六十九話 新たな――
「ミリア殿、アレク殿」
アニードに呼ばれ二人は、一度男の遺体から離れてアニードの下へと移動する。
近づいてくるアレク達に子供達は怯えの表情を隠せずにいた。それも仕方の無い事だろうとアレクは理解している。自分達を攫い、暴力を振るった人間と同族なのだから。だが、アニードを含めた大人のエルフ達からは、警戒する気配は微塵も感じられなかった。
「ミント様。こちらのお二人は人間でありながら我々に協力して下さった方々でございます。正直、この方々の協力無くしてミント様を見つける事は難しかったと言わざるを得ません」
僅か十歳ほどの女の子に対し、恭しく頭を下げ言葉を紡ぐアニードにアレクは目を瞬かせた。
今までの彼の態度や口調からは考えられないような丁寧な言葉であり、その態度は目の前の女の子が高い地位に居る事を窺わせる。
アニードの言葉に、ミントと呼ばれた少女は怯えた表情を隠し、精一杯の威厳を持ってアレク達へと言葉を掛けた。
「ユグドラルの族長ミレイアの血族、ミント・マドゥライ・ルナカーラで……と申す。この度は、私……我とその一族を助け……救って頂き、ありが……感謝してます」
慣れない言葉を話そうとしているようで、つっかえながら感謝の言葉を口にする。その様子にアレクは少し可笑しくて、口元に微笑みを浮かべる。その笑みに気付いたのだろう、ミントは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「同じ人族の犯した過ちを謝罪致しますミント様。僕達は同じ人族としてその行いが許せなかっただけです。決して人族全てが悪人ではありません」
族長の血族という事は、人族で言う王族のような立場であろう。そう思いアレクは恭しく頭を下げる。
「え、あの、頭を上げてください。助けて貰ったのは私たちの方なので!」
頭を下げたアレクに驚いたのか、両手を前に出しわたわたと手を振るミントに、周囲のエルフ達の頬も緩む。
そんな中、ミントの上げた名乗りに興味を持ったミリアが割って入った。
「マドゥライというミドルネームを持つという事は、ミント様は『魔王』マドゥライと何か関係があるのかしら?」
「あ、はい。始祖であるマドゥライは私の血族の祖先であると言われてます」
突然の質問に、ミントは素直に答えた。その答えに、アレクは驚きを隠せず驚愕の表情を浮かべた。
マドゥライ・ウォーロック。その名はミリアから魔法を学び始めの頃に聞かされた名であった。神話時代の初期に記されているその名は、アレストラに降臨した女神エテルノの直弟子にして、現代の魔法を人類に広めた偉人の名である。
「そう言えば、魔王マドゥライはエルフだったって教えて貰ったんでしたね。数千年もその血脈が受け継がれているなんて……流石エルフというか」
感嘆の表情でそう話すアレクに、アニード達は誇るように頷いている。そんな話をしていると、残された二人の子供達もアレクやミリアが安全な人族だと理解したのだろう。おずおずと近寄るとアレク達に礼を言い頭を下げたのだった。
友好的な雰囲気となった後、アレクは今回の誘拐事件の経緯を聞いてみた。すると、普段は護衛に護られているミントではあったが、家を抜け出して他の子供達と薬草穫りに森へと出かけていたようで、その時にこの男達に見つかってしまったのだと話した。
「お母さんの為に薬草を採ろうと思ったんだもん……」
「ミント様……。シリカ様は国の薬師がきちんと看ております。ご心配なさらずともいずれ――」
アニードはミントに優しく諭すように話して聞かせた。
どうやらミントの母親――族長の娘にあたる人が病気らしく、ミントは母親に飲んで貰おうと思って家をこっそり抜け出したのが真相らしい。
母親を案じて行動した結果、誘拐されてしまい逆に心労を掛けてしまう結果となった。そう理解したミントはひどく落ち込んでしまうのだった。
「さて、お二人には大変世話になったな。今はミント様や他の子達を国に連れ戻らねばならないので大した礼も出来ん。族長へ報告し落ち着いたならば、改めて礼をしたい」
アニード一行はそう言うと帰り支度を始めた。子供達の怪我はいずれも軽傷で、アレク達によって綺麗に治されている。心身の疲れから歩くことは厳しいとの判断となり、大人のエルフが交互に背負って移動することになるようだ。
「いえ、気にしないで下さい。犯人の背後関係は王都に戻り次第調査しますので、何か分かれば報告をそちらにもすることになるとは思います。その際は使者がユグドラルへと向かうのでご配慮をお願いします」
アレク達も合宿の途中であり直ぐさま戻らなければならない。ミリアはアニードへそう告げると、彼らと同様に移動する支度を始める。とは言え、合流地点まで巨大化したアインに乗る予定である為、それ程時間も掛からないだろう。
ミントやアニード達と分かれたアレクは、再び巨大化したアインへと跨がり学園の皆の所へともどる為に移動を始めた。移動のさなか、ミリアとアレクはミント達を誘拐した犯人の正体について話し合っていた。
「先生はあの男達の正体についてどう思います?」
狩人であるエルフ達の奇襲が効かなかった事と、自分たちと戦ったときの動きから考えるに相当の手練れであった事は確かである。言動からアレクとしてはどこかの国に属する騎士ではないかと推測していた。
「持っていた短剣の意匠が偽装でなければ、今回の背後にいるのは帝国の貴族でしょうね。国境を越えて帝国領へと戻った際に身分を証明する為に持っていたのだと思うわ」
とはいえ、第三国の偽装工作であることも考えられる。敢えて帝国とユグドラルとの間に不和を起こすことによって利を得ようとした可能性もあるのだ。
「アレクはこの件に関して一切の他言を禁じます。私が学園長を通して国へ報告するから、結果が出るまではね」
「わかりました」
アレクが了承の意を示すと、ミリアは口を閉じて思考にふけっていった。
移動を開始してから三時間ほどで、アレク達は他の生徒が居るであろう地点まで近づいていた。
すでに時刻は深夜を過ぎ、疲れからかミリアはアレクの体にしがみついた状態でうとうとしている。アレクは移動速度を落とさせ、ずり落ちないよう慎重にアインを走らせていた。
「他のクラスと合流してるとすれば、もうそろそろ居る筈なんだけどな」
万が一にもアインを学園の皆に見つかる訳にはいかないので、アレクは一旦アインを止めると眷属のヴァンパイア・バットを召喚して周囲に放った。
「ん?」
程なくしてヴァンパイア・バットから次々と情報がアレクに送られてくる。しかし、その情報の内容は本来有り得ない事であり、アレクは困惑した声を上げた。
「どうかしたの?」
アレクの声でうたた寝から醒めたミリアが何事かと尋ねてきた。
「いえ……眷属を放って皆の場所を確認してたんですが。十人くらいの単位であちこちへ散らばっているようなんですよね。何かあったのかな?」
アレクの言葉に、ミリアは何か思い当たる節があるのか考え始めた。学園の集団行軍時のマニュアルを思い起こす。そして、直ぐにはっとして顔を上げる。その表情は険しく、眉根が顰められていた。
「『遭難者の捜索マニュアル』――」




