七十九話 ユグドラルの首都と妖精
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国王との謁見を果たし王城から出たアレク達は、使節団と合流し王都を旅立った。
エルフの国へは国境まで馬車で一週間、ユグドラルへと越境してから更に三日移動すると主都であるリンデンバオムに辿り着くことが出来る。道中は騎士に護られていることもあって平和そのものであった。
レイオースの視線を時折感じるものの、彼も責任ある立場にある者であり、しっかりと使節団の陣頭指揮を執っていた。必要以上にアレクへ干渉することもなく、何事も無く時間が過ぎていく。
ユグドラルとの国境へ辿り着くと、そこからはエルフが案内として二名付き添ってくれることとなった。アレク達と三日間行動を共にして道中での説明や名所などを教えてくれるそうだ。
「アレクさんとミリアさんのお世話を致します、リラといいます」
案内役のエルフの一人はリラと名乗り、この街の中では常に彼女が案内をしてくれるのだそうだ。
リラと行動を共にしてみると、正式に招待された二人への態度と、同行している使節団に対する態度に明確な差があることに気付いた。珍しい木の実や植物を二人には食べるように勧めるのだが、同行する騎士やレイオースには勧めることは一度も無かったのである。
不思議に思ったアレクが騎士達に聞こえないようにこっそり尋ねてみると、リラは不思議そうな表情をしながら堪えてくれた。
「我々が招いたのはお二人だけですから。あの方達は謂わば護衛でしょう?」
どうやら彼女らにとって、族長が招いたアレク達のほうが騎士やレイオースよりも立場が上だと捉えているようだ。貴族なのだと説明しても、それはあくまでゼファール国や人族の国でしか通用しない。人族とは異なり、ユグドラルでは族長とその直系のみが特別な存在であり、他のエルフ達の間で身分による差別は無いのだという。
アレクは、自分達が優遇される事でレイオースや騎士達に何か言われるのではないかと身構えたが、それは杞憂に終わった。どうやら彼らは幾度かこの国へと訪れたことがあるようで、そういった文化面での理解を持っていたようだ。
「平民だとか貴族という身分に拘っている人間だと、この国を訪れるのは無理だよ。私を含めた騎士達全員がそういった事に拘らない性格だという事で選ばれているからね」
アレクの疑問にレイオースはそう答えた。もっとも、ゼファールの貴族達の大半はエルフ達の文化を受け入れる事が出来る筈もない。もしも戦になってユグドラルとゼファールが共闘する事になれば、そういった文化面の違いから衝突する恐れもあるのだ。
「だから、私たちはこうして使節を立ててエルフの文化を学ぶ。逆に人間たちの常識をエルフ達に教えて相互理解を深めているんだよ」
ゼファール国がユグドラルに対して使節団を送る事にはそういった理由があるのだとレイオースは話す。使節団の思わぬ目的にアレクはとても驚くと共に、国の方針に感心した。
異文化を理解しようとせずに滅ぼした歴史は地球上には多々あった。しかし、ゼファールは理解しようと歩み寄り、かといって自分の常識を押しつけることなく対応している。時間はかかるだろうが、いずれこのまま交流が進めばエルフとゼファール国との間の相互理解が進み国交が盛んになるのだろうなとアレクは感じたのだった。
やがて首都であるリンデンバオムが見えてきた。規模としてはそれほど大きくなく、都というよりは街といった規模しかない。これはエルフの総人口がゼファールの人口に比べて少ないので当然といえば当然だ。
一行は街の中へと案内される。人族がやってきたとあってエルフの子供達が興味深そうに物陰から覗いている。だが、その中には怯えた表情で見つめる者も少なくない。やはり数ヶ月前のミントたちが攫われた事件の影響だろうか。
好奇の視線に晒されながらアレク達は街の中心部へと案内されてゆく。
「やはり人族は良い目で見られていないようね」
隣を歩いていたミリアがぽつりとそう呟いた。
