五十六話 一ヶ月後.
長らくお待たせしました。落ち着いたので更新再開です!前の55話を加筆修正しています。
前話までのあらすじ……アレクがダンジョンで自爆してミリアに不死の加護がバレる。ミリアにフィアと共に呼び出されたアレクだったが、ミリアはアレクの秘密を守る事を約束した。……そんな感じ。
長い夏の休みが明け、学園内に何時もの日常が戻って来た。
以前と異なるのは、ダンジョンを調査する為に冒険者の姿が時折見られるようになったくらいだろう。とは言え、冒険者の姿が見られるのは昼の間だけで、夜ともなれば人気は全く無くなる。
アレクは以前と変わらず昼は学園で普通の生徒として過ごし、夜は眷属と共にダンジョンへと潜る日々を送っている。それ以外の空いた時間は、師であるミリアの研究室で魔法を教わったり、逆に科学について教えたりして過ごしながら一ヶ月が過ぎた。
夏休み中の出来事を境に、ミリアはより一層アレクの事を気に掛けるようになった。他の生徒の前では素っ気ない態度を見せているが、授業が終わり研究室で二人きりとなれば、雰囲気は変わり姉のように親しげな雰囲気をかもしだす。
「さあ、今日も『科学』について教えてちょうだい」
ミリアはそう言うと、今日もアレクの記憶にある科学について教えるようせがむ。
彼女は教師ではあるが、研究者でもある。アレクの持つ科学の知識と魔法を融合させ、女神が伝えた本来の威力を取り戻そうと日夜頑張っている。しかし、いくらアレクが科学知識を持っていると言っても、科学者では無い。大気成分を全て覚えている訳ではないし、専門的な知識など皆無であった。ミリアからの突っ込んだ質問に答えることが出来ず、冷や汗をかくことも多かった。
科学を学ぶにつれ、ミリアの魔法使いとしての技量は格段に上がった。もちろん、それと同じくアレクの魔法に関する知識も増えてはいるが、全てに於いてミリアが上をいっていた。
「そう言いますけど、もう僕の知っている知識のほとんどは教えましたよ?」
アレクの言ったように、基礎的な科学については既にミリアへと教えてしまった。この世界では発展していない科学の知識を瞬く間に吸収してしまうミリアは、紛れもなく天才と呼ばれる部類の人間なのだろう。
科学の知識を持つことで、魔法を発動した際の効率と威力は格段に上がっていた。特に、火と水の属性魔法と、その上位魔法である炎と氷の魔法は大きな違いが見られた。しかし、風や土の属性魔法は多少発動までの効率が上がっただけで、威力に大きな変化は見受けられなかった。
アレクの言葉に、ミリアは肩を落とし頬杖をついた。
「そうなの? 科学の知識を得たからって何でも役に立つ訳じゃ無いのね」
期待していた成果が出せない事にミリアは落胆していた。科学――この場合は自然科学と呼ばれるが、自然現象の法則性を明らかにする学問である。どうして火が燃えるのか、又はなぜ物が下へ落ちるのかという疑問の答えを導き出す為の知識であって、法則を無視して何でも出来る為のものでは無い。
どちらかといえば、アレストラ世界には魔法がある為、法則を無視しているようにアレクには感じられる。魔力という未知のエネルギーがあるからこそ、火だねが無いのに火を起こせたり、鎌鼬を人為的に発生させることが出来るのだろう。
「記憶にあった世界では魔法なんてありませんでしたからね。このアレストラでもエテルノ様が降臨するまで存在していなかったのでしょう。もしかすると、大破壊時代以前のアレストラには科学という概念があったのかもしれまんよ?」
アレクはそう言って冷めたお茶で口を湿らせる。そんなアレクにミリアは口元を綻ばせながら言う。
「アレクは歴史学者みたいな事を言うのね。大人になったら、大破壊時代と神話時代にどんな文明があったのか探求していくのかしら?」
「どちらかといえば、何故ダンジョンが出来て魔物が生まれたのかを突き止めたいと思ってますよ。魔物と、魔物を生み出すダンジョンは人類に対する悪意を感じます。実際、エテルノ様が助けなければ滅んでいただろうから」
