六十八話 決着
「何だ、こいつは――」
男は目の前に立つ若い襲撃者の頭をたたき割ったと確信していた。にも拘わらず、自分の振り下ろした剣は少年の頭すれすれの所で弾かれ止められていた。
必殺の剣を止めていたのは、少年を庇うように差し出された両手剣だった。
「全く、喚び出すならもう少しゆとりを持って欲しいな。結構ギリだったぜ?」
聞こえて来た男の声に、アレクへと襲いかかった男は視線を向けた。
そこに立っていたのは、両手剣をアレクの頭上へと掲げた戦士だった。
「手前、いつの間に――」
いつの間にそこに居たのだと聞こうとした男の台詞は、アレクの横に立つ男の顔を見た瞬間に途切れた。そこに立っていた男――なのだろう、戦士風の男の顔には肉も皮もなく、ただの骨のみがあった。
あまりにも異形な姿に、男は思わず数歩後ずさった。周囲を見れば、近くに居た女の前にも一体、同じく骨の顔をした騎士風の男が女を護るように現れていた。
「主以外の者に姿を晒すのはこれが初めてですな」
ミリアは目の前に突如として現れた男の背から目が離せなかった。
盾と片手剣を持った騎士風の男が話した『主』というのがアレクの事だろうとミリアには分かった。だとすれば、この騎士風の男とアレクの横に居る戦士風の男はアレクが召喚した眷属なのだろうと予想が付いた。
「貴方は……貴方たちはアレクの眷属なのですよね?」
ミリアの問いかけに、前に立っていたツヴァイは僅かにミリアへと振り向き頷いた。
「うむ。我が名はツヴァイ。主の横に立つのはドライと申す。共に主に仕えし眷属である」
ミリアはツヴァイが振り向いた瞬間、初めて顔が骸骨であることを知った。驚きながらも悲鳴をあげる事は無かった。よく見ると剣や盾を持つ腕も骨のみであった。
「綺麗な嬢ちゃんとの楽しい会話はこいつを倒してからにしようぜ。楽に倒せる相手じゃねぇ」
ドライの声に、ミリアは我に返り戦いに意識を戻した。
既に男の顔に驚きは無く、ただの敵としかドライを見ていない。男にとって、例え四対一でも負ける気はしなかった。
戦闘が再開されて、事実男の優位は動かなかった。ツヴァイもドライも、魔物との戦いによって多少の経験は積んでいた。しかし、人と戦った経験が皆無だった事で圧倒的に技量が足りず、守りに回るしか出来ない結果となった。
(思った通り、この骨どもは餓鬼が剣を振り回してるだけの技量しかねぇ。魔導師らしい餓鬼と女も人と戦った経験は殆ど無いようだな)
男はアレク達四人を相手取りながらも、そんなことを考える余裕すらあった。魔物よりも人と戦ってきた経験の長い男にとって、アレク達との力量差はそれ程開いていたのだ。
しかし、時間が経つにつれ徐々に男に焦りが生じてくる。それは、骨の騎士と戦士をいくら切りつけても再生してしまい、一向に倒せないからだ。加えて、僅かずつではあったが、戦いに慣れてきたのか技量が上がりつつあった。
そして戦闘の開始から十五分ほど過ぎたとき、男にツヴァイの剣が届いた。四人相手にこれだけの時間を戦い続けた事による体力切れも一つの要因だっただろう。しかし、戦い始めに比べツヴァイとドライの対人戦闘の能力が上がった事が勝敗を分けたのだった。
「くそが……だからこんな餓鬼を攫うような任務は嫌だったんだ……」
ツヴァイの剣は男の肩口から肺まで届いていた。血を吐き出しながら男はそんな愚痴を呟き、そして倒れた。
男が倒れた事により戦闘が終了し、アレクとミリアは緊張が切れた事によって地面へと座り込んでしまった。
「はぁ……。あっちはどうなった?」
アレクが残った二人とエルフの戦いへと目をやると、あちらも決着が着いたようであった。男は全て倒されており、エルフ側も無事では無いようだがどうやらこちらの勝利であるようだ。
