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「姉さん」
「何ですか?」
「オレも学校行きたいんだが」
「そうですね、授業は無理ですが千鶴さん専用のお部屋を作りましょうね」
ほのかは優しく言った。授業が受けれないのは、学力的な問題らしかった。仕方がない、千鶴はずっと家で療養していたから、年相応の学力など身についているはずもなかった。かといって今更小学校に通うのも嫌だ。ほのかもあまり千鶴に勉強をさせなかった。
知恵をつけるのは、欲望を産むと考えていた事だからなのだから、千鶴はそれを知らなかった。ほのかが隠していたからだ。
「うんと可愛いお部屋にしましょうね。沢山の紅茶葉を用意しなければいけませんね。千鶴さんは紅茶がお好きですから」
千鶴はよく、海外の紅茶を好んで飲んだ。香りを楽しんだ後、砂糖で甘く仕上げて、ゆっくり飲み干すのが好きだった。
「うれしいなあ。姉さんも一緒なんだろう?」
「もちろんです。私は貴方のものですから」
「姉さんは、面白い事を言うな。姉さんは、姉さんのものだろう?」
「私が望んで、貴方のそばにいるのですから、気にされなくても結構ですよ。貴方が生きてくだされば、それだけで幸せなのです」
まるで、自分が大層な人物のようだと千鶴は思った。それでもその気持ちが素直にうれしかった。
しばらくして、保健室のとなりに千鶴の部屋ができて、千鶴はそこに通うようになった。保健室登校の生徒などがたまに遊びに来ては、話し相手になってくれたし、色々な人が顔を出してくれた。千鶴は退屈しなかったが、学校へ通う事でいっぱいいっぱいで外を出歩くことはなく、いつも窓から外を眺める程度だった。
運動部の練習は、思わず目をそらして読書にいそしんだ。メルヘンチックな童話の世界が、特にお気に入りだった。どんなに弱い主人公も、特別な力や努力で認められる。そんな作風を好んだ。
スカートからのぞく、細くて筋肉の足をみると、とてもじゃないが走りまわれないのだと実感した。だから、直に黒いタイツを履き、ふんわりとしたロングスカートを好んだ。レースを編んで自分で縫いつけたりもした。
ほのかがわざわざ作ってくれることもあった。