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八十四話 診察開始

 翌朝、朝餉の時間になるとアレクとミリアの二人は予定通り族長と供に食卓へ着いた。

 族長であるミレイアとミント、そしてアレク達二人の四人がテーブルを囲んでいる。ある程度食事を終えた所で、族長のミレイアから話題を切り出してきた。


「さて、アレクさんは私に何か相談事があるそうですね」


 祖母であるミレイアの言葉に、ミントは少し緊張した面持ちでアレクとミレイアの顔を交互に見ている。


「はい。というより、既にディードリアさんから話を聞かされたのではないですか?」


 昨晩ディードリアに話した事は彼女だけで留めておける話では無い。だとすれば昨晩か今朝早くには族長の耳に入っていると思ったアレクはカマを掛けた。


「ふふ。その通りよ、だけれど貴方の口から直接聞きたいの。ミントにも分かるように説明して下さるかしら?」


 アレクの思った通り、既に概要は聞いているようだ。ただ、昨晩のディードリアの様子を見る限り完全に理解したとは思えなかった。ましてや、アレクは彼女にだけ秘密にしている事もあった。


「はい。実は僕の師であるミリア先生は神官の資格も持っています。人族では神官という職業の者はけが人の治療をしたり、病を治すという役割を持っています」


 そこまで話すと、一旦言葉を切り紅茶で口を湿られた。これからアレクが二人に話すことはとても重大な事だ。いくらミントの恩人だと言っても、普通であれば受け入れてもらえないような事を言わなくてはならないという事に、緊張するなという方が無理である。


「昨晩、ミント様と少しお話をする機会がありました。ミント様も母親であるシリカ様の現状にとても悲しんでおられました。そこで、お二方が許してくださるなら人族の観点でシリカ様を診察させては頂けないかと思ってます」


 アレクの言葉にミントが驚いた表情になる。その横でミレイアは表情を変えずにアレクをじっと見つめていた。いや、顔は微笑んでいるように見えるがその目は全く笑っていない。アレクの真意を見極めるべく、心の奥まで見通すような目で見ている。


「あの子が長く伏せっている事は、私を含めて一族の全てが悲しんでいます。ですが、貴方が私の娘を治せるとでも? 正直、娘の事は覚悟を決めていました。ましてや、弱りやせ細った娘を他の者の目には触れさせたくはありません」


 ミレイアの口から出たのは拒絶の言葉だった。

 二年もの間エルフの薬師が総力を挙げて治療に当たった。それが、人族である目の前の者達に治せるとは到底思えなかったのである。


「お言葉は当然だと思っています。僕も確実に治せるとは言いたくても言えません。ですが、諦める事が出来ますか? あの時もし僕たちに診せていたらと後から後悔を欠片もしないと言い切れますか? ……昨日ミント様には話しましたが、僕には既に親が居ません。盗賊に村を襲われ僕を除いて皆殺されました」


 突然始まったアレクの過去話にミレイアの耳がぴくりと動く。


「僕は未だに後悔し続けています。もっと自分に力があれば……あの時少しでも彼奴らに立ち向かう力があれば、と。お二人には例え麦粒ほどの可能性であろうとも全て試してみて欲しいんです。期待してくれなんて言えません。ですが、可能性が僅かでもあるなら試させて欲しいんです」


 そう言うと、アレクはテーブルに頭が着くほど下げる。すると、隣に居たミリアが口添えをしてくれた。


「シリカ様には傷一つつけません。こういった言い方は失礼だと思いますが、現状より悪化する事は無いと考えています。勿論私も、このアレクも持ちうる全ての力で挑みます。だから、アレクの願いを聞いては貰えないでしょうか」


 そう言ってミリアも深々と頭を下げた。

 頭を下げたままの二人に、ミントは言葉が出せず涙を流していた。見ず知らずである自分の母親の為にここまで真剣に向き合い、取り組んでくれる二人にとても感動したのだ。


「お婆さま! 私からもお願いします。私はまたお母さんと一緒に暮らしたいの! まだ諦める事なんて出来ないの。アレクさん達にお母様を診させてあげて!」


 涙声で叫ぶと、ミントもミレイアに向かって頭を下げる。

 三人から頭を下げられたミレイアは非常にばつの悪い表情で皆を見回す。


「もう。これじゃ私が悪者みたいじゃない。――分かりました。本来であれば私の方が頭を下げてでもお願いしなければいけない事です。ほら、ミントもお二人も頭を上げてちょうだい」


