五十九話 闇.
翌日、アレク達一年生は講堂へと集められた。目前へと迫った合宿の指揮系統が発表される為だ。
一年生の総員はおおよそ百名。その全体をまとめる中隊長と補佐役が一名ずつと、五つあるクラスに一人ずつ小隊長が選抜される。因みに、アレクのクラスからはニコル・テイルと言う名の少年が選ばれた。
ニコルの父は伯爵であり、近衛騎士団の副団長でもある。団長であるボレッテン侯爵の信頼も厚く、実直な性格だと評判である。その息子であるニコルも父を誇りに思っており、近衛を目指して日々努力している。クラスの皆からの評判も良く、女子の人気投票を行えば必ず一位になりそうな、爽やかな美形でもある。
アレクに対しても、身分を振りかざすことも無く極めて親しく接してくれる。魔法が苦手なニコルは、ミリアの弟子でもありクラスで一、二を争う腕前のアレクにコツを教えて欲しいと頭を下げた事もあった。
「どこかの身分を振りかざす人とは大違いよね」
入学してから暫くし、某近衛騎士団長の息子と比較しフィアの発した言葉だ。アレクを含むクラスの全員が同意したのは間違いない。
その某近衛騎士団長の息子――カストゥールが合宿での中隊長に任命された。発表を聞いた瞬間、一年の大半の生徒は顔をしかめた事だろう。何とか声に出す事は抑えたが、フィアやエレンも渋面を作っている。
父親が侯爵であり、現近衛騎士団長の嫡子であれば立場的に妥当ではあろう。教師に呼ばれ壇上へと上がったカストゥールには愉悦に浸っているような笑みが浮かんでいた。
「こりゃ、合宿は無事に済みそうも無いな……」
アレクの横でその様子を見ていたランバートが小さな声で呟く。
学園に入ってからの半年、カストゥールの評判はアレクにも聞こえていた。勿論、良い評価などではなく悪評だったが。
カストゥールはBクラスなのだが、その身分を振りかざしクラスを独裁的にまとめているらしい。組んでいるチームのメンバーは皆取り巻きばかりで、あれこれと姑息な手段を用いて模擬戦やダンジョンで勝利を収めているという噂である。
彼の言う事を聞かない者には容赦が無く、何人かは教師が手を回し他のクラスへ変えさせざるを得ない事もあったようだ。中には女性関係の噂もあり、何人もの女性を侍らせているという話も聞こえていた。
これに対し、学園側も様々な手段で裏を取ろうとしたらしい。しかし、ボレッテン侯爵家から目を付けられることになれば貴族として暮らすことは難しくなる。生徒達はそれを恐れ、教師が何かを尋ねても何も話さないのだと言う。
学園長であるシルフィードも頭を悩ませている様子である。噂の一つ一つは小さな事であり、例え裏を取ったとしても退学まで持っていくことは難しい。そして、中隊長の任から外そうとしても、証拠が集まっていない現状ではどうにも出来なかったのである。
壇上に立っていたカストゥールの視線がアレク達の方へと向けられる。一瞬だけ、アレクはカストゥールと視線がぶつかったのが分かった。カストゥールはアレクに気付くと顔を顰めたが、直ぐに視線を逸らすと何かを考え込むように目を綴じた。数秒後、目を開けたカストゥールは、何か楽しいことでも思いついたかのような笑みが浮かんでいた。
(はぁ。別なクラスだったから今まで何事も無かったけれど、合宿中は何か仕返しされるかもな)
アレクは陰鬱な気分を溜息に乗せて吐き出した。今の様子を見る限り、彼は入試での一件を覚えているのは間違いない。自尊心の高いカストゥールが何も報復を行わなかったのは、単に接点が無かったからに過ぎなかったのだろう。
自分だけが何かされるのであれば我慢できるが、フィアやクラスの皆に影響が及ぶのは許容できない。そう考えたアレクは、何かされた時に身を守れるように情報を集めようと決意するのだった。
自らの部屋へと戻ったアレクは、情報を集める為に新たな眷属を一体召喚する。
「《眷属召喚》シェイド」
アレクの身体から魔力が抜けていく。アンの時と同じ程度には魔力を消費した筈だが、倦怠感は無かった。それだけ魔力の総量が上がったという事なのだろう。
アレクが呼び出した不死族はシェイドと呼ばれる者だ。シェイドとはギリシア神話などで描かれている冥界の死霊の事である。その姿は漆黒の包帯を巻き付けた人型のミイラの如き姿で、目の部分だけが僅かに隙間が空いている。しかし、そこから肌が覗くことは無く、暗い闇の中に赤く光る目が覗いている。
「――ゴメイレイヲ」
包帯越しにくぐもった声が発せられた。シェイドは隠密と諜報に特化した不死族と言える。ゴーストやレイスに似た存在であるが、その体は砂のような粒子で出来ている。影に潜んだり、影から影へと移動することが出来る為、人目につきにくい特性を持っている。
そして、このシェイドであるが他の眷属とは異なり、敢えて感情は持たせなかった。彼にこれからやって貰うのは、人の汚れた部分を調べる事だ。その際に感情的になるような事があっては、思わぬ失敗をしてしまう恐れがあるとアレクは思っている。知識の中にある諜報の任につく者とは昔からそういったものである。
「カストゥール・ボレッテンの素行を調べて欲しい。学園の規則に反しているようであれば、その証拠を集めてくれ」
「ショウチ」
アレクの命令に短い言葉で応え、シェイドはその姿を崩して流れるように移動すると、窓の隙間から外へと抜けていった。
「お父様、何か調べるのでしたら私がやりましたのに……」
シェイドが抜けていった窓を見ていたアンが、アレクへと視線を戻して呟いた。姿を消して何かを調べるのであれば自分でも出来るのに、と思っているのがありありと分かる。
「シェイドは実体がある分細かい作業や文字を書いたり出来るからね。それにシェイドは他の皆とは違って僕の傍に居ない方が長くなる」
アレクはそこで一旦口を閉じてアンの様子を見る。しかし、アレクの説明に納得した様には見えなかった。アレクはその様子に苦笑すると、アンに本音の部分を告げた。
「自分の娘である姿をかたどったアンに、人間の醜いところを見せなくないんだよ」
思わぬ言葉に、アンは目を見開いて驚きを露わにした。アレクにとっても、人の秘密を探るなんていう事はしたくは無かった。ましてや、仮初めとはいえ前世での娘の姿をしたアンに、あんな男の傍で悪事の証拠を探らせるのは嫌だった。
「結局は自己満足なんだよ。でも、何もしないで後から後悔する事だけは嫌だから」
アレクはそう独りごちて、アンの頭を撫でるのだった。




