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八十三話 医学の差、一筋の光明

「ミリアさんが神官? 紹介では魔導師だと……」


 ディードリアの言うとおり、族長からの紹介ではミリアは魔導師であり、アレクはその弟子という話しかされていない。勿論この事を知っているのは学園関係者だけなので当然のことなのだが。


「家が神官職だったので小さい頃学んでいたんです。それで、アレクが話を持ちかけてきたという事は何か思いついたのかしら?」


 ミリアは簡潔に経緯を説明すると、アレクへ視線を戻す。


「ここだとちょっと……。宴って何時までやるんでしょうか?」


 アレクは周囲を見渡しながら話す。既に主賓である筈のアレクやミリアを気にしている人はおらず、ただの宴会になっているような気もするが、流石に主賓が二人ともこの場を抜けるのはまずいのでは無いかと心配する。

 だが、アレクの懸念にディードリアはあっさりと答えた。


「大丈夫だろう。人族はどうか知らないが我々の宴は終わる際には自然に解散するのだ。ドワーフなどに合わせていてはきりが無いからな。それよりもシリカ様の事だ。万が一にでも可能性があるなら詳しく話を聞きたい」


 ディードリアの話を聞くと、やはり容態は思わしくないのだと言う。どちらかと言えば何時容態が急変するかも分からない程の状態であるらしかった。

 宴から抜け出した三人は、ディードリアの案内で誰も居ない部屋へと移動しながら話を続ける。


「我々とて薬草学に関しては他のどの種族よりも優れていると自負している。だが、シリカ様の病は薬草ではどうする事も出来なかったのだ。だとしても、人族なんぞの――すまん、他の種族の技術は頼るに値しないというのが一族の決定でね。……もっとも頼れる伝手なぞ無いのだが」


 そんな話をしながら歩いていると、ディードリアは一つの部屋へと二人を招き入れた。

 どうやら彼女の研究室のようで、どことなく漢方の匂いが漂っていた。部屋の中には様々な薬草が瓶に詰められて保管されており、全種族一の薬学を誇ると言われても納得出来る光景だった。


「それで、どうするつもりだ?」


 部屋に入るなりディードリアはアレクへ尋ねる。実は彼女、シリカと幼馴染みであった。それ故に次期族長となるべきシリカが病に伏せっている現状に、一族の誰よりも悲しみ何とかしたいと思っていたのだ。

 そんな彼女の熱意にアレクは近くにある椅子へと腰掛けると話を始めた。


「まず、情報の共有が必要ですね。ミリア先生は病を治す《ヒール・シック》という魔法を知っていますか?」

「な!?」 


 アレクの口から出た思わぬ言葉にディードリアは驚愕の声を上げた。対してミリアはそんな彼女を横目に暫く考え、首を横に振る。


「いいえ。少なくともアレクにも見せた『魔法大全』には乗っていなかったわね」


 ミリアの言う『魔法大全』というのは、マドゥライが書いたとされる魔道書のタイトルである。学園に保管されている最古の書物ではあるが、あれは『写本』であるとされていた。


「ディードリアさんはご存じのようですが、病を治すという夢のような魔法です。ですが、普及もせず写本にすら書かれなかったのには理由がある。そうですよね?」


 アレクは問うというよりは確認するようにディードリアへと視線を向ける。ディードリアは黙っていても無駄だなと自嘲気味に肩をすくめるとアレクに答えた。


「君の言うとおりだ。あの魔法はその病の原因と、侵された臓器が何処かという知識が無ければ効果が出ないのだよ。しかし、驚いたな。あの魔法はエルフの一族でも限られた者しか知り得ない筈だったのだが」


「僕が何で知っているかはこの際置いといてください。それよりも、そういった魔法があるという事の共有が大事なんです」


 ディードリアの探るような眼差しにアレクは表情を変える事無く言い返す。


「つまり、そんな魔法があるのに治療出来ていないのは原因と現状が正しく解明出来ていないからです。ここまでは良いですか?」


 アレクが二人へと目を向けると、ミリアもディードリアも小さく頷き肯定する。

 内臓疾患の場合、外傷などの治療と異なり見た目で判断するのはほぼ無理である。一部、皮膚や眼球へ症状が出る場合があるが、だからといってどの内臓が原因かをこの時代の文明で判断することは出来ない。


 古くから地球では、病死した患者を解剖してその原因を特定してきた。それより以前であれば、悪霊や鬼の仕業とされ、呪いだという一言で済まされていた時代すらある。

 エルフ達の医学に関する文化はどちらかといえば東洋医学に近い。病気になった患者に様々な薬草を煎じて飲ませ、その効果を蓄積していったものだ。

 対して人族の医学は西洋医学に近い。病死した者や怪我によって亡くなった者を解剖し原因を突き止めてきた。しかしどちらにも共通するのは多くの被検体が必要であるという事だ。特に西洋医学では大勢を解剖しなければならず、古代においては患者を切り裂く異常者とまで言われた歴史もある。


「し、しかし。まさかシリカ様を切り刻むなんて事は出来る筈が無い!」


 それぞれの文化によって異なる医学の話をしている途中でディードリアが口を挟む。人族の医学を用いるとなれば患者を切り裂かねばならないと思ってしまったらしい。


「早合点しないでください。そもそも無菌室も輸血もままならないのに手術なんて出来る筈もないですよ」


 アレクが話す意味不明な言葉にディードリアは目を白黒させる。反対にミリアはなんとなくだが無菌室と輸血が何かは分かるようだ。すると、今度はミリアが口を開いた。


「でも、私の覚えている手法でも生きている患者の様子だけを見て治療は無理よ? 病んでいる場所を特定する方法は幾つかあるけれど」


 その言葉にアレクが即座に反応する。


「それです。その患部を特定出来るような魔法? 手法が知りたかったんです」


 アレクの勢いに仰け反りながら、ミリアは頷いて説明を始めた。


「一つは魔力を患者に流してよどみや引っかかりを見る方法ね。血液に魔力を通すといえばわかりやすいかしら。もう一つは手で腹部を触ったりしてしこりを確かめる触診ね。どちらも患部を絞る事は出来るのだけど、原因は分からないし治す手段が無かったのよ」


 そこまで話すとミリアとディードリアは深いため息を吐いた。

 病んでいる場所を特定出来たとしても、その原因や患部の状況が分からなければ魔法は効果が正常に発動しない。だとすれば、今の時点では治せないという結論になってしまったのだ。

 だが、アレクはまだ悲観していなかった。自分のことを指さすとミリアに対して自信ありげに言った。


「ミリア先生。僕の知識の元を忘れてませんか?」


 アレクの言葉に、ミリアは目を見開き、そして納得したように頷いた。 


「なるほど、科学ね」

「そうです。僕も全ての症例と治療法を知っている訳じゃありません。でも、一般的に知られていた病気であればその原因について知っています。その状態で《ヒール・シック》を用いれば――」


 アレクとミリアはお互いに目を合わせて頷いた。一人ディードリアだけが話についていけずに二人の顔を交互に見ているのだった。

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