七十四話 結末
一晩に幾度となく眷属を喚びだした所為で魔力の枯渇に近い状態となったアレクは、小屋から離れると倒れ込むように地面へと座り込んだ。激しい頭痛と目眩の中、ミリアの到着をじっと待つのだった。
程なくして捜索へとやってきたのは、ミリアを先導とした教師と騎士で構成された十名程のチームだった。彼らは未だ捜索していなかった地点を巡る為に野営地から移動しながらこの場所へとやってきた――と思っているのはミリア以外のメンバーで、実際はミリアによって巧妙に誘導されていたのだ。
そして、やっと見つける事の出来た二人から聞かされたのは誘拐されたのだという驚愕の事実であった。しかも、それを依頼したのはボレッテン侯爵家のカストゥールだと言うのだから、捜索メンバーの驚きは察するべきであろう。どうやって助かったのかと尋ねれば、仮面を被った男が危ないところに現れ助けてくれたのだと言う。
拉致されていたという小屋へと来てみれば、仮面の男の姿は無く、既に事切れた男が四人と怪我を負った状態で縛り付けられた男が二人転がっていた。そして、小屋の中には未だ意識を失ったままのカストゥールの姿があった。
酷く汚れているカストゥールに、ミリアは近付くのを躊躇う。同行の騎士に視線を向けると、その騎士は仕方なくカストゥールに近づき彼を揺り起こす。揺すられ、直ぐに起きたカストゥールだが、彼は怯えていてろくに会話も出来ない状態に陥っていた。とりわけ、ヴィーチェルの姿を見た時の狂乱ぶりはひどく、再び失禁するという醜態をさらした。
詳しい取り調べなど出来る状況ではなく、男二人とカストゥールはこのまま騎士によって街へと護送される結果となった。状況証拠から見れば二人を攫った事は確定であり、いかに侯爵家といえども誤魔化す事は出来ないだろうと判断されたからというのもある。
ミリアはヴィーチェルとアイーダを連れて野営地へと戻ろうとしたが、肝心のアレクが何時まで経っても現れない。不審に思い、隠れて同行しているアンにひそひそ声でどうしたのか尋ねた。
「(ちょっと、アレクはどうしたの?)」
ミリアの問いにアンはどう答えた物か思案しているようだ。
『実は……魔力枯渇に陥ったというところまでは連絡が取れていたのですが。そのまま意識を失ったようで連絡がとれません』
アンからの思わぬ回答にミリアは頭が痛くなった。このまま皆のところへ戻れば、今度はアレクが行方不明の扱いとなってしまう。野営地へと戻りながら何時合流出来るのかと気をもみながら移動する羽目になってしまった。
幸いにも野営地へと戻る前にアレクの意識が戻り、急ぎアインに乗って合流する事が出来たのだった。
この一連の事件については箝口令が敷かれる事となった。だが、人の口に戸は立てられないようで生徒の一部には様々な噂が流れる事となる。
曰く、死体を操る魔法使いが出た。曰く、カストゥールがその死体使いに襲われた。曰く、ヴィーチェル達が暴漢に襲われた際に、その魔法使いが助けた。曰く、カストゥールがヴィーチェルを襲った暴漢と関係があった。
後半の二つはヴィーチェルとアイーダが意図的に流した噂だった。自分たちを救ってくれた仮面の魔法使いに対して悪い噂が立った事で、憤りがあったようだ。
合宿は、生徒を率いていたカストゥールが不在となったことで、アレクのクラスメイトであるニコル・テイルが代わりを努める事となった。幸いにも合宿の日程は後半にさしかかっており、あとは戻るだけであった。
ニコルは素晴らしい統率力を遺憾なく発揮し、一年生全体を上手く纏め上げる。特筆すべき事件も無く、王都へと帰還を果たしたのであった。
先に戻っていた騎士から報告があったのだろう、王都へと帰ってきた翌日には教員と同行した騎士、そしてヴィーチェルとアイーダに対して王城から呼び出しがかかった。理由は勿論、合宿中に起きた問題についての調査である。加えて、暴漢に攫われたとされる二名に対して純潔が守られたかどうかを確認する意図もあった。
まず、王宮付きの女性神官によって二人が純潔のままであることの確認が取れた。被害に遭った内の一人が第三王子の許嫁だっただけに、この報告には国王も王妃も大変喜んだ。
これにより、今後変な噂が立ったとしても国王の名において否定することが出来る。アイーダの今後の縁組みにも影響は出ないであろう。
次に、関係者全員から調書が取られた。また、王城へは呼ばれていないが学園内ではカストゥールの取り巻きだった者達への聞き取りも行われていた。
一週間におよぶ取り調べの結果、カストゥールの罪が確定された。しかし、近衛騎士団長の息子が起こした事件だけに事件は公表されず、秘密裏に処理される事となった。
