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七十二話 経緯

 仮面をつけた男の正体とは、勿論アレクである。二人を無事に救い出すにはアレクの魔力と体力が心許なかった。眷属を使わざるを得なかったのだが、アレクが眷属を召喚できる事を知られたくなかった為に、変装を行ってから突入したのだった。


 この仮面は以前入手した魔道具で、風の魔法によって声を変質させることができる物だ。服装も普段の物の上に黒いローブを羽織っている。普段のアレクとは全く様相が変わっている為、二人に全く気づく様子は無い。


『さて、貴様らには色々と聞きたい事がある。すべて素直に話せば命だけは助けてもいいが、どうする?』


 肩や腿に傷を負った男二人は、アレクの申し出に一も二も無く頷いた。とはいえ、捕らえて兵士に突き出す事は決まっていた。捕らえて証言をして貰わなければならないのだ。その後は貴族誘拐の罪で死罪なので結果としては一緒だろう。

 アレクはまず、小屋にあったロープで男たちを縛る。最低限の止血だけを施したので今直ぐに死ぬことは無いだろう。


 次に、服が破かれあらわな姿になっているアイーダをヴィーチェルに介抱させようと思いヴィーチェルの方を向く。何とか間に合い未遂で終わったが、犯されそうになった事はアイーダの心に強いショックを与えていた。未だ小刻みに震えながら嗚咽を漏らしヴィーチェルにしがみついたままだ。


 ヴィーチェルはといえば、妙な仮面を被ったアレクと傍らに立つ骸骨がよほど怖かったのか、座っている場所が濡れていた。アレクの視線に気づいたのか、ヴィーチェルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 気まずい沈黙の中、アイーダのすすり泣く声だけが小屋の中に響く。アレクは眷属を消すと、小屋の中に置かれた二人の荷物を見つける。そして着替えるよう告げて、男たちを引きずり外へと一旦出ることにした。


「アイーダ、ごめんね……私の所為で巻き込んじゃって」


 着替えながらアイーダへと謝るが、ヴィーチェルの謝罪にアイーダは小さく首を横に振る。彼女にもヴィーチェルが悪いのでは無いとわかっていた。悪いのはこんな卑劣な事を行った男達であり、依頼した人間なのだから。アイーダも少しは落ち着いたのか、自らの足で立ち上がり破かれた服から着替える。

 暫く経ち、外から入っても大丈夫かと声がかけられたので、二人は少しためらった後返事を返した。


『間に合ったようで幸いだ。私の正体は明かせないが、助けに来たのだということは信じて欲しい』


 改めて小屋の中へと戻ったアレクは、変装したまま小さく頭を下げる。


「いえ、助けて頂いてありがとうございます。その……さっきの骸骨は?」


『あれは、私の配下のような物だ。申し訳ないが詳しくは言えないのでね。正体を隠しているのも同様に。察して頂けると助かる』


 ヴィーチェルの問いに答えるアレクの口調はいつもと全く異なる話し方である。仮面を被り変装したことでちょっとなりきっているのかもしれない。おかげでいつも丁寧な口調であるアレクだとは二人とも全く気づかないのだろう。


『さて、お前達を雇ったやつに関して話して貰おうか』


 アレクはそう呟くと、扉の外へと転がしておいた男の片割れを引きずってくる。

 男はとある貴族に雇われたのだとアレクに話した。今までも幾度か人に言えないような事を依頼されており、今回はヴィーチェルという学生を攫えという内容だった。

 アイーダまで誘拐したのは偶然で、ヴィーチェルの周囲に人が少なくなるタイミングを計っていたがどうしてもアイーダだけが最後まで傍におり邪魔だったのだと男は話す。



『それで……お前達の雇い主の名は何という? まあ、予想はついているが』


 仮面の男――アレクの言葉に、ヴィーチェルが反応した。


「なぜ貴方には見当がついているの? それに、誘拐された私たちをあっさりと見つけ出して……。いえ、助けてくれた事には感謝しているのですけど」


 ヴィーチェルの疑問ももっともだった。だが、敢えて答えずにアレクは男に雇い主の名を言うよう促した。


「俺たちを雇ったのはあんたらと同じ学園の生徒だ。名前はカストゥール、ボレッテン家の坊ちゃんだ」


 予想通りの名にアレクはため息を吐く。貴族がならず者と付き合っている事も問題ではあるが、何よりも犯罪行為を行う依頼主の名が実行犯に知られているというのはお粗末にも程があった。

