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バイトの帰り。あたしはロリィタ服に着替える。もう夕方で陽が落ちている。
「よっ」
「なんでいるの!?」
いじめっ子がバットを持って立っていた。
「だってつまんねーから。お前男に守られてやんの、メイクで顔ごまかしてだまして」
けらけらと、空を見上げながらいじめっ子が笑う。不愉快だ。
「その顔めちゃくちゃにしてやんよ!」
びゅん!
やな音が響く……かと思われた途端、目の前に長身の男の子が現れた。
「誰だお前」
「ハジメの親友。見張っておけって言われてせいだったねぇ夢子ちゃん」
金色の髪をした彼は、ハジメの親友を名乗った。正反対のいまどきの軽い男の外見をした彼は、たくさんのピアスや指輪をつけていた。
「喧嘩はオレのほうが強いんでね」
「くっそ……」
男の子は、いじめっ子の腕を絞るようにぎりぎりと締め付ける。いじめっ子は動けない。
「漫画家志望的には、あんまり手を使いたくはないんだけど……」
どうやら漫画家志望仲間らしい。見えない。
むしろ漫画と無縁そうに見える。
「何かあったら、オレを読んでねぇ夢子ちゃん。オレ久住っていうんだ」
「久住さん……」
「ハジメはアシスタント急にね。オレはアシスタントどころかまだ未投稿。なかなか作品が描けなくて」
「ペラペラうるせぇよ!」
いじめっ子が吠える。
それに対して余裕そうに久住さんはあたしに話しかけ続ける。
「警察さっき呼んでおいたし、現行犯逮捕だよ」
「なっ」
いじめっ子が青い顔をする。
「ばかだよねぇ、バットとかわかりやすい道具使ってさぁ~。いかにも凶器じゃん?」
心底馬鹿なものを見るように久住さんはいじめっ子を笑う。
あたしそれを呆然と眺めていた。
そして警察が駆けつける。
そのままいじめっこが捕まる。久住さんが笑ったのを、あたしは見逃さなかった。
ある程度手続きをして、あたしたいはいじめっ子を置いてで帰ることにした。
「感謝するならハジメにしてあげてね」
「久住さんもありがとうございますっなんかおごりますっ」
「じゃあ、ジュース」
「喫茶店近くだと」
「缶ジュースでいいよ」
それはいくら何でも安すぎる。
「でも」
「オレがいいって言ってんの」
「……はい」
切れ長の目を細めにっこり笑う久住さんには逆らえず。
「無事でよかったよ」
自販機からガコンとコーラを落とすと、久住さんはごくごくと飲み始める。
ぷはあ、と気持ちよさそうな音を立てて飲み干す。
「おいしかった、ありがとう」
「あの、ハジメとはどこで知り合ったんですか?」
「漫画家志望のチャットかな。ネットの親友が、地元にやってきてオレ大興奮中なけぇ」
「なるほど」
リアルじゃなかなか知り合えないタイプの組み合わせだもんなあ……。
「だから最近よくつるんでる」
「そうなんですか」
「同じ歳だしね」
受験生なのに金髪なのか、就職決まって染めたのか、それともフリーターになる気なのかちょっと気になる。
「オレも負けていられないぜぇ」
「がんばってください」
「ありがとー」
ゆるく笑って久住さんはあたしにメアドを教えてくれた。
「ハジメの盗作ってしってる?」
突然の問いかけだった。
思わずぽかんと口を開けた。
「ええ、まあ。でもうそでしょ」
「いや多分本当だね。煮詰まったんだよ、早くデビューしたくて」
「……親友なのに、そんな事……」
「あいつのことをよく知ってるからこそ、疑ってる。もう二度としないだろうけど。スランプになる前から、話を作るの苦手なやつだったから」
怪訝そうに眉をひそめる久住さん。
「信じる根拠がないからなぁ」
「……ない、ですけど」
「まあ、あいつはいいやつだから仲良くするけど」
そう言われると、急に彼の盗作が不安になる。今は真摯に取り組んでても、過去の彼をあたしは知らない。
それであたしはなぜ信じれる?
誰だって知られたくない過去はある。
それを隠そうとする。あたしだって実際そうだ。
じゃあ、本当かもしれないんじゃないの?
頭がぐるぐるする。信じたいのに、疑ってしまう。そんな自分が嫌で。
「まあ、知ってるならそれでいい。それでもモデルをやりたいなら」
「…………」
久住さんの言葉に返す言葉がなかった。
ただあたしは項垂れて、彼を見つめるしかなかった。
「一緒にあいつを応援してやろうぜぇ」
「……はい」
にぃ、と笑う久住さんに対してあたしも作り笑いを浮かべ、そのままあたしたちは家路についた。




