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六十話 ボレッテン侯爵家での一幕.

 ボレッテン侯爵家では、当主であり近衛騎士団長でもあるガイアスが久しぶりに家族と食事を取っていた。同じテーブルに着いているのは長男のカストゥールと、その弟であるフェザリオンの二人だけである。二人の母でありガイアスの最愛の妻だったキアラは、二年前にこの世を去ってしまっていた。


 近衛騎士という職務柄、ガイアスが屋敷で家族と共に過ごす事は稀だ。それでも妻が生きていた頃は可能な限り屋敷に帰るようにしていたものだが、死別してからは王城へと泊まり込むことが多くなった。必然的に親子関係は希薄となり、今も食卓を囲う三人には一切の会話は無い。

 ガイアスは近衛としては非常に優秀であり、周囲からの評価は高い。しかし、一人の親として見た場合、完全に失格であると自身でも理解していた。それでも、全くの無関心という訳でも無く、血のつながった息子二人と久しぶりとなる会話を試みようと口を開いた。


「……トゥール」


「なんでしょうか、父上」


 意を決して息子を愛称で呼んでみたものの、返って来たのはひどく醒めた言葉だった。一瞬でくじけそうになるが、持ち前の精神力でぐっと耐える。


「学園に入り半年が過ぎたが、どうだ?」


「何も問題無く、全て順調ですよ。明後日より合宿へと向かいますが、中隊長に任命されました」


 カストゥールの話を聞き、ガイアスは頷く。ガイアスも学園の出身であり学生の頃は中隊長を任された経験がある。先達として何かアドバイスをしようかと口を開き書けたところで、息子に席を立たれてしまう。


「少しやることがあるので、失礼します」


 そう言い残し去って行くカストゥールに、ガイアスは何も言うことが出来なかった。これまで自分が何もしてやらなかった事への報いなのだと、心の中で深く溜息を吐く。



 視線を移せば、フェザリオンがどことなく寂しそうに肩を落として座っている姿が眼に写る。フェザリオンはカストゥールの三つ下で、今年十歳になる。母親譲りの顔をしており、将来はかなりの美形になるであろう事は間違い無い。


「リオンよ」

「っ! はい!」


 ガイアスから掛けられた声に、フェザリオンは嬉しさを隠す事無く返事を返す。上げた顔には久しぶりとなる父親との会話に対する期待と不安がありありと見て取れた。


「お前にも、この数年は寂しい思いをさせているな。すまない」


 先のカストゥールの態度に思うところがあったのだろう、ガイアスは自然と謝罪を口にした。


「いえ、父様は近衛騎士ですから仕方の無い事だと思ってます。トゥール兄さんもそれは分かっている筈です。ただ、あの……」


 言葉尻を濁してもじもじとし始めた息子に、ガイアスは遠慮せず言いたいことを言うように告げる。フェザリオンの口から出た言葉は、年相応の当たり前の願いだった。


「もう少しだけ、父様とこうして話を出来る機会を……」


 ガイアスは自分がどれだけ息子達に寂しい思いをさせていたのかを改めて痛感させられた。帰ってくる回数を増やす事を約束し、この後一時間に渡り親子の会話を楽しんだ。だが、会話の内容は楽しむだけでなく、若干の問題も含まれていた。それはカストゥールの態度や行いが屋敷の中で問題視されつつあるという事だった。




 自室へと戻りながらガイアスは家令に状況を説明させる。全てを任せきりにしていた所為で、大きな問題が無ければ家令に対応させていた為、息子達の近況を知るのはこれが一年ぶりである。家令から聞かされた話は、大事にする程では無いがガイアスの顔を顰めさせるのに十分だった。


 一つは、学園の入試の日に権力を振りかざした事で、学園長であるフィストアーゼ公爵から注意を受けたという事だ。ただ、これ自体は相手が平民であった事と、注意のみで済んだことから大した問題では無いと判断された。

 二つ目は、屋敷内でのメイドや使用人に対する態度の悪化である。気に入らないことがあれば直ぐに使用人に当たり散らし、カストゥール付きのメイドに対し暴力を振るった事もあるのだと言う。

 また、同年代の貴族の子弟を集めて取り巻きとしているらしく、あまり周囲の評判は宜しくない。

 対して、フェザリオンには特に問題は無く、カストゥール付きを嫌がるメイドなどからはフェザリオン付きへと移動を願い出る者が出る程なのだという。フェザリオンは性格も温厚で使用人にも優しく接する為か、屋敷内からは人気が高いようだった。


「暫くは屋敷に戻る頻度を増やす。トゥールの行動を注視して問題を起こしそうな時は直ぐに知らせるように」


「承知しました」


 頭を下げる家令を残し、ガイアスは自室へと戻ろうと足を進めた。


「……?」


 そのとき、ガイアスの意識に何かが引っかかった。久しぶりの屋敷と言っても何十年も過ごした我が家だ。普段と違う違和感に首をひねる。急ぎ自室へと戻ると、愛用の片手剣を手にし廊下へと出る。意識を集中して屋敷中の気配を探ると、カストゥールの部屋に近い場所から異質な気配が感じられた。


 足音と気配を殺し、感じた気配の方へと走る。程なくしてカストゥールの部屋の前へと辿り着くと、中からは息子と、少し離れた場所に異質な気配が未だ存在しているのが感じられた。息子の無事を確認し、安堵しつつも屋敷の構造と気配の位置関係を比べる。


 どうやら息子の居る部屋ではなく、隣の執務室べんきょうべやにその存在は居るようだ。


(しかし、この気配は何だ? 人では無いようだが魔物とも異なる……)


 職業柄、人の気配には敏感であるし気配で女性か男性かくらいまでは分かる。魔物とも幾度となく戦って来た事もあり、そういった気配を感じる事にも自信があった。だが、今部屋から感じる気配はそのどちらとも異なる。

 ガイアスは困惑した感情を意識の底に閉じ込め、剣を握り直す。すでにその顔は不甲斐ない父親ではなく、近衛騎士団長としてのそれになっていた。


 扉のノブに手を掛けると、鍵は掛かっていないようで静かに開いた。そのまま身体を部屋の中へと滑り込ませると、入り口に置かれた燭台を手に取った。

 明かりが揺れて、やっと父親が入って来た事に気付いたカストゥールが驚きの表情で固まっていた。カストゥールが何かを叫ぼうとするが、その前に執務室へと続く扉へと移動したガイアスは、扉のノブへと手を掛ける。しかし、そこには鍵が掛けられており開くことはない。


「父上! 何なのですか!」


 息子が上げた驚愕の声を背に、ガイアスは執務室へと続く扉を蹴り飛ばした。鉄靴ではなかった所為で足に鈍い痛みが走ったが、鍛えられた肉体から放たれた蹴りは鍵を壊し扉を開ける事に成功する。

 開け放たれた扉の向こうには灯りが無く、ガイアスの手に持った灯りだけが光源である。その灯りに映し出されたのは、紙を手にし立ち尽くした状態のシェイドだった。

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