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四十七話 怪しげな露店.

 市場には多種多様な露店が軒を並べている。食料品から生活雑貨までその品揃えは多種多様だ。中には何に使うのか全く分からないガラクタまであり、見ているだけでも楽しむことが出来る。


 ただ、男の買い物というのは必要な物を優先的に探し、目的外の品には殆ど眼をくれない人が多い。アレクもそんな性格らしく、必要な衣服を必要な枚数のみ買えば他の雑貨にはそれ程目を向けずに次の店へと足を向けていく。


『お父様。こちらのカップとかお部屋に……。あれ? お父様どちらへ行かれたのですか?』


 アンが並べられている品物から顔を上げれば、既にそこに主人アレクの姿は無い。慌ててアレクの元へと飛んでいくアンを尻目に、アレクは武器に使えそうな杖を眺めるのだった。


「うーん。強度的にこっちの奴がいいか? 打撃用には少し微妙な気も……」


 ぶつぶつと独り言を言いながら真剣な表情で杖を眺めるアレクに、店の主人は特に声を掛けるでもなく他の客を相手している。アレクとしても一々声を掛けられたり、商品を勧められるよりも自分で納得するまで選ぶ方が好きなので特に問題はない。


 結局悩んだ末、イペという聞き慣れない素材で出来た杖を買うことにする。堅いのだが普通の木よりも重く取り扱いが難しいため他の杖よりも安かった。その堅さは刃物が通らない程で、どのようにして加工したのか謎なほどである。しかし、これほど堅いのであれば剣戟を防いでも切断されることもないだろう。




 古着だが上質な服を買い、杖と皮の胸鎧を買えば銅貨二十枚が消えた。平民が一月に得る収入を超える額ではあるが、ランバートのように金属製の武具を購入するよりはだいぶ安くあがっている。杖は堅い木を削って加工しただけであるし、皮鎧も中古であり裏地を張り替えただけなので新品に比べ半値で購入できた。表面には細かな傷が付き色あせてもいるが、真新しい鎧を着ているよりは熟練者に見える為アレクとしては気に入った。


 必要な品を買い終えて一息つくと、次の目的である顔を隠せる何かを探しつつ生活雑貨などに目を向ける。実用的な物があれば買ってもいいかなという程度の気持ちだが、先ほどアンが目を付けたカップも仕方ないので買う事にする。こういった生活用品のセンスにはアレクは疎い為、基本的にはアンのセンスに任せることにする。



 暫く露店をみていくと、奥まった場所に胡散臭い雰囲気を醸し出した店がひっそりと並んでいた。全く客が立ち寄る気配もなく、店頭に並んでいる品はどれも呪いの品ではないのかと思うような物ばかりだ。


 怪しげなデザインの人形であったり、どこかの原住民が被っていそうな仮面を始め、怪しげな品揃えである。前世の記憶にある魔女が被るような帽子であったり、鋲がたくさん打たれた肩当てなど、この世界では考えられないようなセンスの装備品も置かれている。だが、アレクは敢えてその怪しげな店へと近づいていく。


「ひひっ! 坊やこんな店に何か用かい?」


 店の中には怪しげなローブを羽織った老婆が一人座っていた。いかにも魔女といった格好をした老婆は滅多に現れない客にからかうような声を掛ける。


「こんな店という自覚はあるんですね……。いや、失礼しました。なかなか興味深い品だなぁと思って。ゼファールでは見ない類いの品なのでちょっと気になって」


 声を掛けられたアレクは苦笑しながら店に並んでいる品を順に見ていく。ネックレスやイヤリングなどの装身具が並んでいるのだが、よくよく見るといずれも魔道具である事に気付く。

 魔道具といっても、光を放つ《ライト》の魔法が組み込まれているだけだったり、生活魔法で代用できるような物が殆どだ。だが、その魔法の用い方に興味を引かれる。


 例えば剣の刀身に向けて《ライト》が発動する剣だ。刀身が灯りで照らされることで剣を振ると剣筋がぶれて見えてしまう。この剣で攻撃を受ければ防ぐ方としては少なからず面食らってしまうだろう。使い方によっては相手の目くらましが出来そうだ。


 また、盾の表面に《ウォーター》で水を発生させるという物もあった。老婆に使い方を聞くと、火の魔法を使われた際に発動させる事で盾が燃えたり熱くなるのを防ぐのだそうだ。確かに使い道としては理に適っているのだが、普通に考えてそんな発想は思いつかなかった。


