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不死王の嘆き ~死神から呪福を貰い転生しました~  作者: 藤乃叶夢
第二章 ゼファール王立学園 入学
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四十二話 心の壁.

 アレクがザンバート家の別邸に世話になってから二日が過ぎた。アレクとしては寮に戻りたいのだが、体を心配したフィアやオルテンシアが強く滞在を勧めてきたため、未だ屋敷に留まっていた。


 この二日、フィアは常にアレクの傍らにいた。怪我が元から無かったかのように消えているとしても、アレクが瀕死の傷を受けたのは事実だ。フィアはアレクに何らかの後遺症が残っていないかと心配していた。

 しかし、フィアはアレクとの約束から誰にもその事実を告げておらず、傍から見ればフィアがアレクとの時間を欲しているように見えるのだった。実際、オルテンシアや屋敷の使用人達はアレクと一緒にいたがるフィアを温かい目で見つめていた。


 そんな周囲の思いに気付くことの無い当人達は、今日も二人揃って屋敷の中庭でリハビリを兼ねた柔軟体操を行っていた。


「アレク様。お客様がお見えです」


 アレク達が中庭にて身体を動かしていると、メイドの一人がアレクへと来客を告げた。客人として様付けで呼ばれている事に未だ慣れないアレクである。


「お客さん? だれだろう」

「ミリア・ナックス様と名乗られております。学園の教師であられるとか」


 アレクの疑問の声にメイドが答える。ミリアがやって来たと聞いてアレクは驚くが、恐らくは学園長から事件のあらましを聞いたのであろう。

 アレクが汗を拭いて急ぎ応接室へと向かう。中ではミリアが紅茶を飲みながら待っていた。


「すみません。遅くなりました」

「いいえ、急に押しかけたのはこちらだから。怪我をしたと聞いていたのだけど、元気そうね?」


 ミリアが学園長から事件のあらましを聞いた時に、アレクが怪我を負ったと聞かされていた。元気そうなアレクを見たミリアは、安心した表情で僅かに微笑む。

 アレクが向かいに座ると、ミリアは来訪した用件を告げる。


「事件の内容は聞いたわ。急を要していたから仕方の無い事だと思うけど、誘拐犯を倒したときに上位魔法を使ったのはまずかったわね」


 現場を検分した衛兵が氷や雷の属性魔法が使用された痕跡があると報告書にあげていたのが、学園長の耳に入ったのだ。その所為でミリアは学園長から何故アレクが氷属性や雷属性などの上位魔法を使えるのかと聞かれたようだ。

 本来、魔導師であるミリアは自由に弟子を取ることは出来る。ただ今回は教師として学園に所属している状態で生徒の一人を弟子に取ったため、普通であれば学園長であるシルフィードへと報告すべきだった。


「報告を怠ったとして学園長に叱られたわ。弟子にしてから一週間も経っていないのだから仕方ないと思うのだけどね」


 そう言ってミリアは苦笑した。アレクは自分が考え無しの行動をとったせいで、ミリアにまで迷惑をかけていることを思い知る。


「すみませんでした。つい頭に血が上ってしまって」


 アレクは頭を下げる。だが、ミリアは静かに首を横に振る。


「それは別にいいわ。荒くれ者を相手に手を抜ける状況では無かっただろうし。それに今回は貴族を救出する為だったのでしょう? むしろよくやったと褒められるべきだと私は思うわ」


 ミリアは学園長から叱られた事はなんとも思っていない。むしろ心配なのは人を殺めてしまったアレクが、心に傷を負っていないかであった。

 ミリアは暫くの間アレクと話をした。内容はたわいの無い事であったり、いつもの魔法に関する話であったが男爵夫人を救った時の話ともなるとアレクの表情に陰りが見えるようになった。


(やっぱり人を殺めた事を後悔しているのかしら)


 アレクの様子を見ながらミリアはそう感じた。例え悪人とはいえども人を殺すのはミリアですら未だ躊躇われる。きっとアレクもそうなのだろうと考えたミリアは、アレクへと慰めの言葉を口にした。


「アレクは人攫いの男を殺めた事を後悔しているの? でも、貴方が奴らを倒してくれたおかげで七人もの女性が救われたのよ。だから――」

「いえ。ミリア先生そうじゃないんです」


 ミリアの言葉を遮るようにアレクは口を挟んだ。アレクの口から出た否定の言葉に、一瞬だけミリアは呆気にとられた表情になる。アレクとしては人を殺めた事に少なからず後悔はあったが、その事については自分の中で決着はついていた。

 どう言おうか悩みつつも、アレクは暫く逡巡した後にミリアへと自らの思いを話し始めた。


「僕はあの時、怒りの感情のままにあいつ等を殺してしまったんです。初めは自由を奪って捕らえるつもりだった。だけどあの名前を出された瞬間、頭の中が真っ赤になって……」


