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文化祭当日。ざわめく校内。
それもそうだ、中等部と高等部が合同で、そもそも学校自体がマンモス私立なのだから。
生徒がいればイベントも多い。
今ハジメから、玄関の映像がこちらに流れている途中。なんで映像が流れてるかって?
ファッションショーの様子を、全世界に生中継しようと思ったから!
あたしは合えてのすっぴんボサ髪で鼻歌を歌う。小枝子ちゃんは三つ編み黒髪ウィッグだ。
結局、モデルになりたいという生徒はそれなりに見つかった。やっぱり、もともと自由な格好で登校してた生徒たちだった。
内申は気になるけど、やっぱり自由な服装で通いたいという生徒はデカい学校なら必ずいるわけで。
そもそも私立で自由だから公立から進路を変更した生徒もいた模様。
衣装はそれぞれの個性に合わせたものを選んだ。ベースは制服だ。
「夢子や、これでいいのかね」
「おばあちゃん、ばっちりだよ!」
後ろ盾事、おばあちゃんが制服の最終チェックを行う。裁縫自体はほとんどあたしがやったんだけど、指導はお願いした。
これで素人のショーなんて言わせない。
「みんなが好きな格好で学校へ通えるといいねぇ」
「うん、おばあちゃん」
10数人のモデルたちが、それぞれオシャレをしない姿で待ち構える。中には自信なさげに顔を俯かせている子もいる。
でも大丈夫だ。きっとまた好きな格好で学校へ通わせて見せる。
体育館の裏の黒いカーテンの中で、文化祭の始まりの声を聴く。
そしてそれが終わったら、あたしが思いきり乗り込んでいく。
「ハイ、皆さんこんにちは! 花籠夢子です!」
ざわめく生徒たちと、来客者たち。
「名前負け? いいってこと! これから夢子に化けますから!」
「おい、鈴木!」
生徒会のやつがあたしを止めようとする。
「理事長の許可はもらったから」
「…………」
その一言で生徒会のやつは黙る。ちょろい! 権力に弱い人たちだなあ。
ずらりと並ぶ人々の視線があたしに集中して、たじろぐ。逃げちゃだめだ。強気で行け、夢子。
「お昼にやるショーで夢子は夢子に化けますから! あたしだけじゃないんで、見に来てくださいっ!」
ありのままの自分を、ショーにするなんて不思議かもしれない。当たり前だった格好に化けるだけ。それでも世間は制服を模範通りに着こなすか、校則すれすれを楽しむのが普通で、自由を求めれば私立しかない。
そう、そしてここは私立だ。理事長がウンと言えばどうにもでなるのだ。
面白がってる理事長の首を縦に振らせろ。
それがあたしに課せられた使命だ。
「すごいすごい、もうすでに生放送人が集まってる」
ハジメが準備前からお絵かき生中継をしてくれていたおかげで、その視聴者が引き続きショーをみようと視聴してくれていた。
ハジメは漫画家志望の中ではけっこな知名度を誇っていたらしい。まあ、何せ盗作騒動もあったし……。
コメント欄にはハジメへの中傷も見受けられる。けれどもハジメは気にしない。
ショーに至るまでの経緯を漫画で描いてそれを紹介してくれている。
その間にあたしたちはさえない自分の写真を撮り、準備する。そしてそのまま着替え始めて、念入りにそれぞれオリジナルメイクを施す。いつも通りに。それがあたしたちの共通意識だ。
「行くよっ」
BGMが流れ出し、あたしたちの地味な姿が大画面に映し出される。
まずはトップバッターは小枝子ちゃん。ビジュアルもいい小枝子ちゃんは、舞台に上がった瞬間に歓声が上がる。
次にギャル系の女の子。地味でさえない一重からパッチリ二重の明るい女の子に。
どれも、すっぴんの時よりも明るく元気な姿になって舞台に現れていく。
歓声と、ため息が舞台裏にいるあたしまで届く。心臓が鳴りやまない中、どん、とすっぴんのあたしが大画面に映し出される。
全世界へ、この顔は配信されている。
そう思うと震えが止まらない。
だけど、あたしが言い出しっぺなんだから尻込みしちゃいられない。
ゆっくりと、でもしっかりと舞台へと歩き出す。1,2,3クルリ。客席を見ると、皆があたしを見ていた。
そして、床に置いてあったマイクを取り上げる。
「どうでしょうか、このファッションショーは校則が厳しくなる前の普段のあたしたちと、校則通りに着飾ったあたし達をくらべたものです」
のどがからからに乾いてくる。
写真を撮る音も聞こえた。
「この学校は、以前は自由な校風で、こんな風に改造制服も許されていました」
あたしは大きく息を吸う。
「ですが、とある事情により、今度は厳しくなってしまいそうになっています。皆さんは自由な服装をどう思いますか? 素敵じゃないですか? 私立だからこそ、許されてもいいと思いませんか?」
そしてあたしは、小枝子ちゃんから一枚の髪を受け取る。
「ここにアンケートがあります。皆さんの意見を聞かせてください。ネットでも、意見受け付けています」
あたしはアンケート用紙を差し出して、それをハジメがネットにアップ映した。
「以上! 花籠夢子でした!」
アイドルのように手をひらひらやって、あたしは舞台を降りた。そしてそのままアンケート用紙を配る。来客者の中にはあたしをじっと見るだけでアンケート用紙を受け取らないものもいた。でも仕方がない。注目を浴びることが大事なのだ。
しばらくして生放送を終了して、あたしたちもショーの後片付けに入った。
控室の中には千鶴ちゃんが残した紅茶が残されている。
着替える必要はない。それぞれが元の格好になったのだから。そしてその格好で練り歩くことで先生への反抗を示すのだ。
「ハジメ、文化祭回ろう?」
「あ、うん」
先に買っておいたクレープの券、ロリィタっていえばクレープでしょ? え? そうじゃないって? 原宿意識だよ!
