4
甘いホットチョコレートのにおい。白レースのベッドでレースを編む千鶴ちゃん。
「……優美だ……」
「でしょう?」
「少女漫画の世界のようだね」
ボー然と立ち尽くすハジメの横であたしは笑う。どうだ、千鶴ちゃんの部屋はっ。
あたしも初め見た時びっくりした。
あたしもこんな部屋に暮らしたいって思ったもん!
「お客様か?」
「そうだよ、千鶴ちゃん」
「……この人が男?」
「そうだが」
ぽかんとしたまま間抜けに口を開けて、ハジメは千鶴ちゃんを見る。まあ、しかたがないよね、私も初めは疑った。
「俺が男だったら何か問題があるのか?」
フリルシャツの胸元をドンと叩いて、千鶴ちゃんは笑う。下は裾広がりの黒いズボンで、昭和の少女漫画のようだ。
「ロリィタ着るんですか?」
「ロリィタファッションはしないが、このシャツはロリィタブランドのものだな」
千鶴ちゃんが自分の服を指さす。
「そう、別に全部そろえなくてもいいのよ。 皇子系ファッションだって存在するし、ふりふりひらひらは男女共通のたしなみよっ」
「……奥が深い」
真面目な顔をしてハジメが頷く。
まあ、ハジメは執事とかのほうが似合うかもしれないけどね!
「千鶴ちゃんもモデルにとか言わないでよ、なんかむかつくから」
「大丈夫、僕がほしいのは元気で明るい女の子なんで」
「……千鶴ちゃんは見事に真逆ね」
千鶴ちゃんもキャラ濃いから、彼もって言われたら多分ちょっとむかついたんだろうな。
ふりふりひららなら、誰でもいいみたいじゃん。
「大学受験の前に、作品を仕上げないと……今は4月だからまだいいけれども」
「受験かあ。あたしは服飾の道かメイクの道に行きたいなって思ってる」
「君らしいね」
「会って数日の人に言われるほど?」
「それほどに君はキャラクターがたっていて魅力的なのだと思うよ」
気障なセリフに、あたしは笑う。
「ありがとう」
これがあたしたちの出会いだった。
1漫画家志望とロリィタちゃん
次の日の放課後、千鶴ちゃんの部屋でハジメの原稿を初めて見た。
「つまらない」
「やっぱり?」
それが正直な感想だった。
ハジメったら、絵はうまいのに話はありきたりで単調。早い話がつまらないのだ。
「でも絵はきれい、すごいっ。雑誌に載っててもおかしくないレベル」
「……絵だけ評価が高いんだよね、僕。読書嫌いじゃないんだけどなあ……」
「読書が何か関係あるの?」
「映画を見る数や読書量が多いと話を考えるのがうまくなりやすいってきくよ。ちなみに僕は映画も好きだよ」
例えば、といろいろな映画や作家の名前をハジメはあげるけれどまったくあたしはわからない。芥川龍之介とかぐらいはさすがに知ってるけど……教科書に載ってるような作家ぐらいしかわからない。
(あたしロリィタ雑誌と少女漫画しか読まないし……)
それも、キラキラ甘々なものだけ選んで読んでる。恋愛ものや貴族物、魔法少女ものが中心かな。
「夢子主人公なら逆ハーレム?」
「それはない」
ひどい。即答されたよ。
「どちらかというとパワー系主人公だから、米デイでも行ける……」
「あたしギャグキャラじゃないしっ」
「そんな意味で言ったわけじゃないよ」
「聞こえたもんっ」
「ごめんってば」
ったくもう。失礼しちゃうんだから。
千鶴ちゃんはと言えば興味も示さずクッキーの焼き色を見ている。
「もうすぐチョコクッキーが焼けるぞ。食べていけ」
「ありがとうございます、千鶴さん」
「さんなんていらないのだが」
「あたしも気になってた。同級生に下の名前にさん付け? 変なの」
「慣れるまでは、お許しを」
まあよくわかんないけど、まあいいや。
千鶴ちゃんがゆっくりと紅茶を入れる。今日はアッサムらしい。
心なし、テーブルにお茶を運ぶ千鶴ちゃんは上機嫌に見える。いつも2人きりだから、
友達が増えたことがうれしいのかもしれない。
千鶴ちゃんの存在を知らない子のほうが、この学校では多いから。
