八十七話 帰郷
夏休みまであと少しとなった頃、アレクはランバート達と夏休み中の予定を立てていた。
ある程度ダンジョンで実践を経験してきた以上、夏休み中にダンジョンに潜る必要はあまり無くなっていた。そして今年で皆が一緒に居るのは最後だろうという事で旅行に行かないかという話になったのである。
ただ、問題が一つあり、学園の規則で生徒だけでの旅行は安全と風紀上認められていなかった。そこで、アレクはミリアに旅への同行出来ないか頼んでみることにした。彼女は冒険者としての実力もあり、こういった旅へのノウハウも持っているだろうと思ったからである。
するとミリアは快く引き受けてくれたのだった。
「久しぶりに私も海を見てみたいわ」
これから皆が向かう先はゼファールの南端。港町のエリシオールである。
夏休みへ突入し、ミリアを含めた五人は一台の馬車へ乗り、南へと移動を開始した。野宿をしない方向で計画した為、少し遠回りになってしまうのだが、ミリアは特に何も言わなかった。道中は、街道を進むので魔物が現れることもなく、一日目と二日目は何事も無く過ぎていく。
三日目となり、ロハの村が近づくにつれて、アレクの口数が極端に減って来たのを皆が感じ取っていた。元気づけようとフィアも口を開きかけるのだが、なんと言ったらいいのか分からずに、結局口を閉じてしまう。
やがて、一行は廃村となったロハの村へと到着した。一年半もの間放置されてきた村は、雑草に覆われており、人の営みがあったとは思えない様相を呈していた。アレクは、久しぶりに訪れた故郷の村を懐かしそうに見渡しながら、変わり果てた景色に時の流れを感じていた。
アレクの家は村の北側にあったので、まずはそこへ向かう。アレクから少し離れた状態で、他の四人が後を追っていく。
やがて、焼け落ちた家の跡へとたどり着いた。アレクは魔法で周囲の雑草を刈り払うと、王都から持ってきたお菓子や、水などを供えていく。この世界では見られない風習なのだが、アレクとしては墓参りに来たのだからと、気にせず屈んで手を合わせる。
アレクの奇妙な行動に、四人は怪訝そうな表情をしていたが、意図は伝わったようだ。フィアやミリアに続き、エレンとランバートもアレクの後ろでそれぞれの祈りを捧げた。
暫く目を瞑り、祈りを捧げていたが。アレクが動かない事で、ミリア達は一足先にその場を後にした。事前に村の中央に、村人が埋葬された場所があると聞いていたので、そちらへと足を向けた。
「アレク君……」
後に残ったのは、フィアだけである。屈んだままのアレクの背中へ、そっと手を触れると僅かな震えが手を伝わってきた。フィアは、何も言わずにアレクの背中をそっと抱きしめるのであった。
いったいどれ程の時間をそうしていたのだろうか。アレクが気づいた時には、周囲にはミリア達が戻ってきており、少し離れた場所から自分たちを見つめていた。
背中には、未だ心配そうな表情で、フィアが寄り添っていた。アレクは無言でフィアの手を握ると、少し照れくさそうにはにかむ。
「ごめん。心配かけたね。次の村に辿り着くのが遅くなってしまうから、そろそろ出発しようか」
アレクは皆にそう告げると、立ち上がり膝に付いた土を払った。海からの帰りには、もう寄らないつもりだ。また、何年か過ぎたならば来ようとアレクは思う。
(次来るまでに、敵は取れてるのかな……)
アレクの心に焦りに似た感情が湧き上がる。既に一年の月日が過ぎ去っている。学園で得られるだけの力は手に入ったと思う。だが、凶悪な盗賊団《濡れ鴉》が十数人なのか、数十人なのかが分からないが、果たして自分が太刀打ち出来るのだろうかと自問する。
騎士団でも調査は継続しているらしいが、めぼしい情報は得られていないようだ。自分としてもフィアの母親にお願いしているのだが、一年経って何も情報は入ってこない。
国内での被害はあれ以降発生していないようであるが、他国でも幾つかの村が滅んだという噂が聞こえてきていた。その噂話のいくつかが、濡れ鴉が絡んでいる可能性はある。他国も含めて活動するのであれば、冒険者としてあちらこちらを旅する必要性も感じ始めていた。
