプレしてるわけ?」
「ロリィタは私服です」
思わず強い口調であたしは言った。
コスプレと一緒にされるのが一番むかつくんだよね。
「へぇ、下妻物語気取ってんの?」
「ちがいます。ご注文をどうぞ」
「どうしようかなー」
にやにやしながらいじめっ子は足を組んでつぶやく。ほとんどメニューをみずにあたしの全身をなめるように見る。
「2ショット付きドリンクで。みんなに見せてやるよ。超大爆笑だろうな~」
いやだ。どんどんやなことがフラッシュバックする。
ロリィタに出会う前の自分。
「やあい、ブスブス。地味ブス!」
「地味な癖にピンクばっか」
「ありえねーよなあ」
いじめっ子たちは歌うように言う。
あたしは唇をかんで涙をこらえる。
あのころ、あたしは自分に自信がなくて、でも可愛いものが好きだった。
でも不細工だから似合わないと、我慢してた。でも好きな色はピンクだから、持ち物だけはピンクだった。
「鈴木って、ブスだよねぇ」
「ぶりっこ?」
女子にもよく悪口を言われた。
洋裁学校の先生のおばあちゃんとの2人暮らしで、あまりほかの子のように両親との思いでもなく、浮いていた。
「里美。思い切って好きな格好をしてみないかい?」
おばあちゃんはそう言ってあたしに手作りのロリィタ服を作ってくれた。あたしがこっそり欲しい服を絵に描いてるのを知っていたから。子供でも着れるとびきりかわいい大好きなピンク色のロリィタ。
あたしは嬉しくて学校に着て行った。
「うわ、ぶりぶり」
「不細工がぶりっこしてる」
でも、結局は反応はそんなんで。
悔しくて初めて大声で泣いた。
やっぱり不細工はおしゃれしちゃダメなんだって。
そしたら今度はおばあちゃんがお化粧道具をくれた。
「どんな顔でも好きな格好をしていいんだよ。笑うやつがバカなんだ。でもね、女の子は特別にかわいくなれる道具があるから、うんとそれで努力して見返してやりな」
それからだ。あたしがメイクマニアになったのは。お小遣いの大半はロリィタとコスメに使われた。
そのうちいじめも気にならなくなった。
先生にはさんざん注意されたけど、そんなのはどうでもよかった。
だってあたし、ロリィタを着てるときは明るい夢子ちゃんになれるんだもん。
だって出かけるのが毎日楽しくて、それだけで満たされたから。
ふりふりひらひららんららるんっ
ふりふりひらひららんららるんっ
友達だって、学校にはいないけどロリィタ仲間はいる。田舎にはいないけどたまに都会のお茶会に顔を出すし。
周りに左右される自分より、そんな自分のほうが大好きだから。
それでもやっぱりいじめられた過去は消えなくて、いじめっ子を見るとできるだけ視界に入らないように動いてしまう。
だから、目の前でにやにや笑ういじめっ子が気持ち悪くてたまらなかった。
何も変わらない醜悪なままのいじめっ子をどこかで見下してる自分と、それにおびえてる自分がいた。
「鈴木、なあ2ショットしようぜ?」
「花籠夢子です」
「源氏名?」
「花籠夢子なんです」
鈴木里美なんてかわいくないから、自分でかわいい名前を付けた。
名乗っていれば別人になれた気がしたから。
あたしは夢子。
「やめろよ」
「ハジメッ!?」
割って入ったのはハジメだった。
「からかい目的に、それもおびえてる女の子に何するつもりですか?」
「オレは客だぞ」
「僕も客です。対等ですね」
ふふん、とハジメは鼻で笑う。
ひゅう、と客の誰かが口笛を吹いた。
「ほかのお客様も迷惑ですよね?」
そう言って周りをぐるりと見渡し呼びかける。静かに全員が頷く。
「まだ注文も受け付けていませんし、お帰りください」
後ろにメイド長がかまえている。このままもめたら、確実に店長がやってくるだろう。
「……わかったよっつまんねー」
捨て台詞を吐いて、椅子をけっていじめっ子は店を出て行った。思わずあたしの口からため息が漏れる。
「……よかった……」
「大丈夫?」
ハジメがふらつくあたしの体を支えてくれた。
「ありがとう、ハジメ……いえ、ご主人様」
「いやなやつだったね」
「……うん、すごく」
「オムライスがさめちゃったよ。あ、でも冷めてもおいしいねここのオムライス」
ハジメがにっこり笑ってオムライスを食べ始める。漫画家デビューと書かれたオムライスを。
「ありがとうございます。ここのオムライスは評判なんですよぉ」
次第にあたしもいつもの調子を取り戻す。
「コーヒーもおいしい。また来るね」
「どうぞごゆっくり~」
ハジメは優しいということを、きょう再確認した。最初はひどいこと言ってごめんね。