 普通であれば自分の身分を隠し、実行犯が捕らえられたとしても足が着かないようにするのが普通だろうにとアレクは呆れていたのだった。


「そんな、カストゥールさんが……。何かの間違いでは? 確かに噂では素行に問題が多いと聞いていますが、私の前では常に礼儀正しく接してくださっていたのよ」


 予想外の名前にヴィーチェルは衝撃を受けているようだ。彼女の疑問への答えも男の口から告げられた。


「そらあ、あの坊ちゃんはあんたに気があったんだ。だが、別な男の許嫁になっているからってよく愚痴ってたぜ。今回あんたを攫って傷物にすることであんたは許嫁に捨てられる。そこをあの坊ちゃんは優しくすることで自分のモノにしようと考えたんだ」


 男の話した内容に、ヴィーチェルもアイーダも唖然としていた。あまりにも幼稚な動機で、ずさんな計画であった。だが確かにヴィーチェルが傷物にされたという悪評が立てば、第三王子との婚約は解消されただろう。


『お前の言った事を証明することはできるのか?』


 アレクの質問に男は頷き口を開いた。


「ああ、今仲間の一人が坊ちゃんを呼びに行ってる。この小屋に嬢ちゃんを連れてきたなら連絡をとる事になってたんだ。今頃こっちに向かってるんじゃねぇか」


 男は饒舌にぺらぺらとすべてを話してくれた。少しでもアレク達の機嫌を取って逃がして貰おうと考えているのか、逃げられないと観念して雇い主も道連れにしようとしているかのどちらかだろう。

 すべての話を聞き、アレクは二人へと向き直り話し始めた。


『どうだろうか、このままカストゥールを誘き寄せて証拠とし、正式に裁きを受けさせようと思うのだが』


 アレクの申し出に、ヴィーチェルとアイーダは頷き同意を示す。男たちだけを捕らえても侯爵家としては否定するだろう。だが、カストゥールを捕らえればもはや言い逃れは出来ないだろう。


『では、確実なものにするべく舞台を整えるとするか』


 そう言って小さく笑うアレクに、少女二人は再び怯えた表情を見せるのだった。






「おい、彼女を捕らえている場所はまだ遠いのか?」

「へへ。もう少しですよ坊ちゃん」


 苛立っているような若い声の主に対し、中年の男は落ち着いた調子で案内を続けていた。

 薄暗い森の中に射し込む月明かりに照らされて二人の顔が浮かび上がる。一人はカストゥールであり、もう一人は無精ひげを伸ばしたやせ細った男である。


「もしキャンプ地に居ないことが知られれば……早く事を終えて戻らねばならんのだぞ」


 カストゥールはぶつぶつと文句を言いながら男の後をついて行く。

 やがて二人の進む先には小さな小屋が建っており、周りを五人の男が立っているのが見えてきた。やっと目的地へと辿り着いたのだと、カストゥールの足が速くなる。


「彼女に手を出して無いだろうな? もう一人の女というのはどうしたんだ?」


 カストゥールの問いかけに男の一人が口を開く。


「小屋の中にはヴィーチェルっていう嬢ちゃんだけ残している。もう一人の方は仲間と共にもう一度楽しもうと離れた場所に連れて行った。坊ちゃんは中で好きに過ごしてくれ」


 男の言葉に、カストゥールは満足げに頷くと早速小屋の中へ入ろうとする。だが、共に居た男は仲間の喋り方に違和感を感じていた。


「おい、お前喋り方そんなだったか?」


 しかし、それ以上言葉を発することは許されなかった。男の背後から伸びてきた黒い包帯に口を塞がれてしまい、そのまま闇の中へと音も無く運ばれていった。


 カストゥールが小屋の中へと入り扉が閉まると、周囲に立っていた男たちの内、四人の顔や体が崩れ、霊体へと変わっていった。この男たちを形取っていたのは、アレクの作り出したドッペルゲンガーという悪霊の一種であった。姿形を真似ることが出来るが言葉を話すことが出来ないという欠点がある。


 では、先ほど話をしていた男はといえば、この男だけは本人だった。足を怪我していた男だけは疑われることの無いようカストゥールを誘い込む為に対応させていた。


『普段通りしろと言っただろ? 口調を変えて違和感を持たせようとするなんてね』


 男の陰から出てきたのは仮面の男、アレクだ。手には短剣を持ち男の脇腹に当てていた。


「へへへ……旦那の気のせいじゃねーですか? 言われた通りにやっただけで――」


 言い訳をする男の口を塞ぎ、アレクは雷の魔法を発動し男へと浴びせる。くぐもった悲鳴をあげたがそれも僅かな時間で、男の意識は落ちていった。

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