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四話 宿屋の主人ティルゾ.

 ゼファール国の中心である王都ゼルスは人口が十万人程の城塞都市である。


 中心にある城を幅十メートル程の水堀が囲っており、その外側に貴族の住む屋敷や重要施設が建っている。更にその外側となると煉瓦造りの商家や平民の住む木造の屋敷が煩雑と並んでいて、一番の外周を高さ五メートルの塀で覆っている。遠目に見るときれいな円形をした都市だということが分かるだろう。


 アレク達が王都へたどり着いたのは、ロハの村を出てから一週間が過ぎてからだった。オルグ達に連れられ、王都へ初めてやってきたアレクは、平原に現れた王都の街並みを見てとても感動していた。


(見事に中世の城塞都市だよな~)


 道中、レベッカに王都の話は聞かされていたので漠然とイメージはしていたのだが、やはり実際に見ると雄大な風景であった。今まで田舎の村でしか過ごした事の無いアレクにとって、初めて見る巨大な街に興奮が抑えれなかった。

 人口十万人と言っても記憶にある日本の都市から見れば驚く数字では無いが、人口が四十人程度だったロハの村に比べれば大都会だった。


 騎士団の一行と王都へ繋がる門へと辿り着く。アレクは門の横にある詰所に呼ばれ、簡単な手続きを済ませた。

 手続きが終わると、オルグはアレクへと話しかける。 


「では、アレクよ。これで登録は終わりだが、レベッカに宿まで案内させよう。私とは此処でお別れだ」

「はい。オルグ様にはお世話になりました」


 オルグへと挨拶をして別れたアレクは、これからの事に頭を馳せる。王都へと入った時点から騎士団の庇護下から外れてしまう。これからは自分の力のみで生きていかなければならないのだとアレクは握った拳に力を入れる。

 前世の知識があるとはいえ、僅か十三歳の自分がひとりで生きていくには厳しすぎる状況だろう。だが、二度と理不尽な死を迎えないくらいの強さを手に入れ、可能であれば殺された親や兄弟の敵を討ちたいと思っている。


(まずは学園に入学して力を付ける! そして盗賊団の情報を探ろう……)


 そんなアレクの真剣な顔を心配そうに横で見つめるレベッカの表情は曇っていた。

 十三歳の子供が一人で生きていける程この世界は優しくない。かといって自分が何かしてあげる事も出来ないという現実に無力さを感じていた。

 王都へ辿り着くまでの数日。アレクの寝泊まりしていたテントからうなされるような声が度々聞こえていると見張りの騎士から教えられていた。起きている間は元気そうに見えるアレクだが、心に大きな傷を負っている事は明確だった。

 たった数日だけ一緒に行動したこの少年に同情はしているが、騎士団へ入ったばかりの自分が出来るのはたまに様子を見に行くくらいだろうとレベッカは表情を曇らせるのだった。


 その後、詰所にて街に住む登録を済ませたアレクはレベッカに伴われて平民の住む区画の小さな宿へと案内された。

 詰所にて簡単な街の説明は受けたが、明日から早々に何処に何があるかを覚えなければ簡単に迷子になりそうだとアレクが感じる程王都は広かった。

 王城や貴族の住む区画は目立つからいいとしても、商業区や工業区、神殿や学院のある場所など覚えるべき建物は山のようにあった。それに、宿に暫く暮らすとはいえ、服や生活に必要なものを購入する店なども聞かなければ明日以降の生活もままならない。


「じゃあアレク君。ここでお別れだね。学園の入学希望者の受付は来月末までだから忘れないでね? 場所とかわからない事は宿のご主人に頼んでおいたからすぐ聞くんだよ?」


 レベッカは目にうっすらと涙を浮かべながらアレクの頭を撫でた。アレクは少し照れた表情をしながらも、ここまで送ってくれた事に礼を言い別れの挨拶を返す。


「レベッカさん。心配してくれてありがとう。学園に入れたらお手紙を書きます。レベッカさんもお仕事頑張ってくださいね!」


 アレクは努めて明るい表情で言った。王都に居ればいずれまた会う機会もあるだろうし、少なからず王都での生活は楽しみなのだ。

 学園に入れなくても最悪は孤児院への紹介状をオルグから預かっている。あとは入試を受けるまでに少しでも王都に慣れるのが自分に出来る準備なのだ。

 レベッカは何度も振り返りつつ宿を後にした。アレクもレベッカが見えなくなるまで手を振っていたが、姿が見えなくなると気持ちを切り替えて宿の中へと入っていく。





 レベッカに案内された場所は『シルフの気まぐれ亭』という小さな宿だ。部屋数も二階に六つしか無く、一階は食堂兼酒場になっているらしい。


「いらっしゃい。ここの宿を切り盛りしてるティルゾだ。泊まりかい?」


 宿の主人であるティルゾがアレクに声を掛けて来た。アレクが振り返ると二メートルはあろうかという体躯の男性が立っていた。アレクは見上げる格好になりつつティルゾの顔へと目線を向けると、ティルゾの頭には普通の人間には無い物があった。


(うわ~、ティルゾさんって獣人!?)