保健室に謎の美少女現る、なんてうわさはあるけれど……。
千鶴ちゃんと出会ったのは、偶然だった。
入学してすぐに、貧血で倒れた時に同じように体調が悪かった千鶴ちゃんが保健室にいた。
『なんだあ、すごいかわいい格好だなあ』
そう言って笑って、あたしに話しかけてくれたから、それであたしは彼の存在を知った。
いちおうは、彼の部屋に女の子が現れることはあるものの、それは家庭のほうが用意した上級生で同じ年の男子なんてのはめずらしくてしかたがないのだろう。
「ハジメはイラストレーターになればいいのではないのか?」
千鶴ちゃんの言葉に、ハジメは困ったような顔をした。
「……そうじゃないんです。自分の作った世界観を漫画にして、読んでもらいたい……」
「絵も世界観が伝わると思うけどな」
「思考までは、それぞれの想像でしかないでしょう」
「そうだなあ~でもそれが面白いのだろう?」
千鶴ちゃんの言い分はもっともだ。
それでもハジメは納得いかなそうに苦笑いを浮かべている。
「向き不向きはあるかもしれないけど、それでもなりたいものは変えられないだろ? 千鶴さん」
「……俺も、なりたいものは変わらないな。小さなころから。無理だとわかっていても」
切なそうな顔をして、千鶴ちゃんはため息をついた。千鶴ちゃんの夢って何だろう?
「本能なんだ。それを欲するのは、気が付いたらそうだったんだ。だから、あきらめれるのは全力でぶつかってからだね」
あたしはアッサムティーをゆっくり飲みながら二人の話を聞いていた。
「あたしは永遠にかわいい女の子でいたい」
それもまた、かなわないとわかっていても願ってしまう事。
ちん、とレンジから音がして甘い香りが立ち上る。チョコクッキーを大皿にざっっと盛ると千鶴ちゃんはテーブルの上に置いた。
「おいしそう」
「いただきます」
ぱくりっ。甘くてサクサクしたそれは、とてもおいしかった。その様子を千鶴ちゃんはにこにこと眺めている。
少食な彼は普段からそうだ。
「そういえば、PN教えてよっ」
「……教えるしか納得してもらえない気がする……ので教えます」
「おおっ」
「平良ペンタです」
「ひらら……かわいい響きだな」
あ、あたしも思った。ひらひらってかんじだよね!
「食いつくとここそですか、千鶴さん」
いまだ敬語と普通の言葉を混ぜたまましゃべるハジメの口調はたまに聞いていてよくわからない気持ちになる。
「ねぇ、友達なんだから敬語やめようよ」
「アシスタントでの癖で……」
「あ~なる」
年上ばっかの世界だろうと思うと納得。
中学生で受賞って相当才能ある一握りだろうし……。
「かっこいい~」
気が付いたらそんな言葉が自然と出ていた。
「かっ」
ハジメは真っ赤な顔をして目をぱちくりさせる。
「そんなことは、ないです」
「あるよっ! 努力と才能の結果じゃん!」
あたしにはそんな才能はないから、純粋にそう思った。
あたしは、能力的にはどこにでもいる女の子だ。ちょっと裁縫やメイクは得意だけど、賞金がもらえるような才能は今はない。
「尊敬するよっ」
「そんなっ」
ますますうろたえるハジメは少し可愛い。
「俺もすごいと思うぞっ」
満面の笑みで千鶴ちゃん。
「千鶴さんまでっ」
「ハジメはすごいのっ」
「あわわわ……」
そのままハジメは目を回して倒れてしまった。
「大丈夫?」
しばらくして、頭を冷やしてあげているとハジメの目が覚めた。あたしは苦笑いを浮かべながらスポーツドリンクを差し出す。
(シャイなんだなあ……)
「自信もっていいと思うよ」
「……けちょんけちょんに言われ続けてきたから……」
「こんなにうまいのに?」
「……ちょっと、色々あって」
気になる。ただ無理に聞き出すのも何なので、あたしはフムと頷くだけにした。
「でも、夢子さんを見た瞬間、やる気が出たんです」
そう言って彼は笑うから。
「夢子さん?」
今度はあたしが顔を赤くしてしまったのだった。