四十話 怒り.
「お前ら、『濡れ鴉』を知っているのか……」
子供とは思えないような、腹の底から響くような声だった。目に見えんばかりの魔力の奔流と共に、アレクの眼が怪しく光始める。
「俺達に何かあれば、濡れ鴉が報復に来るぜ! それでもいいのか!」
状況を理解できていないのか、男の一人が喚き散らす。次の瞬間、その男の片足が消滅する事になった。
「――《エクスプロージョン》」
ぼそり、と呟いたアレクの魔法が男が立っていた場所に炸裂した。炎属性の魔法で、当たると激しい爆発を起こす魔法だ。
大きく地面が抉れ、同時に足を奪われ絶叫を上げながら男は倒れこんだ。それを見た他の三人は驚いてアレクから距離をとる。仲間のあまりの惨状に、動揺した一人がアレクへと叫ぶ。
「お前! 『濡れ鴉』を知らねぇのか!? あの人達にかかればお前なんて――」
「黙れ。――《アブソリュートコールド》」
喚いていた男は話の途中でアレクの魔法によって両足を絶対零度の氷で凍らせられた。次の瞬間、バキリと嫌な音がして男の両足が凍りついた部分から折れた。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
あっと言う間に二人が倒され、残った三人は油断なく身構えながらアレクの様子をうかがっている。そんな男たちを感情のこもっていない目で見ていたアレクは、小さく口を開く。
「お前らが『あいつ等』と関係あるかどうか、後でゆっくり聞かせて貰うよ」
そう言って、残った二人に《アースバインド》を放つ。
「ちきしょう! こんな餓鬼にっ!」
逃げることすら出来なくなった男達は口々にわめき散らす。アレクは片方の男へと近づくと、先ほどの話の真偽を問いただす。
「お前等は濡れ鴉の一味で合ってるんだな?」
「ひっ!?」
至近距離からアレクの威圧を浴びせられた男は小さく悲鳴を上げて失禁した。アレクは顔を顰めると、股間へと手加減した《アースブリッド》を放ち、男の意識を刈り取った。
残った一人は、その光景に冷や汗を大量に流しながら内股になる。
「答えろ。濡れ鴉の一味なんだろう? 正直に答えなければ手足を一本づつ砕いていくぞ」
「俺たちは関係ないんだ! そう言えば仕事が楽になるから名乗っていただけだ!」
アレクの問いかけに男はその場に土下座しながら謝ってきた。本当かどうか信じようが無いアレクは衛兵に捕らえてもらって尋問して貰おうと考えた。彼らならこの手の事には慣れているだろうと思ったのだ。
弱い電撃でも当てて気絶させようと魔法を放つべく手を向けたその瞬間、アレクの脇腹へと何かが突き刺さった。
それは短い矢だった。飛んできた方へと顔を向けると建物の影から一人の男がアレクへと小型のボウガンを向けているのが見えた。
「ぐっ……《ライトニングボルト》!」
アレクは矢を放った男へと雷属性の魔法を放つ。敵対してきたという事は、男たちの仲間なのだろう。何か用事で離れていたのが、帰って来る途中に騒ぎに気づいて、影から様子を伺っていたのだ。
アレクは歯噛みした。まさか、六人目が居るとは思わなかったのだ。
痛みの所為で、男を拘束していた《アースバインド》が解除されてしまった。アレクが目の前の男から目を外した瞬間に、立ち上がりざまにアレクへと隠し持っていたナイフで襲いかかった。
「死ね! 糞がっ!」
咄嗟に反応が出来なかったアレクの腹部に、男の持つ短剣が吸い込まれていった。
「アレクくん!」
フィアの悲痛な叫びが響いた。母親を応援に駆けつけたセバスへと預けたフィアは、アレクが来ないことに気づいて戻って来たのだ。フィアが来た時には、ちょうどアレクが刃物で刺される瞬間だった。