 アレクはミリアに自分の村で起きた事を話した。生まれ育った村が盗賊団に襲われ、自分以外の住人が全て殺されてしまったことを。

 男爵夫人を誘拐した男達から、下手をすれば死んでいたかもしれないほどの暴行を受けてもなお、アレクはあの男達を捕らえるだけに留めるつもりだった。あの程度の相手であれば、アレクの《アースバインド》で十分拘束できた筈であったし、《アースウォール》で造り出した土壁で囲ってしまっても良かった。


 だが、濡れ鴉の名を出された瞬間にアレクの頭の中からその考えが消え去ってしまった。あの時、アレクの脳裏には皆殺しにされた村の光景と、下卑た笑いをあげながらアレクを殺した盗賊団の姿が思い起こされたのだ。


「あいつ等の事を思い出すと、自分の中から強い憎悪があふれ出てくるんです。また自分の感情を抑えきれずに力を振るってしまうんじゃないかって……。そんな自分自身が怖いんですよ」


 そう言って顔を伏せたアレクを、ミリアはじっと見つめる。


 アレクが何らかの理由があって学園に入ってきたのは知っていたが、そのような理由があるとは知らなかった。実際にアレクを保護した騎士団と、その騎士団長の息子であるランバートの発言によって知られることになったクラスメイト以外にはアレクの過去は知られていなかった。


 アレクの話を聞いてミリアは黙って立ち上がると、アレクの頭を自分の胸に抱きしめた。突然の行為に慌てるアレクに、ミリアは囁くように言葉を紡いだ。


「アレクはまだ十三歳でしょう? 周りの子よりはしっかりしているけれど、君はまだ子供なのよ。困ったり悩んだりするのは当たり前だし、私や周りの大人に甘えたり頼ったりしていいの」


 ミリアから見てもアレクはしっかりした子だった。否、しっかりしすぎていた。大人びた態度では居るが本来なら親が、周囲の大人達が見守ってやらねばいけない歳なのだ。きっと村から出てから誰にも弱音を吐けなかったのだろう。

 もちろん、あと一年でアレクは成人を迎え一人前と見なされる。だが、成人を迎えるというのはそれまでに大人になっていなければならないと同義では無い。そこから独り立ちし、経験を積んで徐々に大人になっていくという意味だとミリアは思っている。


 本来見守るべき大人が居ないとどうなるか。戦争などで孤児になった子供達は、今のアレクのように早く大人になろうとする。だが、その心の奥底にはどこか歪みが生じる事がある。それは平和に暮らす他の人間に対する妬みであったり、見当違いの憎しみであったりだ。決して孤児全てが歪みを抱えると言うつもりもないが、そういった側面があることも事実だ。


 アレクには見守るべき大人が必要だ。ミリアはそう強く感じた。


「アレクはもう少し甘えていいの。私は貴方の魔法の師だけれど、一緒にいたこの数日はとても楽しく過ごせたわ。ちょっとだけ弟のように思った時もあったのよ?」


 ミリアの言葉に、アレクは返事を出来なかった。言葉に出してしまうと自分の中で抑えてきたものが決壊してしまいそうだった。転生をし前世の記憶を持ったが故にアレクは八歳の頃から親や兄達から少し距離をもって接してきた。自分の肉親であると同時に、どこか他人のような感覚をぬぐえなかったからだ。

 失って初めてわかる家族の大切さは前世でも知っていた筈なのに、その前世の記憶の所為で逆に家族との距離を開けていた自分が許せなかった。自分は誰かに甘えたりする権利は無いのだとばかりに王都に来てから一人で頑張ってきた。

 だが、結果として宿のティルゾやミミルに親切にされ、道具屋のバンドンを始め様々な人に色々と教えてもらって今日のアレクが成り立っているのだ。そして今、屋敷の皆にお世話になってフィアや男爵夫人に気遣って貰い、ミリアにまで心配をかけている。


 前世の記憶、そして異質な加護を得てアレクは更に周りから距離を取ろうとしていた。そんな自分に何故皆はこれほどの優しさを向け、親切にしてくれるのだろうと戸惑いを感じていた。

 だが、ミリアの次の一言で皆の気持ちを知ることになる。


「決して貴方は一人じゃない。私や他の人もちゃんと貴方の事を見ているわ」


 押し黙ったままのアレクにミリアからの最後の言葉が紡がれた。『一人じゃない』――その言葉がアレクの心にあった最後の壁を取り除いた。知らずにアレクの目からは涙が流れてきた。

 村を後にしたあの日から決して流さないと決めていた涙だった。


「――あり、がとう」


 嗚咽で声にならないながらもアレクの口から出た言葉にミリアは静かにアレクの頭を抱きしめ続けた。普段表情のあまり変わらないミリアの顔には、慈しむような笑みが浮かんでいた。

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