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七十三話 恐怖

 背後でそんなやり取りがされているとも知らず、カストゥールは布で顔を隠すと小屋の中へ入って行った。これから自分が行うことに対する背徳感と期待が心の中を占めており、全く周囲のことが意識に入っていないようだ。


 薄暗い小屋の中で、自分の荒くなった息づかいだけが耳に入る。小さなランタンで照らされた小屋の奥には、自分が求めてやまなかった女性が手足を縛られた状態で横たわっている。

 カストゥールはごくりと唾を飲み込むと、倒れている少女の方へと一歩、また一歩と近付いていく。近くなるにつれ、僅かに乱れた服とシミで黒ずんだズボンが目に入った。


 攫われた恐怖から失禁したのだろう。彼女をそこまで怖がらせてしまったという罪悪感を感じつつも、興奮のほうが大きかった。貴族の淑女として教育されてきた彼女を、自分の手で汚すのだと想像すると下半身の一部が熱を持つのが分かった。


(ヴィーチェル……)


 カストゥールは少女の名を心の中で呟きながら、そのの体にそっと触れた。その体は夜になり気温が下がった為だろうか、冷たく冷え切っていた。

 予想外に冷たい体に驚いたものの、一度触れてしまえば僅かに残っていた自制心など吹き飛んでしまった。上着に手をかけ力尽くでボタンを引きちぎり下着を露わにさせると、足を縛っている縄を解き、僅かに臭うズボンを脱がせてあっという間に少女を半裸にした。



 ふと、視線を感じて顔を上げると、ヴィーチェルが目を覚まし自分を見ていた。てっきり恐怖に彩られていると思われたその顔には、何の感情も浮かんでいなかった。その目には何の色も無く、ただ冷たいまなざしでじっとカストゥールの顔を見ているだけである。


「なんだ、その目は……。そんな目で俺を見るな!」


 その眼差しに、正体がばれないようにと声を出さないつもりであった事を忘れ、カストゥールは激高した。左手で思い切りヴィーチェルの頬を殴りつけると、苛立ちを紛らわせるかのように荒々しく残された下着をはぎ取る。

 すべての衣服を脱がされてもヴィーチェルは悲鳴の一つもあげなかった。そのことに苛立ち、乱暴に自分のズボンを下ろすと、少女の体へと覆い被さる。


 暫くして、ふと少女の手がカストゥールの頭を抱えるように触れた。邪魔そうにその手をはね除けるが、少しするとまたその手が頭に伸びてくる。

 顔を隠すように巻いている布を取られそうになり、慌てて布を押さえる。その時になって、初めてカストゥールはヴィーチェルの腕を縛っていた筈の縄が解けている事に気づいた。


「いつの間に――」


 そう呟いた瞬間、先ほどまで無表情だったヴィーチェルの顔に、ニタリとした笑みが浮いた。何時も学園で見てきた微笑みとは全く違う、淫猥で下卑た笑みだった。


「なっ!」


 あまりの豹変ぶりに、カストゥールは離れようと腰を浮かせようとした。だが、彼女の脚がカストゥールの腰へと回っていて、まるで逃さないように強く締め付けてくる。

 その所為で離れることも出来ず、カストゥールは彼女の顔を間近で見続ける事になる。大きく開いた口は限界以上に開き、口が裂け鋭くとがった歯がのぞく。


「ひぃ!」


 突然の出来事に、カストゥールはあらん限りの力を振り絞り彼女の脚を解く。混乱からか腰が抜けた状態になったが、少しでもヴィーチェルから離れようと後ずさる。

 その間にも少女の口は裂け、目は充血し真っ赤に染まる。美しかった肢体はあちこちがどす黒く変色していき、その瑞々しかった肌はあっという間に乾燥し、骨と皮ばかりになっていった。

 先ほどまでヴィーチェルだった少女は、骨と皮ばかりの体を引きずりながらカストゥールへと這い寄っていく。その姿は元の美しさなどみじんも無く、年老いた老婆か物語に出てくる亡者を想像させる。


