六十七話 戦闘開始
夜のとばりが下りた森の中、小さな焚き火を囲んで四人の男が座って簡易な食事を取っていた。
男達は皆、精悍な顔つきで歴戦の勇士である事を窺わせる。身に纏っている装備も一見しただけでは安物に見えるが、しっかりとした造りの品であることが分かる。
男達から少し離れた場所には、身動ぎすらしない三つの小さな塊が転がっていた。よく見れば呼吸はしているようで、小さく胸が上下している事だけは確認できた。
その三つの塊は攫われたエルフの子達であった。散々泣き腫らしたのだろう、目元には涙の痕があり、僅かに腫れている。だが、それよりも目立つのはぷっくりと腫れた頬と、口元に付着した血の痕だ。
「ふん。やっと大人しくなったな」
エルフの子を転がしている場所をちらりと見やり、男の一人が面白く無い口調で呟く。その口調には不機嫌さが滲み出ており、放っておけば再び子供達を殴りつけそうに見える。
すると、別な男が慌てて男を宥めに掛かる。
「おいおい。この任務が面白く無いってのには同意するが、あまり『商品』に傷を付けるな。魔法で治らん傷が付けば雇い主の不興を買う」
どうやら最初に口を開いた男がエルフの子等に暴力を働いたようである。
エルフの住むユグドラルから子供達を攫い、この場所まで移動する間。幾度となく子供達は泣き、森へ返してと口にした。その都度、男は子供達を叩き暴力を加えてきたのだった。
「分かっている。だが、今やらなくても雇い主のところへ届ければいずれ躾けられるんだ。遅いか早いかの違いだろ?」
「それでもだ。得にその黒い奴は貴重だ。特別報酬を期待出来そうだから大事に扱え」
どうやら窘めている方の男が隊長格らしく、文句を言っている男は渋々頷く。男達の視線の先は地べたに転がしている三人のエルフの一つへと向けられていた。
男達から離れた場所にアレク達は身を潜めていた。夜目の効くエルフやアレクの目で焚き火の光が見えるかどうかの距離であり、男達はこちらに気付いた気配は今のところ無い。
「相手は四人ですね。そこから三メートル程のところに子供が寝かされているようです」
アレクはアンに男達の様子を窺って来て貰い、得た情報を皆に教えた。男達は交代で仮眠を取っているようで、二人が寝ている状況だった。
「だとすれば奇襲で寝ている相手を仕留めれば、あとは二人を相手するだけだな」
エルフ族のアニードはそう言って不適な笑みを浮かべる。元より相手は同族を誘拐した相手であり、手心を加えるつもりは毛頭無かった。
「男達の相手は我々エルフで行う。君たちには後ろから支援と、万が一にも子供達に被害が及ばないよう心を配って欲しい」
アニードはそう言ってアレクとミリアに頭を下げる。本来であれば同族を救い出すのに人間の手を煩わせたくは無い。加えて、ミリアやアレクに同族である人間を殺させないようにとの配慮からだった。
その言葉にミリアも頷きを返す。
「それで構いません。こちらとしても例え相手がゼファール出身者だとしても手心を加えてとは申しませんわ。ただ、背後関係を確認する為に一人は生かして捕らえて欲しいのですが」
ミリアの言葉に、アニードは可能であったならばと返事をした。
その後、六人のエルフは森の闇へと姿を消して移動を開始した。全く気配を感じられないその動きに、やはり森の狩人なのだとアレクは実感したのだった。
エルフ達が姿を消してから、ミリアはアレクに話しかける。
「アレク。目的の最優先は子供達を救い出す事よ。アレクの加護があれば死ぬことは無いのだとしても、決して無茶はしないで。その加護をエルフに知られるとややこしいことになるでしょうし」
その言葉に、アレクは頷く。しかし、アレクの最優先事項はミリアに危険が及ばないようにする事で、エルフの子供達は二番目の扱いとなっていた。
