四十四話 リールフィアの思い.
その日の夕暮れ時。魔法の勉強を終えたアレクがフィアの部屋から出てきた。自室へと戻るアレクを確認したレイアは、リールフィアの部屋の扉をノックする。
「フィアお嬢様。お勉強はお済みでしょうか?」
「ええ。丁度今アレク君は部屋に戻ったところよ」
すぐにリールフィアからの返事が返ってきた。レイアは一言断って部屋へ入ると当たり障りの無い内容から話しかけた。
「いかがです? お勉強ははかどりましたか?」
テーブルに置かれティーセットを片付けながらレイアはリールフィアへと問いかける。
「ええ。アレクは本当に魔法の才能があるのよ。友達のエレンも凄いけど、やっぱり別格だわ」
アレクの事を話すリールフィアは本当に楽しそうだ。レイアは幾つかの会話を挟みながらリールフィアの気持ちを探る。
アレクという少年はどのような人物なのか。どのように知り合ったのかと、既に知っている事をあえてリールフィアに尋ねてその反応を見るレイアだったが、聞けば聞くほどリールフィアはアレクの事を好ましく思っているのだという結論になった。
「――それでね! 蒼い炎が飛び出した時なんて、あのミリア先生ですら驚きを隠せなかったのよ。きっとアレク君ならミリア先生を、いいえ、王国で最高の魔法使いになれるんじゃないかしら!」
レイアの眼に映るリールフィアの表情は恋する少女のそれだった。まあ、本人は自覚できていないようだが。そんな気恥ずかしくなるような少女の思いを微笑ましく見ていたレイアだが、ふとフィアの表情が曇った事に気付いた。
「お嬢様? どうなされました?」
レイアの問いかけに、リールフィアは慌てて何でも無いと誤魔化そうとした。しかし、リールフィアが産まれる前からザンバート家に仕えているレイアの目は誤魔化されなかった。レイアはそっとリールフィアへと近づくと、共にベッドに腰掛けてじっとリールフィアを見つめる。
リールフィアからすれば、産まれた頃からお世話になっている侍女であり、自分の性格や癖なんかは全て知り尽くされている相手だ。いたずらや隠し事をしていると、何も言わずにリールフィアを見つめてくるのだ。無言の圧力とでもいうのか暫くやられると結局白状してしまうのだった。
「お母様が攫われた時ね、私は何も出来なかったの。アレク君が居てくれなかったら探し出すことも、助け出す手段も考えつかなかったと思う」
そう言うとリールフィアは静かに溜息を吐いた。他人へは秘密だという手段を使い母を探し出してくれた。そして自らの危険を顧みずに人攫い六人を相手に時間を稼いでくれた。母を助けて現場に戻ったリールフィアが見たのは、血だらけになり倒れたアレクの姿であった。
そして知ったアレクの体に起きた不思議。致命傷である怪我が瞬く間に治っていく光景は神秘的にすら思えた。だが、他の者が知れば気味悪がれたり利用しようとする者が現れることは想像に難しくない。そしてそれはアレクが一番恐れている事であるだろう。
アレクが学園に入ってから時折見せる他者との距離。その理由がそこにあるのではないかとリールフィアには感じられた。だからこそ、秘密を何でも無いことのように態度を変えずに接するように心がけている。きっと、恐れや嫌悪といった感情を見せればリールフィアの目の前からアレクが消えてしまうのではないかと思えるのだ。
この事は二人だけの秘密であるため、他の人に相談など出来ない内容だ。例えレイアや母、父だとしても言うつもりは無い。だからこそ、どうやってアレクとの間にあるだろう壁を取り除けるのかとリールフィアは悩んでいたのだった。
二度目の溜息を吐くリールフィアを、レイアは案じるように頭を撫でながら思案する。
(いつものお嬢様ならこれほど悩まずにまずは行動するでしょうに)
レイアにはこのうら若き乙女が何を悩んでいるかは分からない。出来るのはリールフィアの言葉から心の内を推察するしかない。だが、レイアとて伊達に三十路を越えて生きている訳では無い。この悩めるお嬢様の力に、僅かでもなれるよう助言をする事は出来るだろうと思っている。
