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五十三話 絶対零度.

 長く感じた――実際には三十秒にも満たない時間が過ぎた頃、やっと前方から吹きつけていた冷気の嵐が止まった。

 ランバートの身を張った守りと、ミリアの耐氷魔法によって無事だった四人はそっと盾の影から立ち上がった。アレクと大量の魔物がいた方向は、冷気によって靄で覆われており視界が遮られていた。


「アレク君?……ねぇ! アレクくん!」


 リールフィアは張り裂けんばかりに声を上げてアレクの名を呼んだ。

 だが、その声に応える声も動く影も無く、時だけが流れていった。

 やがて、冷気の靄は薄くなっていき徐々に視界が開けてきた。そこに四人が見たものは――見渡す限りが氷で閉ざされた世界と、全身を霜に覆われ倒れ伏すアレクの姿だった。


「アレク!」


 あまりの光景に呆然と立ち尽くす生徒たちよりも、ミリアが真っ先に我に返ると飛び出しアレクの下へと駆け寄る。アレクの皮膚やローブは極低温の冷気によって凍てつき、肉体には激しい凍傷を負っている。


「アレク! おい! アレク!」


 アレクの状態を診ていたミリアの傍へとランバート達が遅れて寄ってくる。だが、ミリアは厳しい声で生徒達に離れているように告げた。


「貴方たちは離れていなさい!」


 殆ど怒鳴るような物言いにランバートやエレンはびくりと肩をすくめる。ミリアの診た限りではアレクの容態はかなり悪い。脈は感じられず、呼吸もしているようには見えないのだ。


(皮膚だけでなく内部まで凍傷になっているのか……。呼吸が感じられないのは冷気を吸い込んだ所為? 私があんな魔物ごときに狼狽えた所為で!)


 焦る気持ちを抑え、アレクに回復魔法を施そうとしてミリアの表情がくもる。

 回復魔法は損傷した部位や機能を熟知していないと発動しない。漠然と全身を癒やせという使い方は出来ないのだ。火傷や凍傷にしても、一部ならまだしも全身の凍傷を一度に癒やす事はミリアにとっても難易度が高い。

 何処の治療を優先すべきなのか、そもそも死んでしまっているとすれば治癒魔法など効果は無いのだが。


「もうっ! どうすれば――」

「ミリア先生!」


 気ばかり焦るミリアの正面へとやってきたリールフィアは、呆然としていたミリアの肩を揺すった。仲間の死を味合わせたくないミリアは、リールフィアに離れるよう再度告げようとするが、それよりも早くリールフィアが口を開いた。


「アレク君はこのくらの傷じゃ死なないの。だからミリア先生も諦めないで」


 リールフィアはミリアにのみ聞こえる声で囁く。ランバートとエレンはといえばミリアから言われたとおりに少し離れた場所でこちらの様子を伺っている。

 ミリアにはリールフィアの言っている意味が分からなかった。


 きっとアレクが死ぬという現実に耐えきれずに、自らの願望を口にしているだけなのだと感じた。ミリアとて弟子にしてからたった一月しか経っていないアレクが、このような場所で死ぬなんて許容出来るはずは無かった。だが、少なからず人の生き死にを見てきたミリアには既に手遅れだという諦めが生じていた。


 そんなミリアの気持ちを感じたのだろう。僅かに逡巡した後、リールフィアはミリアへアレクとの秘密を打ち明ける決心をした。


「私の母の誘拐事件の時。アレク君は犯人から致命傷の傷を負ったんです。でも、そのとき彼は言ってくれたんです。『僕は死ねないんだ、そういう加護だから』って。そうしたらあっという間に傷が塞がって――」