まず、カストゥール・ボレッテンは学園を追放され、更には侯爵家を勘当。現在は精神を病んでいるという事で貴族の罪人を入れる塔へと監禁される事となった。
当の本人はと言えば、女性恐怖症と不能に陥っているようだ。また、夜の闇をひどく恐れていて、常に部屋を明るくしていないと泣き叫ぶ状態にある。
カストゥールの父親であるボレッテン侯爵であるが、息子の犯した罪の責任を取り、自ら近衛騎士団長の職を降りた。騎士の職も辞そうとしたらしいが、国王の信が厚かっただけに、それは国王に止められたようだ。暫く国境沿いへと配置転換をされるようだが、国王としてはいずれ王都へと戻し近衛騎士団への復職させるつもりのようである。
侯爵家は弟のフェザリオンが跡を継ぐ事に決まった。しかし、公にはされていないとしても兄が背信行為をしたという事もあり、今後苦労するであろうと推測された。
実行犯だった一味の生き残り二人は、他の罪科を拷問によって洗いざらい吐かされた後に処刑された。余罪のいくつかにもカストゥールが関わっていた事もあり、その被害者には侯爵家より多額の賠償が支払われる事となった。
今回の立役者である筈の『仮面の魔法使い』についてだが、その正体と行方については一向に分からなかった。関係者の数人――ミリアは勿論の事、ヴィーチェルも誰であるか見当をつけているようではあったが、自身を助けてくれた恩人であることから口を噤んでいるようだ。
事件から二ヶ月後、ボレッテン侯爵家では当主のガイアスと向かい合う一人の男が居た。
彼はガイアスとは従兄弟にあたるレイオース・フリンドルである。彼は宮廷魔術師団の副団長の職に就いていて、ガイアスとはとても仲が良かった。
彼としても甥であるカストゥールの起こした事件に衝撃を受けた。カストゥールに対する処分は仕方の無い事だと思っているが、息子を勘当しなければならなかったガイアスには同情していた。
今日はこうして彼の元を訪れて慰めるために共に杯を傾けに来たのだった。
「カストゥール君の事は残念だったね」
長い沈黙を破りレイオースが口を開いた。言葉無く静かに頷くガイアスの髪には、この二ヶ月で白いものが増えた気がした。
ガイアスはワインを一口飲んで口を湿らせると、悔恨を口にした。
「あれがああなったのは俺の所為だ。キアラを失ってからの俺は家庭を蔑ろにしてきたから、その報いなのだ」
その言葉にレイオースは肯定も否定もしなかった。彼自身、魔術師団として忙しく家庭的な男ではないからだ。幸か不幸か妻が健在であり、家のことを上手くやってくれている。
「耳が痛いな。僕もたまには花でも家内に贈るとするよ。それよりも、例の魔法使いの事だけど――」
レイオースの口から出た名に、ガイウスの耳がぴくりと動く。ガイウスはレイオースに『仮面の魔法使い』について個人的に調べてくれるよう頼んでいたのだ。
とはいえ、ガイウスに『仮面の魔法使い』を恨む気持ちは無い。息子がああなったのは自分の所為だと理解していたし、事件が誘拐だけでなく、強姦まで及んでいれば一族郎党死を持って償わなくてはならなかっただろう。それをすんでの所で防いでくれた件の魔法使いには感謝すらしている。
ただ、カストゥールの精神に異常をきたした事については恨み言の一つは言っておきたいという気持ちはあった。それとは別に、レイオースが彼に興味を持った事で調査を買って出てくれたという経緯もある。
「誰か分かったのか?」
ガイウスの問いにレイオースは静かに首を横に振る。
「残念だけど正体まではまだ、ね。国も下手にちょっかいを掛けて恩人の不興は買いたくないみたい。だけど、唯一可能性のある生徒が居たんだ。例の、エルフの子供が誘拐された事件については聞いているかい?」
レイオースの言葉に僅かに記憶を探りながらガイウスは頷く。
「確か……最年少魔導師のミリア・ナックスとその弟子が、エルフに協力して解決したんだったか?」
息子の起こした事件の対応に追われ、その一件については殆ど何も知らなかった。ただ、エルフの子がそのまま攫われていれば国交に影響があった可能性は高いと言われていたのを思い出す。
「そうそう。つい先日ユグドラルから正式に書状が来てね。魔導師ミリアとその弟子アレクへ最大の感謝をって内容だったんだ」
ガイウスにはアレクという名に聞き覚えが無かった。だが、レイオースが調べた内容を聞くにつれ、ガイウスの目には強い興味の色が宿っていた。
「調べた結果、あの誘拐事件の際に単独行動を行っていた、若しくは可能だったのは彼だけなんだよね。もちろん、学園外の人間による仕業だという可能性もあるよ? ただ、エルフの子を探しに行く時に彼は変わった魔法を使っていたらしいんだ」
四章はここで終わりとなります。次話から五章となります




