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八十五話 成果と繋がり

 眷属であるアンを用いた検査の結果、シリカの患っている病は癌ではないかと推測された。

 異常のある臓器のあちこちに変色や瘤など癌特有の症状が見られたのだ。勿論、アレクは医者では無いので実際の癌患者の患部を見たことは無い。だが、情報社会であった地球でのマスメディア等で得た情報と一致していると判断した。


 アレクはこの時点では皆に癌の可能性があるとは伝えなかった。もしも間違っていたり、治療が効果がなければ無駄になるからだ。自分の推測が正しく、治療が成功した時に初めて伝えればいいだろうと考え、実際に治療にあたることにした。


「ちょっと試してみますね。《ヒール・シック》」


 効果が確認しやすい胃に向けてアレクは魔法を行使した。癌というのは細胞の異常な増殖が原因だったはずである。アレクは正しい細胞のあり方は知らなかったが、原因と患部がわかれば大丈夫ではないかと思い、綺麗な臓器のイメージを思い浮かべつつ暫くの間魔法を照射し続けた。

 数分が経過し、アンに再び胃の内部を確認して貰う。その結果――


「効果があった、かな?」

「ほ、本当か!」


 アレクがぽつりと呟いた言葉に、ディードリアが即座に反応を返す。それに返事をせずにアレクは体のあちこちの臓器へと同じようなイメージで魔法を照射していく。数時間が経過しただろうか、アレクの魔力もほぼ空になった頃、ミリアに再び魔力を流して状況を確認して貰う。

 その結果は――。


「最初に掛けた時に比べて、魔力の流れがスムーズにいくわ。まだ幾つか澱みがあるようだけど、これは効果があったって事じゃないかしら」


 その言葉にアレクはほっとした。今は魔力が空になってしまったので無理だが、数時間休めばまた治療を行う事は出来るのである。


「少し、様子を見てみましょう。ディードリアさん、後は頼みます」


 アレクはそう言うと魔力枯渇によって意識を失ってしまうのだった。




 アレクが目を覚ました時には既に昼が過ぎていた。周囲を見ると綺麗な部屋のベッドに寝かされており、周りには人影は無かった。


「いつつ……魔力はある程度回復したみたいだ」


 まだ少し痛む頭を押さえながらアレクはベッドから起きて立ち上がる。シリカの容態がどうなったのかが気になり、アレクは部屋から出ようと扉に手を掛けたところで、外から誰かが同時に開けたらしく、前のめりになって倒れそうになる。


「おわっ!」

「きゃ!」


 変な声を出しながら前のめりに倒れたアレクは、扉を開けたであろう人物を巻き込んで廊下へと倒れた。巻き込まれた相手も小さく悲鳴を上げてアレクの下敷きとなってしまう。


「いたた……すいません。大丈夫ですか?」


 アレクは打ち付けた膝に構わず、下敷きにしてしまった相手へと謝る。顔を上げるとどうやら押し倒してしまったのはディードリアのようだった。


「いや、私は大丈夫だ。君こそ大丈夫なのか? 魔力欠乏に陥ったのだろう」


 お互いに気を遣いながらまずアレクが立ち上がり、ディードリアに手を貸す。彼女はお尻を打ち付けただけで、どうやら大きな怪我は無いようだ。  

 

