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九十三話 人を助ける理由

「リコさんが売る予定だった商品って何だったのですか?」

「うん? ああ、国で生産されている絹という生地だよ。この国で主に遣われているのは麻だと聞いたんだ。それで知り合いのツテで絹で出来た生地を納める予定だったんだ」


 リコはそう言ってため息を吐いた。量が量であったために普通の船倉に積んでいたのだが、綺麗さっぱりに持ち去られていた。紹介された相手を経由して、今後大々的に絹を輸出しようと目論んでいただけに、そのダメージは計り知れない。


「でも、海賊に襲われたのですし不可抗力じゃないですか? 取引相手も話せば分かってくれるんじゃないかと」


 アレクとしてはその程度の気持ちしか無かった。護衛も連れずに襲われたのであればリコにも原因はあるかもしれないが、今回の件は完全に不可抗力である。だが、そんなアレクの考えにリコは黙って首を横に振った。


「今回の絹の取引は先方も乗り気でね。既に貴族や王族に触れ回っているらしいんだ。相手だけじゃなく、その先のお客さんにも迷惑が掛かるから頭が痛いんだよ……」

「貴族に王族ですか……。それは――」


 アレクはすんでのところで口をつぐんだ。「下手すれば相手の首が飛びませんか?」などと言ってしまえばリコが今以上に悩むのは目に見えていたからである。アレクが言わずともリコとて分かっているのだろう、今までで一番深いため息を吐きだした。


「ひとまずは王都へと向かわなければならない。急ぎ手紙だけは送って事情は説明はするけど、直に会って謝罪と責任を負わないとね……」

「王都へと向かうのでしたら僕達も明日には王都へ向かう予定だったんですよ。もし良ければ僕達の馬車にご一緒しませんか? 新たに護衛を雇うのも時間がかかるでしょうし」


 王都へと向かうというリコにアレクは一緒に行かないかと提案をする。フィアや他の皆も反対はしないだろうと思っての事だった。リコにとっては渡りに船である提案に、すまなさそうではあるが頷いた。妻や娘が居る事を考えれば、急遽冒険者を雇うにも人を選ぶのだ。その点、アレク達は女性を含むメンバーで行動しており、人柄も信用出来る。


「じゃあ、申し訳ないけど王都まで護衛を頼むよ。依頼料は――」

「僕達は学園の生徒であって冒険者じゃないですし……明日の朝ミリア先生――学園の教師なんですが、先生と話し合って貰っていいですか? 以前冒険者をしていたそうなので僕よりは話が通じるかと」


 アレクはそう言ってリコの言葉を遮ると、リコにもう休んだほうがいいですよと告げて席を離れる。少しリコと話をしていて遅くなったが、元々の予定は海賊の情報を海軍に知らせる事なのだ。リコも長く引き留めてしまったと思ったのか、一言謝ると家族の待つ二階の部屋へと戻って行った。




 リコを見送ったアレクは、急いで海軍の詰め所へと向かう。詰め所は海岸線に面した場所で、灯台の役割も兼ねた場所にあった。


「すいません。ちょっとお伝えしたいことがあるのですが」

「うん? なんだ坊主、こんな時間に」


 詰め所に居た兵士はアレクを見て首を傾げた。もう完全に日が落ちている時間に、アレクのような子供が尋ねてきたなら仕方の無い事かもしれない。


「実は、海賊についての情報があるのですが――」


 アレクはそう言って話を切り出した。最初はアレクの言葉を信用して居ない素振りだった兵士は、アレクが話を続けていくにつれ表情が真剣なものに変わる。兵士は直ぐに上司の下へとアレクを連れて行き説明するよう促した。

 これでアレクの身元が不確かであれば早々に追い出されていただろう。しかし、船の消火作業に貢献したことを覚えている兵士が居たことと、王都の学園の生徒である事である程度の信用を勝ち取れたのだった。