安心したアレクは、眷属達を影へと戻して地面へと横になった。
結果として、四人組の男の中に生き残りは一人も居なかった。勿論、皆殺しにしようと思った訳では無く、戦闘終了時には一人だけ生きていた筈だったのだが――。
「逃げることが叶わぬと分かった瞬間、自決したようだ」
エルフのアニードは死んだ男達を見ながら苦い表情でそうアレク達へ説明した。
エルフ達の被害は、三名が腕を切り落とされるという重傷を負っていたが、幸いにして命を落とした者は居なかった。アレクとミリアは疲れた身体に鞭を振るい、怪我を負ったエルフの治療にあたった。
ミリアやアレクの治療の甲斐もあって、切断した腕も元通りに接合する事が出来た。その治癒魔法の技量の高さにアニードは驚き、腕を切断されたエルフなどは泣いて喜んでいた。
怪我は治ったといえ、失った体力までは直ぐに戻る訳でも無い。無事なエルフ達によって子供達の無事も確認され、少し離れた場所では安心した子供達の泣き声が聞こえていた。
戦闘中は全く子供達を見る余裕が無かったアレクとミリアは、この時初めてエルフの子に目を向ける事になった。
攫われた子供は三人で、女の子が二人と男の子が一人のようだ。三人とも歳は十歳くらいに見えるが、エルフは長寿な種族であるため実際の歳はアレクには分からなかった。
「ん?」
アレクは何かに気付き、小さく疑問の声をあげた。
三人とも無理矢理連れられてきた事によって大分薄汚れて居るため気付けなかったが、どうも三人の内一人は地肌が褐色のように見受けられた。
「ダークエルフ?」
「え? 何よその呼び名は」
ぼそりと呟いたアレクに、今度はミリアが疑問の声を上げた。
「いえ、あの三人の子の内、一人だけ地肌が褐色じゃないですか?」
アレクの指摘に、ミリアは納得したように頷く。
「ああ、あれは高貴なエルフね。エルフ族の中で限られた血縁にしか現れないと言われてる珍しい肌よ」
どうやらこの世界ではダークエルフという呼び方はしないようである。介抱しているエルフの態度を見ても、他の子に比べ高貴なエルフに対しては恭しい態度であたっていた。
エルフの子供達は同族であるアニード達に任せて、アレクとミリアは倒した四人の所持品を調べる事にした。
「僕達が倒した男は『任務』って言ってましたよね。だとすれば依頼書のような物でも持ってても良さそうなんですが……」
アレクはそう呟きながら男の所持品を一つずつ調べていく。しかし、持っている物といえば多少のお金が入った財布と、携帯食料が一週間分あるだけであった。
「アレク、ちょっとこれを見て」
ミリアに呼ばれてアレクがそちらを見ると、ミリアは男達の持っていた短剣を手にして居た。何やら柄の部分の意匠が気になるらしく、真剣な表情で見つめていた。
「その短剣の意匠がどうかしたんですか?」
アレクには市販の物よりも高そうに見える以外、気付くことは無かった。だが、ミリアにとっては違ったようだ。
「昔、私が小さい頃に帝国との戦争があった事は知ってるわよね?」
ミリアが十歳の時、帝国との戦争があり、ミリアは幼いながらもその実力を買われ戦場へと連れて行かれた経験をアレクへ話す。
「そのときに帝国兵の捕虜を見たのだけど……彼らの持っていた装備にも似た意匠が彫られていた気がするのよね」
ミリアの記憶が確かであれば、この四人は帝国からやってきた者だという事になる。しかも、男達の戦闘に関する技術を考えれば騎士か、かなり上位の冒険者である可能性が高いとミリアは言う。
「取りあえず、この短剣を王都に持ち帰って王城へ報告しましょう」
これ以上は推測の域を出ないとミリアは短剣を布で包みしまう事にした。