「ええ、平気でした。それよりもディードリアさん、シリカさんの様子はどうです?」


 あの結果から見れば多少は改善された筈であったが、実際どうなったか気になっていた。そんなアレクにディードリアは思い出したかのように話し始めた。


「そう! そのことで君を呼びに来たのだ。シリカ様が、目を覚まされた!」


 ディードリアに手を引かれながらアレクはシリカの部屋へと向かった。

 部屋へと辿り着くと、目を覚ましたシリカの横でミレイアとミントが泣いていた。人目を憚ること無く涙を流しながら何かをシリカに伝えている。


「アレク君が目を覚ましたので連れてきた」


 ディードリアの声に泣き崩れていた二人がアレクに気づき顔を上げた。ミレイアは立ち上がるとアレクへと深々と頭を下げて礼を言った。


「アレクさん、娘の容態が今朝よりも良くなったのです。今朝まであった痛みが嘘のように引いてるって言うんです! 本当に、なんて感謝して良いのか」


 そこまで言うとまた顔を手で覆って泣き崩れた。ミントも似たような状態で、何度もありがとうと繰り返すので精一杯のようだった。


「ひとまずは成功ですかね。明日ここを発つまでに可能な限り繰り返してみましょう」


 喜ぶ皆とは違い、アレクには素直に喜べない理由があった。魔法の効果が現れた事で彼女を冒していた病気が癌かそれに類するのだと決まった。

 勿論、ほぼ末期の状態から持ち直した事自体は喜ばしいが、あそこまで転移を繰り返していたのだとすると、再発する可能性があるのではないかという思いがあったのだ。

「とにかく、今は栄養を取って体力をつけましょう」


 少なくとも今まで患っていた臓器が治ったのであれば、再発しても数年後だろうと推測する。そうであれば、喜んでいる皆に今告げる必要は無いだろうとアレクは口を噤む事にした。

 再び魔力欠乏に陥るまで《ヒール・シック》を使った事で、少なくともミリアが分かるような澱みは無くなったようである。完治したとは思えないが、これで当初の目標は達成出来たなとアレクは安堵した。

 二度目の魔力欠乏から目を覚ますとアレクとミリアは族長のミレイアに呼ばれてテーブルについていた。


「改めてありがとうございます。お二人には本当になんと感謝したら良いのか。私が出来る事であれば何でも致します。何か希望があれば仰って下さい」


 ミレイアとしては孫娘を救ってくれただけでなく、娘まで死の淵から救ってくれた恩人である。

 しかも魔力欠乏という命の危険を冒してまで治療に当たってくれたことに、本当に感謝していた。


「いえ、お礼を言って貰えるのは嬉しいですが、その前に言っておきたいことがあります」


 アレクはミレイアとミリアに病気の大まかな説明を行った。そして、完治出来ているか現状では分からない事。再発の可能性も少なからずあるのだと話した。 


「再発……。それはどのくらいで起きるのでしょうか」


 再び娘があの状態に陥るのかとミレイアは衝撃を受けた。しかしアレクにも再発の可能性がわかる筈も無い。薬での治療に比べて魔法による治療の効果が不明なのだから。


「正直全くわかりません。もう大丈夫かもしれないし、一年後か十年後か。エルフであれば長寿なので数百年の内に別な病気にかかるかもしれないので何とも……」


 本来であれば半年か一年ごとに症状の確認が必要だとアレクは思っている。しかし、地球とは異なり気軽に行き来できるような距離では無いのだ。その事に申し訳ないと思いつつミレイアに告げた。


「いえ、今は娘が命を取り留めたことだけで十分です。貴方達に頼らずに対処出来るように私たちも努力していこうと思います」


 ミレイアはそう言っていたが、アレクとしては再びこの地を訪れて診察をしようと思っていた。そこまでの責任は無いのだが、シリカの病気に関してだけでも誰かに引き継げればいいなと思うのであった。



 ミレイアからエルフ全体から見ても恩人であり、何か今後助けが欲しいときは種族をあげて協力してくれることを約束してくれた。そして、この恩に報いるためにお礼の品を何か贈りたいと言ってきた。

「欲しい物と言われても。ミント様が悲しんでいるのを見てるのが辛かっただけなので」

「私としても新たな魔法を知ることが出来たですし、割と満足してるのですが」


 望む物をとミレイアに言われた物の、元より物欲の無いアレクと、学者肌のミリアでは欲する物が思い浮かばなかった。それでは気が済まないというミレイアの押しに負けて、明日の朝までに何か考えておくという事で一旦その場は逃れることが出来た。



 翌朝、二人とも散々悩んだあげく、ミリアは人族には伝わっていない魔法が記された書物を貰い、アレクは精霊魔法について書かれた書物を貰う事にした。

 精霊魔法については妖精族でなければ使えないという話だったが、研究しようと思っている『使い魔』の作成に役立つのでは無いかと思ったので希望した。他種族には使えないという事もあって思っていたよりもすんなりと貰う事が出来たのでアレクもミリアも満足だった。


 また、今回の事で人族の医学という物も学ぶべきだという意見が出て事から、ゼファール国に限りエルフを派遣しお互いの持つ知識を学び合うという話となった。これにより、今までに比べてエルフ達との交流が活発になる事となり、使節団としての役目も果たすことが出来た。

 この功績によって、ミリアやアレクに報償が国から支払われる事となりアレクの懐もだいぶ潤う事となったのだった。

五章はこれにて終わりです、次話から新しい章となります

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