 リールフィアの言葉にミリアは目を見開いた。そんなミリアに更にリールフィアは言葉を続ける。


「本当は私とアレク君との秘密だった。けれど、アレク君の師である先生ならこの秘密を、アレク君の秘密を黙っていてくれるでしょ?」


 想定外の言葉に暫し呆然としていたミリアだったが、はっと我に返るとアレクの状態を再度確認する。

 腕では脈を感じ取れなかったが、胸に耳を当てれば僅かに心臓の鼓動が感じられたのだ。次の瞬間、アレクの胸が僅かに上下し、呼吸を再開したのだった。





 自発呼吸が可能な状態まで回復してからは早かった。アレクの持つ自己再生能力とミリアの治癒魔法によって見る間に元の状態へと肉体は回復した。


 ミリアはエレンとランバートに対し、治癒が間に合ったので命に別状は無いとだけ伝えた。間近で見ていたミリアのリールフィア以外にはアレクの状態がどれだけ酷かったかなど知りようが無かった。エレンとランバートは純粋にアレクが無事出会ったことを喜び、ミリアの治癒魔法の腕を賞賛するのだった。


「うう……あ、フィア? ここは?」


 やがて目を覚ましたアレクに、リールフィアは強烈なビンタをお見舞いした。

 バチンといい音を立てて、アレクの目に星が飛び交う。意識が戻ったばかりで状況判断が出来ないアレクに、リールフィアは目元に涙を浮かべながらアレクに抱きつき叫ぶ。


「ばか! 死んじゃったと思ったんだからね! 何でいつもいつも無茶ばっかりするのよぅ……ぐす……ひっく」


 自分の胸で泣き叫ぶリールフィアに、アレクは自分が何をしたかを思い出した。恐る恐る見ると、ミリアは勿論ランバートやエレンも涙目になりながら少し怒った様子でアレクを見ていた。


「えっと。ごめん。加減を間違えちゃった」


 謝る言葉にしては軽すぎる言い方に、ミリアの拳骨がアレクの頭に炸裂したのだった。






 アレクが立てるようになった頃には、氷の彫像と化していたコックローチをランバートが全て砕き魔石を回収し終えていた。数百にも及ぶ作業は大変だっただろうが、ランバートは何も出来なかったからな、と自嘲気味に笑うと黙々と作業を行ってくれた。


 守護者部屋の奥からクリスタルを回収して地上へと戻った頃には、辺りは既に日が落ちて暗くなっていた。

 今日は祝勝会も反省会も無しだ。ミリアによって今日は全員帰って休むように指示が出された。


 本来であれば、二層クリアという事でシルフの気紛れ亭へと繰り出すのだが、流石にアレクが死にかけたとあって、誰も行こうとは言わなかった。



 別れ際、ミリアはアレクとリールフィアの二人に告げる。


「アレク。それにリールフィアは明日の昼、私の研究室まで来るように」


 アレクとしては今日の事を叱られるのだろうと想像がつく。だが、リールフィアまで呼ばれたのは何故かまでは分からなかった。首を傾げるアレクをリールフィアが申し訳なさそうに見ていた。





 翌日、言われたとおりにアレクはリールフィアとミリアの研究室へと向かう。

 移動の途中、リールフィアはアレクが昨日倒れていた間の事を話した。


「ごめんなさい。アレク君が死んだような状態でミリア先生が呆然としてたから、アレク君の体の秘密を話しちゃったの……」


 リールフィアの言葉に、アレクは二人が呼び出された事への合点がいった。

 遂に知られてしまったという気持ちと、それがミリアで良かったのかもという思いが交錯する。師匠と弟子として付き合っていく以上、いつかは気付かれた事だろう。そう考えれば早いほうが良かったのだと自分を納得させる。


 秘密を抱えるよりも、受け入れてくれるのであれば知って貰ったほうが良いとアレクは思う。それがリールフィアであったり、師であるミリアならばなおさらだ。


(少し前にエテルノに相談した事が無駄になっちゃったな)


 脳裏にエテルノの美しい姿を思い返していると、リールフィアがアレクの袖を引っ張った。何かと思い隣を向くと、頬を膨らませたリールフィアの姿があった。


「アレク君。今だれか他の女の人の事考えてたでしょ」

「え? いや、まさか。なんでそう思ったの?」


 アレクの考えていたことを言い当てたリールフィアに、アレクは誤魔化しながら尋ねる。女性というものは何故こう鋭いのだろうと前世の記憶も含めて思うアレクだった。

改稿後、やっと20万文字達成です^^;

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