「なんだお前は! おい、誰か助けてくれ!」


 カストゥールは目の前の化け物から逃れようと扉のある方へと這って移動していく。未だ腰が抜けた状態で、立って逃げる事が出来ないようだ。

 あと少しで扉へと触れようかという時、誰かが扉を開けたのか外の月明かりが射し込んでくる。カストゥールが振り返ると、月明かりを背に立っている少女の姿が見えた。


「誰だ!? いや、誰でもいい助けてくれ。化け物が!」


 必死に逃れようと扉に立っている少女に向かって手を伸ばすが、その手はぴたりと止まった。

 何故なら、そこに立っていた少女はぼろぼろに破かれた服を着たヴィーチェルだったからだ。


「ヴィ、ヴィーチェル? ああ、助けてくれ。頼む、ほんの出来心だったんだ!」


 カストゥールはそう懇願すると、扉の前に立つヴィーチェルに縋り付く。ヴィーチェルは優しくカストゥールの頭を撫でつけていたが、直ぐにがたがたと全身を痙攣させ始める。


「ヴィーチェル? ああ、まさか……」


 顔を上げたカストゥールが見たものは、背後から迫る化け物と同じように全身が骨と皮ばかりへと変化していく少女の姿だった。


「ぎゃあああああああああ!」


 前と後ろとを化け物に挟まれたカストゥールは絶叫をあげ、その場にひっくり返ってしまう。目は白く裏返り、口からは泡を吐いてしまっていた。そんな彼の姿を暫く見つめていた二体の化け物は、満足げに笑みを浮かべると塵となって消え、ぼろぼろになった服だけがそこに残っていたのだった。





「ねぇ、もう大丈夫なの? 何かすごい悲鳴が聞こえてたけれど」


 そう言って山小屋から離れた木の陰から姿を現したのは、ヴィーチェルとアイーダの姿だった。


『ああ、お仕置きは済んだ。借りた服はボロボロにされてしまったな、すまない』


 二人の声に答えたのは小屋の裏手に潜んでいた仮面姿のアレクだ。アレクは開きっぱなしになった扉から中を覗き、ひどい格好となったカストゥールを見下ろした。

 その陰から同様に中をのぞき込んだ二人は、あまりの惨状に驚き、次の瞬間顔を真っ赤に染めた。

 小屋の中には、下半身を露出したカストゥールが仰向けに転がっている。白目を剥き、下半身は失禁と脱糞をしてしまっていてひどく臭う。


『ああ、女性に見せる物では無かったな』


 アレクはそう言うと近くにあったぼろ布をカストゥールの腰を隠すように放り投げた。

 扉の近くには着替えの前にアイーダが着ていた破かれた服が落ちていて、奥にはヴィーチェルが汚してしまった服がぼろぼろにされた状態で散らかっていた。


 先ほどまでカストゥールが相手していたのはアレクの創造した眷属だった。ドッペルゲンガーとグールを混ぜたような化け物で、ヴィーチェルに化けさせていたのだ。


(流石に使い捨てのタイプとはいっても眷属の連続召喚はきついな。魔力が枯渇しかかってる)


 魔力の枯渇によって、アレクは激しい頭痛に見舞われていた。仮面をしていた事で表情を見られる事が無いので少女二人は気づいていないようだ。


(小屋を見つけた時に先生に合図は送っているし、そろそろ来ても良さそうなんだけどな)


 そう思い、ミリアの傍に付かせていたアンの位置を探る。すると、割と近くまで近付いてきている事が分かった。激しい頭痛に耐えながら、アレクは後のことをミリアに任せてしまおうと決める。


『どうやら君たちの担任が近くまで来ているようだ。この男の始末と向こうに縛って転がしている誘拐犯の処遇は君たちに任せよう』


 アレクはそう言うと、《ライト》の魔法を発動させ、上空高くへ放った。この明かりを頼りにミリアがこの場所へとやってくるだろう。


「あの、改めて助けて頂いてありがとうございます!」


 そう言って二人はアレクへと頭を下げた。依然この仮面男の正体は分からないままではあったが、一連の行動から信用しても大丈夫だろうと二人は感じていた。


「それで、その……これを持って行ってください」


 ヴィーチェルはそう言うと身につけていたイヤリングをアレクへと手渡した。


『これは?』


 イヤリングを受け取り眺めてみるが決して安物ではない。それなりに高価な物なのだろうと予想がついた。


「それは今回のお礼です。売り払ってくださっても結構ですし、もし今後何かお困りの事があれば、そのイヤリングを持って私の屋敷を尋ねてください。可能な限り力になります」


 そう言われれば返すのも憚られる。アレクは頷くとイヤリングを仕舞った。そうこうしている内に、遠くからヴィーチェルとアイーダを呼ぶ声が聞こえてきた。二人を声のする方向へと行くように告げ、アレクは最後にまだ伸びているカストゥールへと目を向ける。

 完全に失神しており、気づくにはまだまだ時間がかかりそうである。例え気づいて逃げたとしても、本拠地から抜け出した事はミリアに知られている事だろう。そして、二人の少女に一連の行動を見られているのだから、もはや言い逃れは出来るはずも無い。


 仮面を外したアレクの顔には何の表情も浮かんで居ない。自分の欲望の為に女性を犯そうと画策した男の末路には同情も感じなかった。

 ヴィーチェルとアイーダという二人の少女を護ることが出来たという事は嬉しかった。だが同時に、力が無く救うことが出来なかった幼馴染みの事を思い出すと胸が締め付けらそうになるのだった。

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