四十八話 ダンジョン二層.
学園の夏休みも残り数日。この日、アレクとチームメンバーの四人はダンジョンの入り口へと集まっていた。一ヶ月前に一層を攻略している四人は、今日と明日で二層を突破することを目標と決めていた。
久しぶりに見る皆の装備は、前回ダンジョンに潜った時と比べ多少の変化が生じている。
ランバートは鉄製の小手と中型の盾を新たに装着していた。
彼は前回潜った時に大鼠の突進を受け、腕を負傷してしまった。上位種とはいえども学園の一層に出る程度の魔物であり、一度の突進で片腕を使えなくなってしまったというのは騎士を目指す彼にとっては屈辱だった。
今ランバートが装備しているのは前まで使っていた小型の円形盾ではなく、五十㎝を超える菱形の盾である。重量は以前のものと比べ倍以上もあり、彼の年齢では重すぎて動きが鈍ってしまうのが普通だ。しかしランバートは体格に恵まれていた事もあり、この一ヶ月を新しい盾を苦も無く扱えるよう体を鍛えていたのだ。
それなりに重量のある盾はそれ自体が高い防御力を持つ。加えて腕だけでなく、脚で支える事も出来るし地面に突き立てれば大鼠程度では破れないだろう。そして、鉄製の小手を両腕に着けている。これは突進もさることながら、噛みつきなどで腕を怪我しないようにという考えからだ。
心なしか一月前よりも体が大きくなったように見えるのは気のせいでは無いだろう。アレク自身は身長に変化が無いので羨ましく思うのだった。
「ランバート。かなり頑丈な装備を持ってきたようだけど高かったんじゃない?」
アレクは自分と違い貴族であるランバートには要らぬ心配だとは思いながら尋ねた。
「いや、これは屋敷の倉庫に眠ってた奴を持ってきただけなんだ。親父が若い頃使ってた物らしくて勝手に使っていいって言われた」
アレクの心配を余所に、ランバートは軽い調子で答える。父親が騎士団長なだけあって、彼の家にはこういった防具や武器がある程度保管されているらしかった。一から自分で買い揃えなければならないアレクにとっては羨ましい限りだ。
「エレンのその杖も、もしかして?」
「うん? これは御祖父様から作って貰ったの。いいでしょ~」
自慢げに胸を張るエレンが持つ小さなワンドは、以前の木の枝のようなデザインとは異なり、某魔法少女が持っているようなステッキになっていた。先端には複数の宝石がはめ込まれており、色さえ塗れば魔法少女エレンとして売り出せそうだなとアレクは余計なことを考えていた。
元々、魔法使いの持つ杖というのは魔法発動時の集中力を高める為に用いられる。だが、今回エレンの持ってきたような宝石を埋め込んだステッキは属性魔法の威力を高める効果を持つ。また、宝石の代わりに魔石をはめ込む事もあり、その場合は術者の魔力が不足した際の緊急用として魔石の魔力を消費し魔法を発動させるのに使われる。
ただ、どちらのタイプでも値段が高く到底アレクには手が出せない金額だ。エレンの祖父が魔導師であり、自身で製作した物なので掛かった費用は材料費程度なのだろう。
「羨ましいね。僕もそのうちこの杖を加工して魔道具にしたいよ」
アレクはそう言って手に持ったイペの杖でダンジョンの石畳を叩く。見た目は木の杖だが石畳とぶつかった時の音は重く響く。その音は見た目以上に杖が重い事を他のメンバーに気付かせる。
「随分と重そうな杖だな。なんでそんな重い杖にしたんだ?」
「いや、魔法だけだと対処しきれない魔物もいるかもしれないでしょ? それに、接敵された時に普通の杖だと折れたり斬られたりするからね。この杖はイペっていう特殊な木で石材並に硬いんだ」
木材としては有り得ない程の硬さにランバート達は呆れる。しかし、鉄製のものよりも軽く木製よりも硬い為、アレクとしてはこの杖の事を気に入っていた。
「皆揃っているようね」
そんな会話をしていたアレク達の元へミリアがやってきた。どうやら今日の随伴員はミリアのようで、ランバートやエレンは一月前の厳しい指導を思い出して軽く身震いをする。
ミリアはアレク達四人を整列させ、ダンジョンへ入る前にいくつかの注意点を告げる。
「二層は一層と同様、動物型の魔物が主体です。ですが、それに加えて不定形生物であるスライムが時折出現します」
スライムとは、粘性の高い液状の魔物だ。その本体は透明もしくは半透明で、天井などに貼り付いた状態で獲物を待ち伏せる。そして獲物が真下を通ると、その体で獲物を覆い窒息させるのである。
「倒すには落ち着いて魔石を本体から抜き取るか、魔石そのものを砕くしかありません。普通に遭遇したならば特に問題ないのですが、覆い被さられた場合はパニックを起こしてしまいがちなので気をつけてくださいね」
毎年、二層へと進んだ生徒の何割かがスライムの洗礼を受ける。口を覆われれば魔法や武技も使えなくなる。『スライムを見たなら決して下を通るべからず』を合い言葉に進むのだが、時折他の魔物との戦闘中に襲って来るので非常にたちが悪い。
そして、学園のダンジョンでは窒息を狙うだけのスライムしか出現しないが、他のダンジョンや辺境の地では酸で出来た個体や毒の特性を持った個体が存在するそうだ。熟練の冒険者でも油断をすれば殺される恐ろしい魔物なのである。
「さて。注意点は以上ですね。さっそく二層へと向かいましょう」
説明を終えたミリアがアレク達を促す。だが、アレクを除いた三名は何か聞きたそうにミリアの様子を伺っていた。三人はお互いに目配せをして誰が質問するかを牽制しあっていたが、やがてエレンがミリアへと尋ねた。
「あの。アレク君がミリア先生の弟子になったって聞いたんですけど……」
その質問に当のミリアは何でも無い風に頷く。
「ええ、新学期と同時に告知が出されるし隠す事でもないですね。アレクは私の弟子としました。けれど安心してください。それを理由にアレクを優遇する事は決してありません。――逆に、私の弟子として恥ずかしくないようにビシバシと指導していきます」
「えー!?」
ミリアの言葉にアレクは叫び声を上げたがそれも当然だろう。夏休みまでにダンジョン内で受けたミリアの指導は、的確だが非常に厳しい指導だった。何人かの女子生徒などは涙ぐむほどなのだ。それを更に上回る指導などと言われては叫びたくもなるだろう。
エレンやリールフィアなどは口元を引きつらせてアレクから少しだけ距離をとる。ランバートも同情的な表情をしてアレクの肩を静かに叩くのだった。
三人の心の内は一つ。決して巻き込まれないよう細心の注意を払おうと――。
次回は久しぶりの戦闘回です




