六十五話 手立て
太陽は大分傾いており、急がなければ夜になってしまいそうな気配である。夜目の効くアレクや森に慣れ親しんでいるエルフは良いが、ミリアにとっては移動が困難になってしまうだろう。
「まず、攫われた子供達を捜す手段ですけれど、僕の『加護』を用いた方法をとります」
アレクの説明に対してエルフ達やミリアは多少驚いただけで、大きな混乱はなかった。エルフにとって加護持ちは確かに珍しい存在だが、人間のように権力者が何かをしてくる事が無いため、周囲に加護の内容を告げていることは比較的多いからだ。
ミリアに至っては、ある程度予測していたので驚きは無かった。どちらかと言えば、アレクが二つ加護を持っている事の方に驚いていた。
「加護持ちであったか。しかし、人を捜すことに長けた加護とは一体?」
思っていたよりも薄い反応にアレクは僅かに戸惑ったが、やりやすいので良いかと割り切って話を進める。
「エルフの皆さんは精霊を召喚するそうですね。それに似た事が出来ます」
「何! お前は半妖精だったのか?」
アレクの言葉をアニードが遮って叫ぶ。精霊を召喚出来るのはエルフや妖精族だけであり、ある意味特権であった。だからこそアニードはアレクが半妖精かと勘違いしたのだ。
アニードの言った半妖精という呼び名は蔑称である。どの種族でも多かれ少なかれあることだが、混血はあまり歓迎されてはいない。中でもエルフはその傾向が強く、純血主義の比率が多い種族である。彼らは自らの一族である事を認めず、半『妖精』と呼ぶのだ。
因みに、混血を認めている人達はハーフ・エルフや、ハーフ・ドワーフと種族名を付けて呼ぶ。
「いいえ。種族や血によってではなく、加護による能力ですよ」
アレクはアニードの勘違いを即座に否定した。妖精族の血を引いていないのに精霊を喚べるという説明にアニードを含めたエルフ達は大いに混乱した。
「見て貰ったほうが早いですね。暗くなるまでに時間もないようだし」
アレクはそう言い放つと、呼び出す眷属をイメージする。基本的な方針はフィアの母――オルテンシアを探し出した時と同じだが、今回は相手を特定出来るような物が無い。そのため、手がかり無しでこの広大な森を捜索しなければならないので工夫が必要となる。
「《眷属召喚》ヴァンパイア・バッド」
アレクの言葉に応じて影から数十にも及ぶ物体が、羽音と共に飛び出してくる。突然の出来事に皆が反射的に顔を腕で覆い目を瞑ってしまう。
アレクが呼び出したのは、コウモリである。勿論、普通の動物ではなく不死なる属性を持っている。物語などでヴァンパイアが眷属として使役したり、化けたりする吸血コウモリだ。
飛び出したヴァンパイア・バッドは周囲にある木々の枝にぶら下がりアレク達をじっと見下ろしている。大きさはそれ程ではなく五㎝程度しかない。だが、その口元には小さくとも鋭い牙が生えそろっており、目は赤く輝いている。
羽音が止んだ事でやっとエルフ達やミリアが顔を上げて周囲を見渡した。数十にもおよび赤い目が木の葉の隙間から見える光景は、本能的な恐怖を呼び起こす。
「なんだ、こいつら!」
恐怖に駆られ弓を手にしたエルフ達は、上へと向けて矢をつがえる。
「それが僕の加護――《眷属召喚》なんですよ。敵じゃないんで矢を射らないでください」
アレクの言葉に、アニード達は躊躇いながらも弓を降ろす。不気味な存在ではあるが、加護だというのであれば邪悪な存在では無いのだと無理矢理自分自身の心を納得させる。
「これが、か……。僅かだが闇の精霊力が感じられるな。我々の精霊召喚とは全く別物だが、確かに似ていると言えば似ているか」
どうやら納得して貰えたようである。しかし、闇の精霊力が感じられるというアニードの台詞はアレクにとって非常に気になる内容だった。