 思わずアレクは心の中で叫んでしまった。ティルゾの頭には犬の耳と思しきものがあったのだ。生まれて初めて見た獣人に珍しさと興味で耳から目が離せなくなっていると、ティルゾが不思議そうな表情で尋ねて来た。


「ん? なんだ、もしかして獣人族を見るのは初めてかい?」

「あ、すみません! 田舎の村だったもので。他種族の方を見たのは初めてだったんです」


 余程凝視していたようで、アレクは素直にティルゾに謝罪した。門から宿まで来る間は、考え事をしていた所為で、他種族の存在に気付いていなかったようだ。

 ティルゾは気にした風もなく手を振ると気にしないようアレクに伝えた。ティルゾはアレクに中に入るよう促し、食堂の横にあるカウンターへと案内した。


「それで、泊まりかい? それとも食事の客かな?」

「あ、泊まりです。僕はアレクといいます。一泊いくらですか? 宿に泊まるのも初めてなんで、そこから教えて貰えると助かります」


 子供らしくない丁寧な話し方だとティルゾには感じられた。近所の子供達に比べて成熟している感がある。だが、客商売を長くやってきたティルゾは余計な詮索をやめ、宿の値段を言った。


「うちは一泊鉄貨三十枚だよ。食事は一回鉄貨五枚で三食食べるならば十二枚におまけしてあげよう」


 ティルゾの説明にアレクは頭の中で計算する、学園への入試までは五十日あるので、それまで泊まる事になるだろう。全て食事つきと計算すると銅貨二十一枚になる。


「来月末まで泊まるので銅貨二十枚になりませんか?」


 アレクの言葉にティルゾは耳をピクっと動かしつつ驚きの表情を浮かべた。彼も宿屋と食堂を経営しているだけあって計算は出来る。だがそれは今目の前の少年が行ったように瞬時に出来るかといえば否である。必死に頭の中で計算をして三十秒程かけてアレクが行った金額を計算するのがやっとなのだ。

 ティルゾが必死で頭の中で計算している間、アレクは宿代を値切った事をティルグが怒っているのかと内心ビクビクしていた。少しでも手持ちのお金を減らしたくないという考えからだったのだが、この世界での駆け引きが初めてだったアレクにとって自分の提案が妥当なのかどうかの判断が出来ずにいた。


「えっと、駄目でしたら通常の銅貨二十一枚で……」

「え? あぁ、すまない。計算が追い付かなくてね。長期で泊まってくれるんなら銅貨一枚はおまけするよ」


 少年の言葉にティルゾは慌てて手を振った。ティルゾとしても来月末まで部屋が一つ埋まるなら割り引いてもさほど損は無い。


「じゃあ、五十日分だけど代金は先払いでいいかい?」

「はい、えっと銀貨しかないのですがお釣りあります? でなければ先に両替できる所を教えて欲しいんですけど」


 ティルゾは再び驚いた。年端もいかない少年が銀貨を持っているというのだ。先ほどからの言葉遣いや、世間知らずな様子と銀貨を持っているという事でティルゾは少年が貴族の子が家出でもしたのではないかと勘ぐってしまう。


「い、いや。宿や食堂をやっているからお釣りはあるよ。だが、君みたいな子供が銀貨とか簡単に口にしないほうが良いよ? 金を持っていると知れると変な奴に目を付けられかねない」

「あ、そうですね。失敗したなあ……。でも今回で銀貨を崩してしまえばあとは銅貨を使えるので大丈夫だと思います。心配してくださってありがとうございます」


 ティルゾの指摘にアレクは頭を下げた。村を出る時に自分で考えていた事なのに早速やらかしてしまった事にアレクは反省をしていた。アレクは懐から銀貨を一枚ティルゾに手渡すとお釣りとして銅貨八十枚を受け取った。


「世間知らずついでに教えて欲しいんですけど。魔石を買い取ってくれる場所って知りませんか?」

「ん、魔石かい? 魔石なら雑貨商のバンドンが取り扱ってたな。僕の紹介だと言えば余計な詮索とかされないと思うから行ってみたらどうかな?」


 教えて貰った情報にアレクは感謝してから割り当てられた部屋の鍵を受け取る。ロハの村を出てからの一週間、野営ばかりだったのでアレクの幼い体には、本人が知らない内に限界まで疲れが溜まっていたらしい。アレクがベッドに横になると程なくして小さな寝息が聞こえてきた。

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