七十一話 ならず者の末路
「さて、僕の方も急ぐか……」
アレクは小さく呟くと、再び眷属を召喚する。先程喚び出したヴァンパイア・バットはまだ健在なままだが、捜索範囲を広げる為に追加で呼び出す事にしたのだ。
数十もの眷属がアレクの影から飛び出していく。召喚を終えたと同時に僅かな目眩がアレクを襲った。
「――っと……魔力を使いすぎているかな」
今日は夕方から魔力を使う事が多かった為、アレクの魔力量は大分減ってしまっていた。ミントを捜す時に眷属を召喚し、誘拐犯との激戦を十数分に渡り繰り広げ、今また眷属を大量に召喚したのだ。例え不死のアレクといえども魔力には限りがある、これ以上の魔力消費を行えば意識を失ってしまうだろう。
「一回限りにすることでそれなりに使える眷属を生み出して来たけど、もうちょっと考えないといけないな」
アレクは眷属の運用について、今後の課題としようと心に決める。一晩にこれだけの眷属を召喚した経験が無く、魔力の消費まで気が回らなかったのだ。
目眩に耐えるように蹲りながらも、眷属から送られてくる情報を脳内で精査する。今、アレクの近くに散開している生徒達はAクラスの皆だろう。少し離れた場所では別な集団が見つかったが、これがCクラスだろうとアレクは予測した。
「Cクラスは捜索に積極的じゃないのか? うちのクラスみたいに散開して捜索してないな……」
通常、こういった状況下であれば人手は出来うるだけ欲しい筈だ。であるにも拘わらず、Cクラスの二十人と護衛の騎士達は一カ所から動いていない。
(あの先生もカストゥールに買収されてるんだっけ。だとすれば捜査に積極的じゃないのは納得だね)
誘拐かはともかく、ヴィーチェルが行方不明になることは予定されていた事だとすればCクラスの担任が動かないのも頷ける。そして、それこそがこの一件にカストゥールが拘わっているという証明にもなる。
とはいえ、伯爵家の令嬢が行方不明になっているのに捜査をしないとなれば責任を追及されると判っているのか、Aクラスのメンバーが捜索することは許可したようだが。
アレクは捜査の範囲をBクラスの居るであろう地域に移した。この件にカストゥールが絡んでいるならば己の近くに呼び寄せている可能性もあったからだ。
「見つけた!」
果たしてアレクの読みは当たった。クラスの皆の捜索範囲よりも大分西側で、数人の集団を見つける事が出来た。他のクラスからも離れた場所で、少なくとも学園の生徒である可能性は低い。
念のため、その場所以外へも眷属を捜させながらアレクはアインに跨がると移動を始めた。
◆
少し離れた森の中で、六人組の男が大きなずた袋を二つ担いで移動していた。
男達は薄汚れた皮鎧と、みすぼらしい短剣や片手剣を腰に下げている。どこから看ても冒険者というよりは完全に野盗である。
「くそ、女二人と言ってもこの距離を運ぶと疲れるな」
男の一人が袋を地面に下ろし愚痴をこぼす。
「交代にゃまだ早いだろう。時間が決まっているんだ早く運べよ」
別な男が愚痴をこぼしている仲間に対して先を急かす。その言葉に男は再び袋を肩に担ぎ歩き始めた。
「この先に小さな小屋がある。そこが待ち合わせの場所だ。とっとと小娘を渡して引き上げるぞ。貴族や学園を敵に回すのは割に合わねぇ……金を貰ったら王都からも離れねぇとな」
「なあ、目的の娘じゃないほうは俺たちで楽しんでもいいんだろう? どうせ顔を見られてるんだ、口封じに殺す前に楽しもうじゃないか。へへへ」
一人が割に合わない仕事だったと愚痴を零せば、別な男は攫った娘をどうするかしか考えていない。男達の意思や行動原理はばらばらで、元から仲間ではなく寄せ集めの集団だという事が知れる。
男達を率いるリーダー格の男はため息を吐きながら夜の闇に覆われた森の奥へと進むのだった。
◆
「……ううん」
小さなうめき声を上げながらアイーダは目を覚ました。目の前は薄暗く、小さな明かりだけがともされているのが目に入る。
徐々に意識が覚醒してゆき、それに合わせて自分に何が起きたのかを思い出した。
「そうだ、私襲われて……」
「おう、目が覚めたか」
