五十五話 加護.
難産すぎました
フィアが落ち着き、泣き止んだところでミリアは二人へと改めて頭を下げた。
「先程も言ったけれど改めて謝罪するわ。私がしっかりしていなかった所為でアレクは身を危険に晒したし、フィアは秘密を私に言わざるを得ない状況にしてしまった。本当にごめんなさい」
そう言って深く頭を下げるミリアに、アレクとフィアは慌てて頭を上げさせる。
「先生は悪くないって! 僕のやった事は完全な自爆だったんだから」
「私も何も出来なくて。ミリア先生が悪いって言うなら私やエレンも同じです! だから頭を上げて下さい」
二人にそう言われてはこれ以上頭を下げ続けるのも悪い気がして、ミリアは頭を上げて二人へ向き直った。
「次があれば、二度と無様な姿は晒さないと誓うわ。……二度とあんな大群には遭いたくないけどね」
「そうですね。あれは恐怖というよりも生理的に無理かも……」
ミリアの言葉に昨日の光景を思い出したのか、フィアもぶるりと身を震わせた。数ある魔物の中でもコックローチだけは違った意味で恐怖を振りまくようだ。
「こほん! それで、アレクの体質についてなんだけれど。本来ならば個人の加護なんて聞き出す事はないの。冒険者にしろ騎士団にしろ、誰が加護を持っているとかどんな奥の手を持っているかは大事な生命線だから。秘匿するのは当然の事ですからね」
女神より賜る加護に関しては、一般に知られている情報に偏りがある。『料理』や『鍛冶』などの生活に密接な関わりを持つ加護については公に情報が公開されている場合が多い。
しかし、これが戦いに有利となる加護になると、情報の殆どが秘匿されている。Sランク冒険者であるガルハートも加護を持っていると言われているが、その真偽を含めた詳細は一切不明である。知っているとすれば、極めて親しい者か冒険者ギルドのマスター。もしくはゼファール国の王くらいだろう。
「過去に加護持ちを権力者同士で奪い合って、その多くが戦争で命を落としてきたわ。だから加護持ちは自分が絶対の信頼を置く者にのみその情報を教えるの。言っておくけれど、例えギルドマスターや王に対してでも加護の全てを話すことは無いし、その義務も無いわ」
ミリアは紅茶の入ったカップを口元へと運びながらアレクを見た。
(アレクはそういった危機管理に疎いのよね。普通なら周囲の大人がそれを教えていくのだけれど。親を亡くしているし私がしっかりと教えておかないと)
忠告していなければ、権力者に問われてあっさりと喋ってしまいそうだとミリアは感じていたが、事実その通りになっただろう。フィアに既に話してしまっている事からもそれは窺えた。
「だから、フィアもアレクの加護を知ったからには絶対に誰にも喋らないように心がけなさい。もしアレクの加護が他の誰かにしられたなら……アレクを失うことになるわよ?」
ミリアの言葉にフィアは真剣な表情で頷く。
「さて、それを踏まえた上での話なのだけれど。アレクの加護がどういったものなのかによって今後の方針や対策を講じなければいけないと思うの。これからの学園生活においても、卒業してからの事も、ね」
「そうですね。フィアのお母さんの時といい今回といい……周囲に隠し通すのは難しいみたいで。僕としてもミリア先生やフィアに助けて貰えるのは助かります」
アレクはそういって二人に頭を下げた。だが、アレクにとってはここで一つの選択をしなければならない。それは、加護をどこまで打ち明けるかだ。
不死の事であれば既に二人は把握しているだろうから、伝えることに問題は無い。だが、眷属については全く別の問題である。しかし、学園でのこれからの生活や、卒業後も共に居るのであればいずれ伝えなくてはならない事案でもある。
アレクは少しの間目を瞑り、頭の中で言うべき言葉を探す。やがて二人の顔を交互に見てから口を開いた。
村で盗賊団に一度殺された事。そのときに発現したのが『不死』の加護である事をアレクは話した。死ぬ程の傷を受けてもかなりの速度で癒やされることや、魔力枯渇によって通常なら死ぬ場合でも、数時間の気絶のみで回復する事を二人に説明した。
ある程度加護の内容を予測していた二人はそれ程驚きはしなかった。嫌悪感のこもった目で見られる事が無かった事に、アレクは心から安堵した。
「その加護の事を知っているのは私たち二人だけなのかしら?」
「そうですね。人前で死にかけたのは、フィアの母親を救出した時と昨日の件だけなので」
アレクの言葉に、ミリアは少し考えてから一つの約束事をさせた。
