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七十八話 謁見

 学園が冬休みへと突入すると同時に、アレク達がユグドラルへ出立する日がやってきた。

 あれ以降、レイオースは噂の出所を探る事に必死で、アレクへの接触は無かった。それでも疑いを持ち続けて監視を続けさせて居るようだが、出立する今日を迎えても証拠を見つける事は出来ないでいた。人物の特定が振り出しに戻った事で、彼はガイウスへと言った手前どう言いつくろうべきか悩んでいた。


「レイオース様、なんかお疲れのようですね。大丈夫なんだろうか」


 出立式を行う為に再び王城へと出向いたアレクとミリアが見たのは、前より幾分やつれたレイオースの姿だった。


「さっさと諦めればいいだけの話でしょ? 気にする必要は無いわ」


 変な情を出すなとばかりにミリアはアレクを促して謁見の場へと向かう。アレクも彼を心配している余裕など無かった。何しろ今から国王陛下に謁見するのだから。

 ユグドラルへと同行するメンバーと共に謁見の間へと通されたアレクは、教わった通りの礼儀作法で空の王座へとひざまずく。やがて宰相と思しき壮年の男が王座の近くへと立つと、声高らかに王の登場を告げる。


「ヴァハフント・エーレ・ゼファール国王陛下のおなりである!」


 アレクは頭を深く垂れ目線を床へと固定する。ここで間違ってでも顔を上げると不敬罪にされてしまうので必死である。やがて国王が王座へと座ったのだろう、厳かな声が謁見の間に響く。


「面をあげよ」


 その声を合図に頭を上げる。ここでも決して国王の顔を直視してはいけない。平民であるアレクが取るべき正しい作法は国王の足下まで目線を上げるに留めなければならないのである。


(腰と背中が痛い……こんな格好で長時間居ないといけないってどんな虐めだろう)


 宰相から今回の使節団の主旨などが伝えられる中、アレクはそんな事を考えていた。同じ姿勢で長時間居る事は立ってても屈んでても辛いものだ。程なくして宰相の話が終わったのだろう、場に静寂が戻った事でアレクはその事に気づいた。

 そろそろ終わるのかと思うアレクだったが、宰相からの「国王陛下よりお言葉がある」という一言にがっくりと項垂れた。


「――この国と彼の隣国との関係構築は、やがて訪れるであろう帝国による侵略に対抗する為に重要な事だ。この機会を生かしより一層の協調関係を――」


 宰相も話が長いと思っていたアレクだったが、国王はそれと同じくらい長かった。可能ならこの場から直ぐにでも帰りたいと思いながら国王の言葉を聞き流していく。


「――予からは以上である。それと、此度ユグドラルへと招待されたという二名とは個別に話してみたい。時間は然程取らせぬ、しばし付き合え」


 そう言い残し国王が席を立つ。国王の言葉に周囲に居た貴族達から驚愕の声が聞こえた。ミリアは兎も角として、平民であるアレクまでもが呼ばれた事が信じられないようであった。一方でアレクは、終わると思っていた謁見が長引くことになりそうだと面倒な気持ちが大きかった。


(やっと終わると思ったのに……)


 王が退席し、やっと顔を上げることが出来たアレクはどうしようという思いでミリアの顔を見る。すると、ミリアは無言で仕方ないとばかりに肩をすくめて見せたのであった。





「よく来た。まあ、謁見の間ではないからここでは楽にしてくれ」


 案内されて通されたのは、謁見の間からそれほど離れていない場所にある一室だった。既にヴァハフント国王が座っており、その横には見覚えの無い婦人が一人と、アレクよりも少し年上に見える青年が座っていた。


「ご招待頂きありがとうございます」


 そういってミリアは執事服を着ている男性が引いてくれた椅子へと腰掛ける。見よう見まねでアレクも宛がわれた椅子へと座る。アレクは謁見中の礼儀作法は学んだが、こういったサロンでのマナーまでは教えられていなかった。どうにか挙動不審にならないようにと心がけては居たが、正直不安しかない。そんなアレクの様子を察したのか国王が口を開いた。


「作法は気にせずとも良い。こちらから招いたのだ、普段通りで良いぞ」


 国王は鷹揚にそう言うと紅茶を一口飲む。すると国王の隣に座る王妃もそれに頷きアレクに声をかける。


「初めまして、若き魔法使い達。わたくしは王妃のエスメラルダと申します。こっちの子は私の息子の――」


「第三王位継承者、チャールズだよ。よろしく」


 王妃、エスメラルダの言葉を引き継ぐようにチャールズが名乗りを上げた。


「王立学園教師、ミリア・ナックスと申します」

「初めてお目にかかります。アレクといいます」


 互いに自己紹介を終えたところで、ミリアがなぜ自分たちを招待したのか訪ねた。ミリアも貴族の端くれではあるが家と半ば縁を切っている状態であり、言ってみれば平民を二人招待したのと変わらない状態なのである。

 それに対する回答をしたのは第三王子のチャールズであった。


「学園に通っているヴィーチェルの担任とクラスメイトである君たちにヴィーチェルの普段の様子を聞いてみたいと思ったんだ。だから父と母にちょっとお願いをしてね」


 どうやら例の一件以降のヴィーチェルの様子を知りたいようだった。勿論チャールズも幾度となく会っているが、事件のことを話題に出すことは憚られるし、自分の前では気丈に振る舞っているかもしれないと思って居たそうだ。