独り言に対し返事があるとは思わず、アイーダはびくりと肩をふるわせた。手足が拘束されているせいであまり自由にならない体をわずかに動かし、声の方へと目を向ける。そこには、薄汚れた中年の男が三人たき火を囲って座っていた。
「誰、貴方たちは……そうだ、ヴィーは何処なの?」
見知らぬ男どもが近くに居て、自分の手足が縛られている状況にアイーダは自分の心が急激に恐怖に塗りつぶされていくのを感じていた。だが、一緒に居たはずのヴィーチェルの事を思い出し、安否を確認すべく勇気を奮い起こす。
「もう一人の嬢ちゃんはそっちに転がしている」
男の指す方向を見たアイーダはヴィーチェルの無事な姿を見て安堵していた。だが、次に男が話した言葉によって再び恐怖のどん底へと落ちる事となる。
「じゃあ、あんたは用無しだ。すまないな」
「え?」
ここに至って、アイーダは周囲の状況を理解できた。
自分たちが誘拐されたという事、目的はヴィーチェルであり自分は巻き込まれたのだと言うことを。そして、必要のないとされた自分がどんな目に遭うのかを――。
「いや……近寄らないで! 誰か助け――」
助けを呼ぼうと声を張り上げたアイーダの頬を、近くに居た男の拳が叩いた。いや、叩いたにしては鈍い音を立てたその一撃は、アイーダを地面へと叩きつけるだけの威力を持っていた。
「っ!」
声にならない悲鳴を上げ倒れたアイーダに、男どもは下卑た笑みを浮かべながら近づいてくる。
「アイーダ!」
騒ぎによって目が覚めたのだろう、先ほどまで気を失っていた筈のヴィーチェルが叫んだ。今まさに襲われそうになっているアイーダを見て、助けようと必死にもがいている。
「おっと、そっちのお嬢さんは雇い主が直々に相手する予定だ。それまで大人しく待ってな」
誰かの声に、ヴィーチェルの動きが止まる。遅いか早いかの違いだけで、自分の身にもアイーダと同じ事が起こるのだと知った。
すでにアイーダも抵抗を止めていた。声を上げるたびに頬を殴られ、痛みと衝撃で意識が朦朧となってしまったのだ。涙で霞む眼で自分の服を破り脱がしていく男達を捕らえながら、アイーダは心の中で最後の助けを叫び続けた。
「っがぁ!?」
不意に小屋の外から悲鳴が聞こえてきた。そのことによってアイーダを裸に剥こうとしていた男達の手が止まる。一人は雇い主の元へ使いに出していたので、外には二人が見張りに立っていた筈だった。
「おい! どうした?」
外に向けて声を掛けながら、三人は外へと続く扉へと向かう。
その動きをアレクかミリアが見ていれば、先のエルフと戦った男達とは比べるべくもないと思った事だろう。手に短剣だけを持ち、先頭に立っていた男が扉を僅かに開けて外の様子を伺った。
次の瞬間、扉ごしに男の胸を長剣が貫いた。
「ごはっ!」
立て付けの悪かった扉は、男が寄りかかった力に耐えきれず男と共に地面へと倒れた。胸を貫かれた男は致命傷を受け、口から血の泡を吹きながら痙攣を繰り返すだけだ。
『やれやれ、間一髪間に合ったな』
外からどこかくぐもった声が聞こえてきた。残った男二人は、扉から離れ傍らに置いていた長剣を取ろうと手を伸ばす。だが、置いていた筈の長剣はどこにも無く、男は慌てて周囲を見回した。
『サガシモノハコレカ?』
いつの間にか、半裸に剥かれたアイーダを手足が自由になったヴィーチェルが抱きしめてその身を守っている。そしてその前に、黒い包帯を身にまとった人影――シェイドが男達の長剣を手に立っていた。
「なっ! てめぇいつの間に」
小屋の中に突如として現れた正体不明の人影に、男達は驚き扉へと背を向けてシェイドの方へと向き直ってしまう。
『こっちを忘れて貰っちゃ困るよ』
背を向けた男達に対して、くぐもった声の主が呆れた声を投げかける。次の瞬間には骸骨の騎士と剣士が小屋へと突入し、男の太ももや肩へと一撃をたたき込んだ。
「ひっ!」
突然入ってきた骸骨二体に、ヴィーチェルは小さく悲鳴を上げアイーダに強く抱きつく。幸いにもアイーダは逆側を向いていたおかげで見ずに済んだようだった。
『怖がらなくていい』
ヴィーチェルにそう声を掛けて小屋へと入ってきたのは、髑髏を模した仮面をつけた背のさほど大きくない男だった。