アレクは、それをするには力が足りないけれどと言い足すと、自嘲気味に笑った。
「力はこれから付けていけば良いわ。私が師として育てるのだもの。アレクなら卒業までに魔導師の称号を得られると思っているわ」
アレクにはそれだけの素質があると思っている。決して少なくない魔力量を持ち、他の魔法使いの放つ魔法よりも強力な魔法を使える。あとは魔導師としての知識と実力を認めさせることが出来れば良いだけだ。
魔導師と認められれば、年齢とは関係無く世間に認めら社会地位を得ることが出来る。貴族よりも立場は下だが、ある程度の発言力は持てるようになる。
「とはいっても、強力な魔法を見せつけるのは避けたいわね。国から注目を浴びてスカウトされれば平民である貴方が断ることは厳しいと思うから」
魔導師になる為には全系統の魔法が扱える事の他に、実力を見せなければならない。しかし、実力といっても戦闘能力を見せるだけが判断基準では無い。魔道具を作り、それが有用な物だと認められれば合格出来るのである。
戦闘能力が高い魔導師は、国の魔術師団に目を付けられやすい。隣国である帝国との緊張が高まっている今、騎士もだが強力な魔法を扱える魔法使いは最も必要とされている。貴族であれば王都に留まり指揮官となるべく教育されるが、平民の出身であれば国境付近で前線に配置されるだろう。
例えそうなってしまえば、アレクに自由は無くなり目的は果たせないだろう。だからこそ、ミリアはアレクに自分と同じく、魔道具を作る方法で魔導師となることを勧める。
「卒業までに魔導師となるなら、今から何を作るかを考えて取り組んでいたほうがいいわよ? アレクには何か創り出してみたいものは無いの?」
「何か……ですか」
ミリアにそう問われて、アレクは頭を傾げて考えにふけった。
このアレストラの世界には数多くの魔道具が存在する。明かりを灯す物や水を生み出す物などの生活に必要な道具類は大半が地球と似た水準まで揃っている。
「魔法を用いて色々と道具を作ってみたいんですけどね。大概の物は既にありますから」
足りないとするなら通信手段や、高速移動手段だが、そういった物は戦争の道具となり得る。
(そういう物じゃない、どうせなら魔法でしか実現できないような物を――)
そのとき、ふと頭に浮かんだのはアレクの眷属達の姿だった。この世界の魔法使い達は、前世で描かれていた者と違い、使い魔を持ってはいない事に気付いた。
「使い魔――」
つい、ぼそっと呟いてしまったアレクの言葉をミリアは聞き逃さなかった。
「使い魔? それはどんな物なの?」
「いえ、科学によって創り出した物じゃないんですが」
アレクは一言断りを入れてからミリアへと使い魔について説明をした。
使い魔とは、魔法使いや魔女が使役する動物や精霊、魔物の事である。絶対的な主従関係にあり、術者の目や耳となる存在だ。時には術者に代わり戦いを行う場合もある。空想の物語によく登場するそれらは、この世界に魔法があると知ったアレクが期待していたものだった。
「それは面白そうね。だけど精霊とか魔物を利用してというのは現実的に無理よ?」
精霊は妖精族であるエルフなどが召喚するが、人間には決して真似することが出来なかったそうだ。これは種族的な制約があるのだろうという結論に達している。
そして、魔物は知性が低く決して人の言うことを理解する事は無い。
「だとすれば、ゴーレムみたいな物を造るか動物を捕まえて使役する方法が良いのかな?」
「面白そうね! 私もとても興味が出たわ。方法はともかく、もう少し貴方の持つイメージを聞かせてちょうだい」
こうして、この日から二人は目標に向けて研究と実験を繰り返す事になる。この研究が王国の未来を左右することになるとは、この時点では神ですら予測し得なかった。
活動報告にて近況等のご報告があります。宜しければ御一読下さいませ。