首都まで案内してくれたリラによれば、数年に一度は誘拐を企む人族が侵入してくるのだそうだ。全てを防げる訳も無く、国全体で見れば数十人は攫われたであろうと顔をゆがめながら話してくれた。
今アレク達を見ている彼らの中には、子を連れ去られた親も居るのかもしれないと思うと、同じ人族として申し訳ない気持ちになる。
街の中心部であろう場所には、巨大な大樹がそびえ立っていた。樹齢数千年かと思われる程の巨木で、その幹は大人が何十人いれば囲えるのかという程だ。
その樹の根元に建っている比較的大きな建物が街の中心であり、族長の屋敷なのだと案内してくれたエルフが告げた。遠目には神を祀る神殿のようにも見えるその建物は、木漏れ日を受けどこか神秘的な美しさを持っていた。
「では、ここでアレクさんとミリアさん以外の方は別の者の案内に従ってください。お二方は私が族長のところまで案内します」
リラにそう言われ、アレク達はレイオースや護衛の騎士達と別行動を取ることとなった。別れ際、レイオースから「よろしく頼むよ」とだけ言われた。それは先ほどの相互理解をふまえた意味なのだろうとアレクには感じられた。
アレクとミリアはレイオースに頷くと、リラに着いて建物の中へと進んで行くのだった。
建物の中へと入ると、そこは大きな礼拝堂のような場所だった。中央には女神エテルノを模した木像と、その傍らにエルフの木像が並んで立っていた。エルフの像は男性のようで、本を片手に魔法を放っているように見えた。そして、その肩には羽根の生えた小さな人形のようなものが乗っている。
「あれは恐らく魔王マドゥライね」
ミリアは二体の像を見てアレクへと推測を述べた。人類を導き滅びから救ったエテルノと、その弟子としてエルフ達を導いたマドゥライはエルフ達の信仰の対象となっているのだろう。
「だとすると、魔王マドゥライの肩に乗ってる妖精は誰なんでしょうか?」
アレクが疑問を口にすると、思いがけない所から答えが返ってきた。
「あれは私たちフェアリーの偉人『フェレア』様だよ」
その声はアレクの頭上から聞こえた。アレクが驚き頭上を見上げると、そこには体長二十センチほどの蝶の羽を持つ人形が浮かんでいた。
「ようこそユグドラルへ! 私はフェアリー代表として挨拶に来たマーレだよ!」
マーレと名乗ったフェアリーは小さく羽ばたくとアレクの正面へと移動した。初めてその姿を見たアレクとミリアは挨拶を返すことも出来ず固まってしまった。そんな二人の表情を面白そうに見つめた後、マーレは軽やかに笑った。
笑っているマーレに、やっとアレクは頭が再起動した。
「うわっ! びっくりした。……君は妖精族のフェアリー?」
「そうだよ! マーレっていうの。君の名は?」
元気いっぱいという雰囲気のマーレにアレクは慌てて名乗る。そして改めてマーレを見ると、体と顔の造形は人間と似ているが目が顔との比率に対して若干大きい。そして、白目は無く、眼球が真っ黒だった。
薄いグリーンの衣服に身を包み飛び回るその姿はおとぎ話の妖精そのものだった。そうしている内にミリアも我に返ったらしく、名乗った後はマーレを興味深げに見つめている。
「マーレ様、突然出てきて驚かすのはおやめください。それと族長の客人だとしても人族に簡単に姿を見せては危ないではないですか」
リラがそう言ってマーレを窘める。だがマーレは悪びれた風も無く小さく肩をすくめただけで済ませた。
「大丈夫だよ。この子は私を捕まえようなんて思っていないもの。そっちのミリアはちょっと危なさそうだけどね」
そう言うと怖いとばかりに自分の肩を抱いていやいやと体をよじる。危ない人と言われたミリアは慌てて否定するが、どうやらマーレはからかっていたようだ。楽しそうに笑ってミリアとアレクの頭上を飛び回っていた。
「はぁ。騒がしくて申し訳ありません。マーレ様はフェアリー族の族長の血筋にあたります。本来ならば我が族長と共にお会い頂く予定でしたが……」
リラはどこか疲れたようにため息を吐きながら二人に謝罪した。
エルフの族長に会う前に出会った小さな妖精はとても賑やかな性格だった。