アレクは、最後に村の風景を心に刻もうと、周囲を見渡す。ふと、エテルノを祀った祠があった事を思い出し、軽く掃除をしようと足を向けた。
村に居た頃は、秋口に豊穣を祝うと共に、無事に冬を越せるようお祈りをしていた程度だった。王都でエテルノを祀っているのだと教えられるまで、何の神であるかすら知らずに祈っていた昔の自分を思い出し少しだけ笑う。
記憶に従って足を進めると、村の外れに小さな祠が見えた。アレクの腰ほどもある草に覆われ、石造りの小さな祠は全体の半分近くが隠れていた。
アレクは魔法を使い草を刈り取ると、マジックバッグに残っていたお菓子を祠へとお供える。王都に戻ったならば神殿に顔を出そうと思いながら目を瞑った。
ロハの村を出発し、更に南下するに従って魔物の姿が見られるようになってきていた。これは一年前の襲撃で付近の村も廃村になった所為だ。狩る人間が居なくなった所為で野生の動物が増え、それを餌とする魔物などが集まった結果だった。
騎士団にしろ、冒険者にしろ、人に実害のある魔物から討伐していくのが普通であり、周辺に人が居ないこの地域はどうしても後回しにならざるを得ない。また、拠点とすべく村が廃村になったことも少なからず影響があるだろう。
「《インストラクト・アースブリッド》」
アレクの放った魔法が、遠くでこちらの様子をうかがっていたゴブリンの頭部を打ち抜いた。二百メートル以上離れた的を正確に射た魔法の精度にエレンや、ミリアですら呆れていた。
「よく、あの距離を撃ち抜けるわね……」
「ん?これは風の魔法も使って軌道修正もしているからね。イメージは空中に風の通路を作って敵へと続く穴を開ける感じで……」
アレクはそう説明をしながら、次々とゴブリンの頭を打ち抜いてゆく。普通の《アースブリッド》の魔法であれば、百メートルも飛ばせば威力が減衰されて威力が低下するのだが、アレクは風の通り道を作り空気抵抗を減らす事で飛距離と威力を伸ばしていた。
エルフから貰った本を解析してミリアと供に編み出した『複合魔法』の成果の一つである。
「これは、戦争とかで一方的に攻撃出来るんじゃ無いか?」
ランバートも目を細めて遠くを見ながら、そんな事を呟く。エレンも隣で頷くと、アレクを真似て魔法を撃ち始める。だが、撃ち始めてから直ぐにエレンは首を横に振ってランバートの言葉を否定した。
「これは私には無理ね。風の通路と簡単に言うけど、《アースブリッド》に干渉して逆にぶれてしまったわ。……発想もそうだけど、上手に効果を上乗せ出来るようになるまで、どれだけ掛かるかしら」
エレンは首を横に振ると、感嘆のため息を吐いた。アレクのイメージは、風を螺旋にして弾へまとわりつかせるというイメージなのだが、そこまで教えるつもりなはなった。戦争で用いられる事は避けたかったし、他人の考えた魔法を真似るだけでは、エレンの為にならないと思った事も理由の一つだ。
「まあ、ガルハート先生なら気配で避けるだろうけど」
アレクはそんな事を言いながら、遠くに居たゴブリンを殲滅していった。
「うわー! これが海なのね」
ロハの村を出てから更に三日。小高い丘の上へ辿り着いた一行の目に、見渡す限り青い水平線が飛び込んできた。その素晴らしい景色に、フィアは目を見開いて感嘆の声を上げた。
海岸沿いに少し大きめの街が見える。港のあるその街が目的地エリシオールだろう。
そこから少し離れた場所には砂浜もあるので、遊ぶにはちょうどいいように思える。遠洋には海の魔物が生息しているらしいが、浅瀬には居ないと書物で読んだのだが、念のため街で確認してからにしようとアレクは街へ先に寄ることを提案した。
「では、まずは街へ行って。宿を決めて、水着を購入しましょう」
ミリアも目を細めて雄大な景色を眺めていたが、そう言って皆を促した。王都では水着は売られておらず、海辺の街でしか入手出来ないと言われた。女性陣は、どんな水着が売られているのかと話に花を咲かせている。それに対して、事前の調査でトランクスタイプの水着しか無いと分かっているアレクやランバートにとっては、特に悩む必要も無く女性陣の後を付いていった。