 そういった理由なら、とアレクもミリアも普段のヴィーチェルの様子をチャールズに語って聞かせた。ある程度会話に区切りがついたところで、アレクが気になっていたことを国王夫妻に尋ねた。


「あの、こういった内容であればチャールズ王子だけでも良かった筈ですよね? なぜ陛下と王妃様が同席する事になったのでしょうか?」


 アレクの疑問に国王と王妃は顔を見合わせて微笑む。


「まあ、言ってみればかわいい息子の妻となる予定の子が心配でな。それとお主に興味があった」

 どうやら国王は、エルフに気に入られたというアレクに興味があったらしい。また、仮にも国を代表して他国へと赴く事になるため、アレクやミリアの為人ひととなりを知っておく必要があったのだと告げた。


「お主の事は少し調べさせて貰ったのだが、ロハという村から来たそうだな? 王都へ来た経緯を教えて貰えぬだろうか」


 国王にそう言われ、アレクはロハの村があった場所と、そこで起きた出来事を三人に語って聞かせた。あれから半年以上経っていたものの、やはり失った故郷の話をするのは堪えた。だが、王都に来て直ぐに比べれば客観的にあの出来事を見られるようになったとアレク自身では感じていた。

 だが、そんなアレクを王妃は目を潤ませながら見つめている。淡々と語るアレクの目には何の感情も浮かんでおらず、逆にそれが不憫でならなかった。国王も痛ましげな表情でアレクの話を聞いていたが、話が終わると小さく頭を下げ謝罪した。


「なるほど、その盗賊団については予にも報告はあがっておった。神出鬼没であり目撃情報が全くといって良いほど無かったのだが……そうか、お主だけが生き残ったのだな。すまぬ、辛い事を思い出させてしまった」


 国王が頭を下げた事にアレクは驚いた。


「いえ、もう半年以上前の事ですし王都へとやってきてから充実してますから」


 口ではそう言ったアレクだったが、表に出すことが無くなっただけで盗賊団への復讐心は残っていた。いずれ成人を迎えた時には奴らを探しに旅立つ事になる。それまでに全うに戦えるだけの実力をつけるために高い学費を捻出してこうして学園へ通っているのだから。


「国としても騎士団などの巡回を増やして奴らを探してはおるのだがな。力及ばずすまんと思っておる」


 この二年で四つの村が盗賊団『濡れ鴉』が原因で滅ぼされたと言われていた。


「ゆとりのある村や町であれば冒険者を雇っていると噂で聞きました。でも数十人規模である濡れ鴉が相手では数人くらい冒険者を雇っても無意味でしょうね」


 そう言ってアレクは小さくため息を吐いた。本音を言えば、騎士や兵士を国が派兵して村を護ってくれるのが理想だとアレクは思っている。しかし、アジトなどが近くにあると明確に分かっていれば討伐するだけだが、何時現れるかわからない盗賊団に備えてとなればその兵士の食料や住居などかなりの負担になる。

 また、貧しい村にばかり兵を派遣していては自腹で冒険者を雇っている他の街や村から不満が出てくるだろう。


「せめて拠点などが分かればいいんでしょうけどね」


「うむ」


 アレクと同じ考えを国王も持っていた。国内のどの村に何時現れるかが全く分かっておらず、村が襲われてから数日経って初めて報告が来るという状況では、どこへ派兵すればいいのか決めることが出来ずに居たのであった。


「それと……あの規模の盗賊団であれば、もっと頻繁に村や町を襲ってないとおかしいんです」


 国王はアレクの発言に無言で頷いた。アレクが思っている事は、当然国でも疑問に感じていた。目撃情報が皆無である事や、数十人規模の盗賊団であれば散発的に村を襲っただけでは稼ぎが少なすぎて食っていけない筈なのである。

 また、数人の盗賊であれば人目を逃れて隠れ家を持つことも出来るだろうが、あれだけの人数となれば小さな村程度の規模のアジトは必要である。にも拘わらず兵士や騎士達の調査では発見に至っていない。


「うむ。背後にはどこかの領主が絡んでいるか……いや、他国の者が後押ししている可能性があるか」


 アレクの推測に対して、国王が相づちを打つ。ゼファール国内の貴族が行っている可能性もあるが、他国がゼファールの国力を落とす為に行っていると考える方が自然であった。


「いや、平民であるお主に話すことでは無かったな。いずれにしろ、奴らは必ず捕らえる。――さて、話が逸れてしまったな。そろそろ時間であろう、また帰ってきた時に話を聞かせて貰う」


 気づけば一時間近く話し込んでいたようだ。アレクとミリアは立ち上がり深く礼をすると、城門で待っているであろう一行と合流すべく部屋を出て行った。


「……不憫な子ね。あの歳で家族も知り合いもすべて失うなんて」


 アレク達が出て行った扉を見ながら、王妃のエスメラルダがぽつりと呟く。それに対し王とチャールズも頷く。


「これ以上悲劇を繰り返さぬよう予も頑張らねばならぬな」


 ヴァハフント王はそう呟き、窓から見える空を見上げるのだった。

10/16 後半部分を書き直しました。

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