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四十九話 成長したのは.

 ダンジョンとは城塞を築く文明が生まれる前は、外敵から王を守る最後の砦という役割をもっていた。細い坑道の中、大勢の兵士を一度に送れない為、護るに適していたそうだ。そういった意味から考えれば、この世界にあるダンジョンも何かを護っている事になるのだろう。


 どれだけ強い魔物が湧くとしても、大勢の冒険者や騎士達が一度にかかればひとたまりも無い。だが、ダンジョンの中では一度に戦闘が出来るのは五人から十人が精々である。過去には大量の冒険者と騎士を突入させたダンジョンで大量の魔物が下層から溢れだしてきて凄惨たる事態を引き起こしたという。


(明らかにダンジョンには意思があるって思える逸話だよな)


 二層へと移動したアレクは以前読んだ本の内容を思い出しながら独りごちた。

 謎なのは、何故階層を攻略すると次の層へ飛ぶ事の出来る水晶クリスタルが手に入るのかということだ。攻略を遅らせ下層へと到達させないようにするならば、一層まで戻らないと帰れないようにすべきであるし、下の層へ直接飛べる水晶なぞ設置すべきではない。


 可能性として考えられるのは、アレク達の為に用意されている物では無いという事だ。だとすればその存在は一体何者なのだろうと答えの見つからない状態になってしまう。

 何度ダンジョンに潜ってみても、謎は解けず深まるばかりのアレクだった。


「アレク君。考え事をしていると大けがをしますよ?」


 とりとめの無い事を考えていたアレクへミリアの叱責が飛ぶ。その声で慌てて目の前の光景に意識を集中し直す。水晶によって転移した場所は一辺が五メートルほどの広さの小部屋だった。

 部屋の出入り口は重そうな石戸で閉ざされていて、中から外の様子を伺うことは出来ない。


「さて、ミリア先生が言ってた様にスライムには注意しないとな。エレンは頭上に《ライト》を飛ばして奴が貼り付いていないか注意しておいてくれ」


 ランバートは緊張しながらもエレンへと指示を飛ばした。頭上からの襲撃にさえ気をつければ二層で自分達が苦戦する事はまず無い筈だと自負していた。


「わかった。少し先に灯りを飛ばして注意しておく」


 ランバートの指示にエレンは頷くと《ライト》で創り出した灯りを操作して天井付近へと浮かべる。天井までは三メートル以上ある為、もしスライムが居た場合はエレンが魔法で打ち落とすことになるだろう。


「よし。じゃあこの石戸を開けようぜ。アレク、手伝え」

「えー。すごい重そうなんだけど……」


 見るからに重量のありそうな石戸をランバートとアレクは必死になって開ける。初めて触れたように装っているが、アレクは既に二層を眷属達と共に攻略し終えている。その事を他の皆に知られないよう演技をする必要があった。


 因みに深夜アレクが潜った時は、石戸を開けるのは眷属のツヴァイとドライの仕事である。二人が簡単に開けていた為に、アレクが実際の石戸の重さを体感したのは今回が初であった。




 石戸を開けて部屋の外へ出ると、一層と同じ通路が左右に伸びていた。まさか最初から分岐になっていると思っていなかったアレクとミリアを除く三人が左右を交互に見て困惑顔になる。


「どっちに向かう? とは言ってもみんな初めてか」

「んー。こっちの方に進んでみよう」


 誰にでもなく呟くランバートに、アレクは左側の通路を指さして言った。左方向を指した根拠が分からない他のメンバーは首を傾げてアレクを見る。


「前に読んだ本で右手か左手を壁に付けてひたすら進めばダンジョンの出口に出るって書いてたんだ。別に右側でもいいんだけど、何となく左側に行こうと思っただけだよ」

「まあ、根拠はともかく進む方向さえ決まればいいんだけどな。じゃあそっちに進もう」


 ランバートは特に反対する必要もないので黙って左側の通路へと足を向けた。アレクが言ったのは俗に『左手(右手)法』と呼ばれる迷路を攻略する際の考え方の一つだ。勿論この世界にそういった考え方がある訳ではなく、前世の記憶に残っていたものだ。


 実はこの方法、必ず出口に辿り着くという方法では無い。迷路の構造によっては入り口へと戻される場合もあるし、勘に頼って進んだ方が早く辿り着く場合もあるので善し悪しなのである。