あたし達はジュースを買ってクレープを買ってきた。そしたら小枝子ちゃんから連絡があって、お土産を買って先に千鶴ちゃんのとこに行くという。
あたしも会いに行きたいけど、邪魔だよね。うん、遠慮しておこう。
あたしは甘いイチゴのクレープをほおばりながら、ハジメを見た。出会ってほんの少しなのに、なんだかすごい濃い関係になったものだと思う。
元々友達が千鶴ちゃんぐらいだったから、なおさらかもしれないけど……友達って素敵だね。久住さんとのやり取りみてたらあたしも同性の友達ほしくなってきたなー。
今まで一人でもいいやって思ってたし、遠くにいるからって割り切ってたけど、ショーでできた知り合いともっと仲良くなってみようかな。
文化祭は人でごった返して、迷子のになりそうになる。ハジメが前を進んであたしが後を追う。
すると人ごみに飲み込まれてハジメが見えなくなる。
「ハジメッ」
慌てて手を伸ばすけど、ハジメは気が付いてくれなくて。どうしよう、と思ったとたん手が前から伸びた。その手はあたしの手をしっかりと握っていて……。
「ごめん、手、繋いでいいかな?」
「うん……」
正直恥ずかしかったけど、このままじゃ迷子になっちゃうもんね。この年齢で迷子のほうが恥ずかしいよ。
すると、見知った姿が見えた。
「おーラブラブ」
「久住!」
「久住さん」
「ショーみてたぜ。すげぇな。漫画みてー」
笑いながら、久住さんはフランクフルトをかじった。ほっぺにはケチャップが付いている。
「夢子ちゃんはやっぱパワーあるな。人を引っ張る力がある」
「ありがとう」
「将来は立派になるな」
「そうかな?」
「それは僕も思う」
「2人して……」
そんなに褒めたってなにも出ないわよっ。
あたしたちはそのあと三人で屋台をめぐり、お化けは式を楽しんだ後、皆で記念撮影をした。その写メは千鶴ちゃんにも送っておいた。
はしゃいでる間もアンケートのことは気になったけど、気にしたところでどうにもならないので思い切り楽しむことに集中した。
はしゃぐカップルに親子連れ。あたしをちらりと見る人たち。彼らはショーを見てくれたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
開会式が終わるとともに、開票が行われる。
舞台は後夜祭。告白祭りだとかは、気にしてられない。そんな場合じゃない。
それまで、あたしたちモデルはいかにこの服装を目に止めてもらうかが大事なのだ。だから、うろうろすることに意義がある。
そうはしゃいでたんだ。
久住さんの口からあの事実を聞くまでは。
「でもま、いい思い出になるよな。ハジメも」
「……久住」
「また引っ越すんだろ?」
嘘だと思った。
手に持っていたクレープが床の落ちてクリームが飛び散った。いつもならお洋服を気にするのに、そんな気にもなれなかった。
「どこに!?」
「それはまだ決まってない」
「近くって可能性は」
「転勤だからそれはないよ。ごめん」
「そんな……」
せっかく仲良くなれたのに。
思わずあたしの目に涙がにじむ。
「そんなのってないよぉ……」
「ごめんね、夢子さん。短い間だったけどありがとう」
「ありがとうって、引っ越しは変えれないの?」
「うん、僕の家は小さな兄弟もいるから、面倒も見なくちゃいけないときがあるんだ……」
お兄ちゃんの顔をしてハジメが言うから、あたしはもうわがままが言えなくて。
どうしてこんなに離れ離れになるのが苦しいんだろう。悲しくて、つらくて、切ないんだろう。
この気持ちは、何?
あたしは胸を押さえてしゃがみこむ。
「……あと少し、たくさん思いで作ろうね」
「夢子さん」
「だから、文化祭残りもっとまわろう!」
そう叫んでであたしは勢いよく立ち上がった。
びっくりしたハジメはメガネを落とし、久住さんが踏みそうになった。危ない危ない。
今日という日を思い切り、かみしめよう。