それは、ダンジョンが再び開放されたとしても、今よりも深い階層へ潜るなというものだ。
もし次にアレクが重傷を負うような事態が起きれば、ランバートやエレンにも加護の事を知られる危険性がある。元々、ダンジョンの異変によって学園側より数週間から数ヶ月の間、生徒は立ち入りを禁止すべきという通達が明日にも発表されるだろう。しかし、アレクに限っては制限が解除された後に、積極的に潜るべきでは無いとミリアはアレクに告げた。
「ダンジョンへと潜るなという事では無いの。ただ、危険は避けて一層や二層を巡るだけでも戦闘訓練にはなるでしょう。あの二人には私から伝えておくわ。今回のこともあったし、納得するでしょう」
ミリアからランバートとエレンには根回しをするようだ。そうであれば、アレクには何も言う事は無かった。自分のことを考えて対応してくれるミリアに、申し訳ない気持ちになる。
「あの、アレク君は学園を卒業した後、どうするつもりなの?」
隣に居たフィアが、おずおずとアレクに問いかけた。フィアとしてはアレクと共に居たいと思っていた。だからこそ、アレクが卒業後どうするかが気になるのだった。フィアの問いにアレクは少しだけ考えてから自分の思いを話し始めた。
「元々、学園に入ったのは、理不尽な暴力から大切な人を守れるだけの力を得たかったからなんだ。その気持ちは今でも変わらないんだ。盗賊や魔物から自分や周囲の人を守れるだけの力を持つには、きっと学園での二年間じゃ足りないと思ってる。だから、卒業後も暫くは冒険者にでもなって各地のダンジョンにでも潜る事になると思う」
アレクはそこで一旦話すのを止めて二人の表情を窺う。アレクの村がどうなったか知っている二人は、どことなく心配そうな顔でアレクを見つめている。
「現時点で僕がやりたい事は二つ。一つは盗賊団『濡れ鴉』の行方を調べること。敵を討ちたい気持ちもあるけれど、殺してやりたい訳じゃ無いよ? 捕まえて正しい裁きを受けさせられればいいと思ってる。――もう一つは、ダンジョンがどうして出来て、魔物を生み出す理由は何なのか。これを調べていきたいなと思ってる」
前者は王都へ来てからずっと思っている事、後者はダンジョンへと潜るようになってから思い始めた事である。
一時間も過ぎたであろうか、話が一区切りついたところで三人の話し合いは終了となった。
当初の重かった空気は無くなり、フィアの表情も幾分か柔らかくなっていた。ふと、ミリアは何かを思い出したかのようにアレクに尋ねた。
「そういえば、昨日スライムに襲われた時にアレクは何をしたの?」
突然話が変わり、アレクは一瞬何のことを聞かれたのかわからなかった。首を傾げたアレクにミリアは言葉を足した。
「スライムに襲われた時にアレクの周囲に妙な魔力の流れを感じたわ。スライムの核を掴んだ後にその魔力の流れがアレクの足下へと消えていったように感じたのだけれど」
その言葉にアンの事を言っているのだと気づき、アレクは激しく動揺する。
「えっと、その……」
今は言わずに済ませようとした眷属に関わる事を問われただけに、何と言っていいのか思考がまとまらず口ごもる。フィアだけは何のことかわからずに首を傾げながら呟く。
「あのスライムにアレク君が襲われた時は私も驚いたな。よく耳の後ろなんて見えないところに核があるって気づけたよね」
その口ぶりは純粋にすごいと感心しているだけなのだが、指摘内容は鋭い。その言葉にミリアも頷き、更に追い打ちをかける。
「そうね。普通ならパニックに陥るはずが、見えない場所の核を瞬時に見極めた時に丁度感じたのよね。あの不思議な魔力を」
二人からの視線にアレクは冷や汗を掻きながら視線を彷徨わせる。そんなアレクの様子を見たミリアは苦笑しながらアレクに言った。
「まあ、無理に聞こうとは思わないわ。いずれ貴方が言ってもいいと思った時に話してちょうだい」
てっきり、追求されるものだと思っていただけに、アレクは拍子抜けした気持ちになった。だが、眷属の事を言うべきか迷っていただけに、ミリアの心遣いは嬉しかった。
「はい。いずれ話せるときがきたなら」
きっと遠くない未来に、二人に全てを話せるときが来るだろう。そうアレクは確信にも似た予感があった。
5/9 大幅に書き直しました
活動報告に書籍化に関する追加のお知らせがあります。宜しければ見て下さい。
今回の話はどのように書くかすごい悩みました。人間関係と加護についての話が終わればここまで悩まなくていいんですが……