「お嬢様はアレク様のお隣に立ちたいのですよね?」
レイアの言葉にリールフィアは黙って頷いた。その反応にレイアは自分の推測が間違っていないのだと確信した。恋心を自覚しているかはともかく、アレクの為に何かをしてあげたいとこのお嬢様は願っているのだと分かった。一方的に守られる立場ではなく、共に支え合って困っているなら共に悩んで未知を切り開けるようになりたいのだと。
(旦那様に尽くす奥様のように――)
いつまでも小さいままだと思っていた少女は、大人の女へと成長しようとしている。そのことを認識したレイアは自分がその分歳を取ったと気づき、口元を綻ばせる。
「彼を支え、共にありたいと思うのなら。まず、相手にご自分を見て貰わなければなりません。こちらだけが相手を見ていたのでは今の距離は縮まりませんから。お嬢様に危険な事はして欲しくは無いのですが、彼が魔法使いとして生きていくのなら、お嬢様は彼の剣となり盾とならねばならないでしょう」
本来であれば男女の立場が逆ですが。とレイアは小さく微笑みながら呟いた。
「お嬢様がアレク様に必要とされる女性となるよう、不肖このレイア。お手伝いさせて頂きます」
◆
リールフィアの部屋でそんな話がされているとはつゆ知らず。アレクは自室へ戻ると一息ついていた。既にこの屋敷で世話になってから五日が過ぎており、流石にこれ以上やっかいになるのは如何なものかと考えていた。
しかし、その事を口に出すとリールフィアのみならず男爵夫人のオルテンシアまでもがアレクを引き留めるのである。屋敷の使用人たちもアレクを邪険にすることも無く、まるで男爵家の一員のように扱ってくれていた。
使用人達からすれば、夫人が攫われた所に颯爽と現れ、あれよあれよという間に場所を特定。加えて全身血だらけの状態になりながらも主を救出してくれた少年は英雄であった。更には、お嬢様の思い人であるという噂も流れており、彼女らの接し方にも力が入っていたのだ。
そういった屋敷内の情報はアレクの耳にも入っていた。いや、アンが勝手に仕入れてアレクに伝えてくるのだ。
「どうやらお父様はフィア様の恋人候補と、もっぱらの噂ですよ?」
「は?」
初めてアンにそう言われた時は、間の抜けた声を上げたアレクであった。だが、その話を聞かされた後に周囲の様子を伺ってみると、成る程自分への接し方があからさまであった。
(フィアは別に嫌いじゃ無いけど……)
もし本当にリールフィアが自分のことを好きなのであれば、当たり前に嬉しいと思えるアレクだった。だが、アレクの抱えている異質な加護の事が素直に喜ぶことを妨げる。
全てを打ち明けるにはリールフィアの事を知らなすぎるとアレクは思う。彼女とは出会って僅か数ヶ月でしかなく、ミリアと違って師弟という関係でもないただのクラスメイトでしかないのだ。
親を失ったアレクにとって、親しい間柄の相手といえば『シルフの気紛れ亭』のティルゾとミミル。そして、師匠となったミリアである。次点でクラスメイトであり、チームメイトでもあるリールフィアといった所か。
ミリアには特殊な知識を持っていることを言ってある。そしてリールフィアには特殊な加護を授かっている事を告げた。二人とも決して他言はしないと誓ってくれてはいるが、全てを伝えるには時期尚早ではないかとアレクは考えていた。
「かといって、自分を信じてくれている二人に隠し事はなぁ……」
つい独り言を呟いてしまう。真実を告げて恐れられるのではないか、彼女らの家に知られて利用されるのではないかと危惧してしまう。
暫く悩み続けたアレクだったが、結局のところ結論は出なかった。
「明日にでもエテルノ様に相談してみようかな」
唯一アレクと秘密を共有しているあの女神であれば、何らかのアドバイスを授けてくれるのではないかと期待してしまう。
「こんな加護さえなければ素直になれるんだけどなぁ」
アレクの嘆きは誰も居ない部屋の中に静かに響くのだった。
活動報告にてご報告があります。
もし宜しければご覧下さい。