「――という事で。過去に目撃情報のあった入り江を見張っていたのですが、怪しげな船が海の中へと潜って行くのを目撃しました。僕の師匠は魔道具の開発もしているので多少知識を持っているんですが、あれは何らかの魔道具を使ってますね。船内に水が入らないようにしつつ、水中への潜水を可能にする海賊船……もしかして、どこかの国が背後にいたりして?」


 アレクはさも自分が見てきたかの様に兵士へと身振り手振りを交えて話す。実際はアンが調べて来たのだが、それは言うことが出来ない。

 アンが見た海賊船は潜水艇であった。だがこの世界には潜水艇という概念が無く、いくら入り江を調べても海の中まで調べるという発想には至らなかった為見つからなかったのであろう。発想自体は思いつきで生まれるものであり、潜水艇をこの世界の誰かが思いついたとしても不思議では無い。しかし、それを実現するには大規模な魔法を船体に施さなくてはならないし、魔道具の開発も必須だ。ただの海賊程度が作れるとはアレクには思えなかった。


「情報提供感謝する! なるほどな……海へ潜ってしまう船なんて考えつかなかった。素潜りの得意な奴らに水中を探索させるとして、問題はどうやって戦うか――」


 アレクの話を聞き終えた隊長格の兵士は具体的な討伐方法を考え始めたようだが、水中での戦闘など想定しておらず良い案が浮かばないようだ。


「長時間水中に潜り続けるのは空気や魔力の問題で無理だと思います。恐らくですが、水中洞窟のような場所があるのではないでしょうか」


 アレクはあくまで推測ですがと断ってから自分の考えを話す。実際はアンが水中洞窟がある事も掴んできているのだが、それを言う訳にもいかない。


「それと、実際に海賊が居て討伐できた時で構わないのですが情報提供の対価として欲しい物があるんですが」

「うん? 情報提供には謝礼金が出るが、金じゃないのか?」


 アレクは隊長に教襲われた商人の話をし、非常に困っている事を伝える。リコが失った商品全てが戻るのが理想ではあるが、最低でも絹の生地だけは取り戻したいのだと言って頭を下げた。


「なんで知り合ったばかりの男の為に頭を下げられるんだ、坊主は。……よし、襲われて生き残っているそのリコって商人の一家には被害にあった荷物を返すように終わったら手続きをしよう!」


 隊長は頭を下げたアレクに呆れたように見ていたが、アレクの真っ直ぐな心根に感心したのか、そう約束した。荷物の本来の持ち主が生きている以上渡す事に問題は無い。他に海賊が持っているであろう略奪品だけでもかなりの金額になるだろうし大丈夫だろうと隊長は判断したのだ。


「では、坊主とそのリコって商人は明日には王都へと向かうんだな? 明日の朝一で商人に詰め所に来るように伝えておいてくれ。連絡が付くように手続きをしておかんとな!」


 そう言ってアレクとの話を終えた。詰め所から出たアレクは上手くいってよかったと小さく溜息を吐いた。これで海軍が海賊を討伐すればリコも救われる。自分には何もメリットは無いが、リコに荷物が戻って喜ぶ姿を思い浮かべると、それだけで十分だと思えるのだった。


 翌朝、リコの部屋を訪ねたアレクは、リコに昨晩隊長と約束した事を伝え詰め所へと行くよう告げる。


「すみません。余計なことだとは思ったんですが」

「なんでアレク君はそこまで私なんかに良くしてくれるんだい? 船から助けてくれただけでも感謝しきれない程なのに……」


 リコの問いかけにアレクは困った表情で頬を掻いた。


「理由は特に無いですね。困っている人が目の前に居たなら自分の出来る範囲で助けたいと思うじゃないですか。今回はたまたま自分の出来る範囲にその方法があっただけですよ」


 それに、まだ荷物が戻って来た訳じゃ無いですからとアレクは言葉を続けた。お礼を言われるのなら荷物が戻って来てからであって、今では無いのだから。

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