 他にも野営でテントの中に敷く布には、敷いた場所の土が僅かに隆起するという効果を持たせた物もあった。これは石や草などで凹凸の出来やすい場所で使う事により、土だけで出来た簡易寝台を作る事が出来るという便利道具らしい。加えて、雨が降っている時に周囲の土が高くなっている事で水が流れ込んでこないように考えられているようだ。



 一つ一つの魔道具は決して高くなく、その効果もよく考えられていた。生活魔法という誰しもが使えるようなものでも、考え方次第でこんなに便利な道具を作り出す事が出来るのだとアレクはとても感心した。


「すごいなぁ。こういった発想が出来るって尊敬しますよ」


 アレクは本心から老婆に言った。そこから二人は便利道具の話で盛り上がった。テントの内部に風を生み出す《ウィンド》を使って小さな虫が入ってこないようにしたらどうかとアレクが言えば、老婆は感心したように笑いアレクにあめ玉をくれたりした。


 二人は結構な時間を費やし盛り上がった。その間誰も客が来ないのだから商売として成り立っているのか些か不安になる。


「ひひひ。坊やは見所があるねぇ。そうだ! こんな道具もあるんだけど――」


 老婆がそう言って一つの箱をアレクに手渡して来た。アレクは受け取り箱を開けると、そこには金属製の奇妙な仮面が入っていた。

 その仮面は額から目までを覆う部分と、頬と鼻を含む口元を覆う二つの部位に別れていた。一目でそれが人の頭骨を模した物だというのが分かった。俗に言う『スカルマスク』である。


 決して趣味が良いとは言えず、普通の人であれば絶対に買わないようなデザインだ。アレクは首を傾げて「これは?」と老婆に尋ねれば、老婆は自慢げにマスクの説明をしてくれた。


「ひひっ。驚いたかい? これは昔ある貴族に頼まれて作った物なんだけどねぇ。残念な事に出来上がる前に相手方が病死してしまって手元に残ったままになった物なんじゃよ。口元を覆う方のマスクには《ウィンド》の魔法を使って声を変える事が出来る機能が付いているんじゃ」


 老婆の説明を聞きアレクは試しにとマスクを口元に添えて魔力を流してみる。


「あ~あ~。へぇ! 本当に声が変わりますね」


 ただでさえマスクを被っている事で声は変質するのだが、そこに《ウィンド》で風をおこすことによって普段のアレクとは全く異なる声が発せられたのだ。くぐもっていて、どこか反響しているような不思議な声にアレクは楽しくなった。


(ツヴァイやドライ達を連れてる僕がこれを被ったら、それこそ不死者の親玉だよね)


 元々老婆にこの仮面を頼んだ貴族は、身分を隠して出席するような怪しい夜会用に作らせたのだと老婆は言う。確かに顔と声で誰かはわからなくなるだろうが、こんな仮面では女性は寄ってこないだろうとアレクは思った。


「こっちの上半分には何か魔法が掛かっているんですか?」


 口元を覆っていたマスクを外し、何時もの顔を晒したアレクは老婆に尋ねる。だが、老婆は静かに首を横に振って否定した。


「残念だけど面白そうな魔法を考えつかんかったんじゃ。灯りで目を光らせようと思ったんじゃが仮面を着けた本人も眩しくなってしもうてのう……。逆に闇を生み出す《ダークネス》も同様に装着者が何も見えんという結果になってしもうた。正体を隠すという意味では完成しとるんじゃが、儂としては失敗作なんじゃよ、それは」


 アレクとしても何か面白いアイデアが無いかと考えてみたものの、結局何も思いつかなかった。それでもあれこれ考えているアレクに、老婆は言った。


「坊やにその仮面は譲ろう。儂はもう歳じゃが、坊やなら何か奇抜な事を思いつくかもしれん。儂の代わりにその仮面を完成させてはくれんか」


 老婆の申し出にアレクは暫く考えて了承した。自分でも何か思いつくかは分からないが、これからミリアの元で魔道具についても学ぶ事になるし、いずれこの仮面にも新たな機能を付けてみたいという気持ちがあった。


 この仮面だけ貰って帰るというのは申し訳なかったので、アレクは店にある便利道具を数点購入して老婆の露店を後にした。こうして、頑丈な杖と鎧に加えて怪しげな仮面を手に入れたのだった。


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