二人はそれ以降、無言で移動を続ける。夜目の効くアレクは良いのだが、ミリアは全く夜目が効かない。アレクはミリアの手を取り、枯れ枝を踏まないように導きながらの移動となった。
焚き火まで二十メートル程までアレク達が近づいたのを見計らい、エルフ達の奇襲攻撃が始まった。風を切り、六本の矢が寝ていた二人の男に向けて放たれた。
「っ! 敵襲!」
起きていた二人が即座に寝ていた男を蹴り飛ばし移動させる。タイミング的に抜剣して矢を切り落とす事は無理だと判断したからだ。
だが、その判断は間違っていなかった。蹴られた方からすればたまったものではないが、命を失うことは避けることが出来たのだから。
「くそっ! なんつー起こし方をしやがる」
文句を言いながらも、寝ていた二人は自らの武器を掴み膝立ちの姿勢を取る。そのときには起きていた二人は既に剣を抜き、焚き火を背に森へと鋭い視線を向けていた。
(不味いな、前に相手したごろつきとは違って手練れだ)
離れた場所から男達の動きを見たアレクは顔を顰める。
「ミリア先生、《ライト》で男達の目を潰しましょう」
アレクとミリアの技量であれば、男達の顔の前に《ライト》と発動させることは可能だった。素早く指先でアレクは自分がどちらを相手取るかをミリアに知らせる。
恐らくこの魔法を使う事によって自分達の存在が敵に知られるだろうなとアレクは思った。エルフ達がこの機に人数を減らすことが出来なければ、撤退することもあり得る。
「「《ライト》」」
ミリアとアレクの魔法が同時に発動し、立ち上がっていた男二人の網膜を焼いた。強い光を直視すると、一時的に失明と同じ状態となる。時間の経過と共に徐々に視力は回復するが、網膜に焼き付いた光は視界の大半を黒く塞ぐのだ。
エルフ達はその機を逃さず、立っていた男へと矢を射る。一人は身体を転がして矢を避けることが出来たが、もう一人の男は矢を避けることが出来ずに射貫かれた。
「くそが! ――《ライト》」
膝立ちの状態から立ち上がった男が、頭上へ向けて灯りを飛ばす。詠唱破棄では無かったが短く短縮された詠唱から、その男がごろつきなどでは無く相応の教育と訓練を受けた人間だと分かる。
四人組の男の内、一人は視力を失い、一人は身体に三本の矢を受けて重体となった。目の見えない男を護るように別な男が飛んでくる矢を切り落としている。
矢では倒せないと判断したエルフ達は、精霊魔法を加えて執拗に攻撃を加える。それでも男達は矢と魔法を回避し続けていた。
徐々に時間が過ぎ、失明状態から回復した男が攫ってきたエルフの子供へと目を向ける。遠距離からの攻撃を止めさせる盾にしようと考えたのだろう。
それを見たアレクとミリアは、その行動を阻止せんと男に対して魔法攻撃を開始した。
「《ウィンドアロー》」
「《アースウォール》」
ミリアの放った風の矢の魔法は、男の持つ剣によって弾き飛ばされた。対して、アレクは男と子供達の間に土の壁を作りだしてその進路を妨害する。
「ちっ! なんでエルフに魔導師クラスがくっついてやがる」
子供等を盾にすることが出来ないと判断した男は、舌打ちをしながらアレクの方へと向きを変えて走り出す。
遠距離から攻撃してくるエルフよりも与しやすいと判断したのだろう。事実、魔法使いは剣士に近づかれると為す術も無い。二十メートル程の距離が開いていたにも拘わらず、男は一瞬のうちにアレクの居る場所まで到達する。
「近づけば何とかなると思ったでしょ? でも、そう甘くは無いよ――ツヴァイ、ドライ!」
男がアレクへと剣を振り下ろそうとした次の瞬間、男の剣は何かに防がれて弾かれた。
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