 頭を上げたアレク達は、ミレイアが目に涙を浮かべているのに気付く。彼女とて自分の娘が死ぬであろう未来を認めた訳ではなかったのだ。ただ族長として、親として諦めなければならないと自分に言い聞かせていただけだったのだ。


「こちらからお願いいたします。あの子を……シリカを診てください。僅かな可能性であろうとも、最後まであがいてみたいと思います」


 そういって今度はミレイアが深々と頭を下げてアレク達に頼むのだった。その様子にミントも慌ててアレクに向かって頭を下げた。

 そんな二人にアレクは絶対に成功させなければと心に決めるのであった。







 シリカの寝かされている部屋は建物の一番奥にあった。

 奥といっても隔離病棟のような場所ではなく、ちゃんと窓があり綺麗な自然が見える部屋だ。

 アレク達が部屋へと入っても、彼女が目覚める様子は無かった。体が弱り、意識を保つ事すらままならない状態のようだ。正直、今夜亡くなってもおかしくないなとアレクには感じられた。それほど死の気配が色濃く顔に表れていたのだ。


 今、部屋の中にはアレク達の他にミレイアとミント、ディードリアだけが入っていた。今から行う治療は出来るだけ人に見せたく無かったし、成功しなかった場合にアレクとミリアが一族から責められるのを防ぐ為でもあった。


「それでは、診察を始めます」


 まずはミリアによる患者に魔力を流して異常箇所を見つける方法がとられた。シリカの身体が弱っている為か、魔力を多く流し込んでしまえばそれだけでショック症状を起こしかねないというとても繊細さが求められる作業だ。

 ごく僅かな量の魔力を、予想以上に長い時間をかけて患者の体へと流し込む。十分ほどすると、ミリアは触れていたシリカの手を離し大きく息を吐いた。


「これは予想以上に大変ね。今調べただけでも肺・胃・肝臓・子宮に異常が見られたわ。それ以外にも特定は出来ないけれど臓器がやられているわね」


 予想以上にひどい内容に、ミレイアとミントの顔がくしゃりと歪む。分かっていた事だったが、ここまで酷いと手の施しようが無いのではないかと思われた。


「一箇所じゃなく複数箇所、それも軒並み重要臓器ですか。問題は、弱っているだけなのか病魔におかされた結果なのか、ですね」


 アレクは今の結果を聞いた時点で幾つかの病気を思いついていた。一つは癌であり、色々な臓器に転移したのでは無いかと言うこと。もう一つは多臓器不全症候群という、敗血症や感染症によって複数の臓器が機能を停止するという病気である。

 どちらにしても難病であり、この世界の医療技術では治療は無理である。


「次はどうするの?」


 諦めて居ないようなアレクの表情に、ミリアも気合いを入れ直す。もう一つの触診をするまでもなく、多くの臓器がやられた事で意識障害まで引き起こされている。もしもミリアだけであればこの時点で投げ出すか、情けによる死を与えるところだ。


「そうですね。記憶にあるのだとMRIやCTをかけるところなんだろうけど……」


 勿論この世界にはX線検査も磁気を用いた検査機器も存在しないので考えるだけ無駄であろう。アレクも製造方法や詳しい原理を知っている筈もなかった。


「やっぱり直接内臓を確認するしかないのかな」


 アレクの物騒な発言にミリアを除く皆が驚く。ディードリアなどは今にでも掴みかかってきそうなので慌てて否定した。


「切り刻みませんよ! 傷はつけないって約束したじゃないですか」


 慌てて言うと、皆一同に安心した顔になり深くため息を吐いていた。唯一ミリアだけが表情を変えずにアレクの様子を伺っている。

 やがてアレクの出した方法は、この世界でアレクしか出来ない方法だった。


「《眷属》のアンなら霊体――魔素の集合体なので肉体に遮られることなく内部を見られる筈です。その方法を試してみましょう」


 アレクの言葉に既に眷属の事を知っているミリアは納得したように頷いていたが、エルフの三人は何のことか全く分かっていないようだった。アレクは自分が精霊のような者を召喚することが出来る事を伝え、それによって体内を見るのだと教えた。

 三人には治療に際して行う事への追求、他言はしないことを約束させており少なくとも今の時点ではこれ以上何かを聞いてくるような事はなかった。アレクは念のため透明な状態でアンを喚びだそうと決めた。

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