「え? 本当に精霊だったの?」
「いや、僅かに感じられる程度だがな。比べて見るか?《精霊召喚》――《ケノン》」
アレクの問いかけにアニードは闇の精霊を召喚して見せた。その際、懐から何かを取り出していたのをアレクは見逃さなかった。その『何か』は精霊を召喚すると同時に砕け散ってしまった。
その『何か』を代償にしたのだろう、アレクの目の前には小さな闇が浮かんでいた。拳大のそれを不思議そうにじっと見つめていると、不意にそれの中央で目が開いた。
「うわっ!」
突然のことに驚き、アレクは尻餅をついてしまった。真っ黒な闇の精霊であるケノンには目があったのだ。
「ははは。これは闇の精霊で《ケノン》と言う。我々妖精族の目として見張りや監視をするのに使う」
アレクの無様な姿が可笑しかったのだろう。アニードは初めて面白そうに笑いながらアレクに精霊の事を説明した。尻餅をついたことに照れながら、アレクは立ち上がる。
「びっくりしましたよ。でも、目として呼び出すならケノンを使えば捜索をもっと楽に出来るんじゃないんですか?」
アレクの問いにアニードは小さく溜息を吐いてクビを横に振った。
「残念だが、精霊は一度に一体しか呼び出せないんだ。君の呼び出したモノのように一度に大量の召喚なんて聞いたことが無いよ」
アニードのアレクへの呼称が『貴様』や『お前』から、『君』へと変わってきていた。どうやら少しだけ蟠りが薄れてきたのだろう。本人はそのことに気付いて居ないようだが。
「エルフの子達を見つけることが出来たら、精霊についてもっと教えてくださいね。話を戻しますが、この眷属を使って全方位を捜索します。見つける事が出来れば眷属から僕にだけ分かる合図が来ます。それまでは待ちです」
アレクの説明に全員が頷く。それを確認してアレクは眷属を空へと放った。コウモリは夜目が効き飛翔速度も速い。あっという間に飛び去っていくその姿に、然程時間を掛けずに捜し出せるとアレクは確信していた。
「アレク。少しだけ話をしていいかしら?」
眷属からの合図が来るまで、エルフと共に休憩したり装備を整えていたアレクにミリアから声かかかった。黙っていた事を含めて説明が必要だろうとアレクも頷くとエルフ達から少しだけ離れた場所へと二人で移る。
草むらに腰を下ろし向かい合った二人は、暫くの間口を開く事無く無言の時を過ごした。やがて、ミリアの方から確認するような口調で話し始めた。
「さっきの《眷属召喚》がアレクの黙っていた加護なのね?」
ミリアの目には好奇心の光が宿っていた。どうやら彼女の求知心に火が灯ってしまったようだ。
「そうです。ダンジョン内でミリア先生が気付いた時も別な眷属を喚びだしていました」
アレクの告白に、ミリアは「やっぱり」とか「だとすると」と呟きながら何かを考えているようだ。暫く思考の海へと潜っていたようだが、不意にアレクへと顔を向けて再び問いかけてきた。
「ねぇ、どうして召喚を使えるのに使い魔の魔法を開発しようとしたの?」
ミリアの感じた疑問は当然のことだった。己の言うことを聞き、数十もの数の眷属を一度に使役出来るのであれば、使い魔など必要ない物の筈だからだ。
「あれは、自分以外にも使い魔を使役出来れば僕の眷属が目立たなくなるかなって思ったのが理由ですよ。あとは、純粋に僕の中にある魔法使いのイメージがそれだったからですが」
アレクの言葉に、ミリアは納得したのか頷いた。元より深く考えていた訳では無いので、実際これ以上の理由は無かったのだ。
「他の眷属を見せて貰っても?」
それは許可を得るというよりは、「早く見せなさい」という意味合いを持っていたようにアレクには感じた。科学知識を教えた時もそうだったが、ミリアの求知心に火が灯ると満足するまでこの状態が続く事をアレクは経験済みだった。




