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 電車で10分ほど離れてところにメロン先生の家はあった。そこから歩いて4分。その間ワクワクして逆に無言で歩いた。

 マカロンを持つ手が震えて、汗をかく。

「ここだよ」

 案内されたのは、普通のマンションだった。

「仕事場だから、家は別の部屋なんだけど」

「ほぉ」

「メロン先生、ハジメです」

 ハジメがメロン先生を呼ぶ。

「!?」

 トーンカスのついた、くたびれた女性が現れた。痩せていて、ジャージは薄汚れている。

「こんにちは、入って。ハジメは背景よろしく。お友達は静かにね」

「はいっ」

 先生の目つきはとても鋭くて、冷静だった。

 あたしは数人いるアシスタントさんの後ろに座り、作業中の彼らを見る。殺気迫っていて話しかけられない。

「ハジメここトーン貼って! 岡田さん背景下手塗り!」

「先生あと1時間です」

「間に合わせろ!!」

「おっす!」

 そんな声が、部屋中に響き渡る。

 紙が、トーンが、けしカスが宙を舞う。

 途中栄養剤を飲みながら、先生たちは必死に原稿をやり遂げていった。

 それを、あたしはカッコいいと思った。

「ごめんね、びっくりしちゃった?」

 疲れた顔から原稿を編集さんに渡して一転、メロン先生はあたしにそう笑いかけた。

 体が痛いらしく、アシスタントさんに肩をもんでもらっている。

「いえ、かっこよかったです」

「そんなあ、こんなボロボロな先生でごめんね、かわいくもなくて」

「そんな、いつも作品で元気もらってます!」

「ありがとう、そう言ってもらえるのが一番うれしいよ。私の作品全部読んでくれてるんだって?」

「はいっ」

「サイン、いる?」

「はいっ! ほしいです!」

 声が裏返った。

 そりゃ、お返事にサイン添えてもらったけど目の前でなんて!

 だっていつもサイン会いけない日ばっかで、あたしマジで泣いたもん!!

 あたしは慌てて持ってきた新品のコミックスを取り出す。

「これに……」

 震える手を、先生に差し出す。

 先生それをそっと手に取り、ペンを走らせた。

「はい、どうぞ」

「これは……」

 そこには、あたしの似顔絵があった。

 ハジメとは違う漫画風にデフォルメされたあたし。

「……ありがとうございますっ」

 感激で泣きそうになる。ハジメ、連れてきてくれてありがとう。一生の思い出になった。

「喜んでくれてよかった。君がハジメがモデルにしたってるだね。わかるよ、魅力的なルックスに、明るい雰囲気。主人公って感じだね」

「そんな……」

「まあ、二人の作品がうまくいくことを祈ってるよ」

「先生、僕からもありがとうございます」

 ハジメが先生に頭を下げる。

「いいってこと。その代りデビューするまでうちの専属アスタント辞めんなよ?」

「もちろんです!」

 そしてあたしはゆっくりとマカロンを取り出し先生に渡した。

「これ……お土産です」

「ああ、あのお店のマカロン! 私大好きなんだよねぇ~うれしいよ」

 チロリと舌を出してメロン先生。うれしそうな表情にほっとする。買ってきてよかった。

「それではこれで」

 あたしがそういうと、先生に手をつかまれた。

「まってよ、せっかくだから一緒に食べない? 今からご飯作るし。私の作品の感想聞きたい」

「作家にとって感想は生きる糧ですからね」

 ハジメが苦笑いしている。

 びっくりしながら、あたしはとりあえず頷いた。

 今日のごはんはカレーらしい。アシスタントの一人がなべをグツグツ煮ていた。

「ハジメのひとめぼれだっけ」

「そんなんじゃないですっ」

 先生の言葉に慌ててハジメが否定する。

「ある意味そうですけど、この人を僕の世界に連れていきたいって、僕の漫画に登場させたいって」

「かわいいもんね、お人形みたいで」

「そんな」

 褒められ頬が赤くなる。先生の描く美少女に比べたら全然ですぉ。

「すごくかわいいと思います」

「!」

 ハジメ言葉にさらにあたしは赤くなる。真顔で何てこというのぉ?

「夢子ちゃん真っ赤。かわいい」

 先生がからかうのでさらにあたしはどうしていいのかわからなくなる。

「ハジメがうまく作品にできなかったら、私の漫画に出てよ」

「えっ」

「きっと素敵に描いてあげる」

「そっちのがいいかもぉ」

「夢子さんっ!?」

 思わず本音が出た瞬間、ハジメが叫んだ。

「絶対いい作品描きますから! 描くんで!」

「期待してるよ」

 そう言ったのは先生だった。

 笑いのない、本気の声だった。

「デビューしちゃうと優秀なアシスタントが一人抜けるんだ、それは困るけどな。それでもこんな天才を育てたって言われるほうが誇りだろ」

 先生は豪快に笑う。アシスタントさんが持ってきたカレーをバクバク食べながら、色々な話を聞かせてくれた。

 ハジメは終始あたしたちの会話を幸せそうに聞いていた。




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