 ただ、この場合。アレクは進むべき道を知っているので、それを誤魔化す為に敢えてそう言っただけだった。誰しも、わざと遠回りをしたいとは思わない故の言葉であった。 



 隊列は一番前をランバートが歩き、その斜め後ろをリールフィア。その後ろをエレンとアレクが並んで進む形だ。予定通りエレンは光球で天井付近を照らし、正面はエレン以外の三人が注意しながら進む。十分も進むと、前方から小さな足音と共に獣の鳴き声が聞こえてくる。


「前方! 敵が複数近づいて来てるっぽい。エレンは戦闘エリアの天井にスライムが潜んでいないか先に確認して!」


 アレクの指示にランバートとリールフィアが臨戦態勢をとる。どうやら他のメンバーに比べ、アレクの聴力は小さな音を聞き取ることが出来ていたようで誰よりも早く敵の存在に気付くことが出来た。


「上にスライムは居ないわ! 安心してちょうだい」


 天井にスライムが居ない事を確認したエレンが叫ぶと同時に、前の通路から敵が姿を現した。

 灯りに照らされたその姿は、狂犬クレイジードッグと呼ばれる大型犬の姿をした魔物が六体だ。口からは涎をぽたぽたと垂らし近づいてくる姿は、まるで狂犬病にかかった犬のようだ。


「敵を分断するよ! 《フレア・ウォール》!」


 二層に出現する魔物の数が多いことを知っていたアレクは、躊躇うこと無く魔法を発動させた。上位魔法である炎の属性魔法を狂犬の群れのど真ん中に放った。アレクの放った魔法は地面へ着弾すると、左右に炎を伸ばし即座に高さ一メートルもの炎の壁を出現させる。突然生じた炎に魔物は混乱する事となる。


 炎の壁を境に三匹ずつに分断された魔物のうち、手前にいた三匹は炎に追い立てられるようにランバートとリールフィアへと襲いかかる。数が半分になったとはいえ、三匹同時に襲われてはランバートを抜けてアレク達へと狂犬が襲いかかって来るだろう。そう思った次の瞬間、ランバートが動いた。


「武技! 《盾強打シールドバッシュ》!」


 ランバートの叫びと共に、持っていた盾に魔力が集まるのをアレクは見た。次の瞬間、襲いかかって来た魔物の一体へと盾が叩き付けられる。


「ギャウン!」


 かなりの勢いでランバートへ向かっていた狂犬の一匹が、盾に弾き飛ばされて壁まで一直線に宙を飛んだ。体長が二メートル近い犬の姿をした魔物は、壁へとすごい勢いで激突すると、そのまま動かなくなった。生きているかは不明だが、これで二人に対峙する狂犬は二匹に減った。

 一連の光景を見ていたアレクは驚愕に目を見開いていた。ランバートが使用したのは武具に魔力を直接通して発動させる『武技』であることは間違いない。だが、一月前まで彼は武技を使えなかった筈だった。


「よし! この二匹は俺とフィアで抑える。アレクとエレンは魔法であっちの奴を頼む!」


 上手くいったのが嬉しかったのだろう、ランバートの口元には笑みが浮かんでいた。アレクと同様に驚いた顔をしていたリールフィアは直ぐに我に返ると狂犬の一匹に向かって斬りかかった。


「アレク君! 何時までも驚いてないで魔物を叩くよ。

 ――我願うは敵を穿つ無数のやじり――《アースショット》」


 エレンの発動した魔法に、アレクは再び驚かされる事になる。

 彼女が詠唱によって生み出したのは十を超える数の石のつぶてだった。土属性の初級魔法に《アースブリッド》があるが、それは一つの礫を飛ばすだけである。だが、エレンが今放った魔法は中級に位置する魔法で、複数の礫を同時に飛ばすことの出来る魔法なのだ。


「エレンいつの間に中級を――」


 呆けている場合では無いと分かっていても、アレクは驚いたまま立ち尽くしていた。



 たった一ヶ月。その間にランバートは武技を習得していて、エレンは中級魔法を習得していた。アレクとて下位属性であれば中級まで習得していたし、上位魔法である雷なども魔法を覚えてはいる。しかし、それは自分がミリアの弟子となったから得られたのであって、どこか特別なのだと思っていたのだ。

 そんなアレクの思考に追い打ちを掛けるように、今度はリールフィアが声を張り上げた。


「二人とも凄い。私も負けてられないわね。武技! 《連斬ダブルスラッシュ》!」


 気合いのこもったリールフィアの言葉に、アレクはまさかという思いでリールフィアの方を向いた。その目に映ったのは両手に持った短剣から放たれた二対の斬撃であった。

成長するのは主人公だけの特権じゃない

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