フィアの悲痛な声を聞きながら、腹を刺されたアレクは数歩後ずさっただけで、倒れる事なく立っていた。
「――あ?」
男は確かに手ごたえを感じていた。少なくとも、今この瞬間短剣は少年の胴体に突き刺さっており、誰が見ても致命傷に至る傷の筈なのだ。なのに、目の前のアレクは泣き叫ぶでもなく、立っているのだ。訝しんでいる男へと目を向けたアレクの表情は、怒りに染まっていた。
「……《ライトニングボルト》」
アレクの放った雷に打たれ、男は吹き飛ばされそのまま動かなくなった。
アレクは自ら腹部の短剣を抜き去ると、糸が切れたかのようにその場へと崩れ落ちた。
「アレク君!」
フィアが涙を流してアレクへと駆け寄る。
「ごめん……なさい……母を助けるために……アレク君、死なないで!」
フィアは涙を流しながら、アレクを抱きしめて治癒魔法を使い続ける。だが、内臓まで達した傷には《キュア》では効果が無い。
「――大丈夫、僕は死なないからね」
そう言ってアレクはフィアの頭を優しく撫でる。フィアが驚いてアレクの顔を見つめる。アレクの顔色はどう見ても悪く、出血の所為か色が白く感じられた。
アレクも自分に《リカバリー》や《リジェネレーション》を掛けようとするのだが、痛みと失血の所為で上手く集中ができないでいた。
「大丈夫……このくらいの傷なら……すぐに治る」
薄れゆく意識の中、なおも優しくフィアの頭を撫でるアレクだが、フィアからすれば自分を安心させる為の嘘を言っているようにしか見えない。こんな状態でも自分を案じてくれるアレクの優しさに、フィアの両目からは再び涙がとめどなく溢れる。
「皆には……内緒なんだけどね。僕ね……この程度の怪我ならすぐ治るんだよ……そういう加護でさ」
アレクはそう呟くと、シャツをはだけて傷口をフィアに見せる。腹部に開いた傷口は血を噴き出していたが、白い靄を立ち上らせながらゆっくりと癒着し始めていた。
驚きで目を見開くフィアだったが、不思議と不気味とか嫌悪という感情は湧いてこなかった。アレクが助かるのだという、安堵の気持ちでいっぱいだった。
「アレク君、助かるんだね? 死なないよね?」
徐々に目に力が戻ってきたフィアを見て、アレクは頷く。
「気を失うかもしれないけど……大丈夫だから。決してこの事は誰にもばれないように誤魔化して……二人だけの……秘密――」
アレクはそう言って気を失った。一瞬慌てたフィアだが、腹部の傷は殆ど見えなくなっており、出血も止まっていた。
フィアは、アレクの言った事が本当なのだと信じる事にした。
遠くから、セバスと衛兵が近寄って来るのが分かる。フィアは涙を拭い、《水》の魔法で傷口の辺りを洗い流すと、服を直して傷口を隠した。
(アレク君が大丈夫って言ったのだもの、私、信じるからね。……それに、アレク君のおかげでお母様は助かった。この秘密は絶対に守る!)
フィアは立ち上がると、衛兵に倒れている男たちを捕縛するように指示した。そして、セバスに馬車を寄越すよう命令して、アレクを自分の屋敷へと運び込むよう指示するのであった。
やって来た衛兵は、フィアの説明を聞いて男達を捕らえた。足を失った二人に関しては一応止血だけをするに留めた。少し離れた所で未だ燻った煙をあげている男の意識を確認しようと近づいた衛兵は、首に指を当てて調べていたが、首を横に振った。
「こっちの奴と向こうに転がってる奴は既に死んでる。しかし、すごいな。この人数をこんな子供が一人で倒したのか」
アレクの倒した男の内、二人が死んでいるという言葉に、ぴくりと肩を震わせたフィアだったが、どちらにしろ貴族への誘拐行為は死罪である。すぐに何事も無かったかのように振る舞う。
「では、その男達に関しては連行お願いします。私どもは一旦屋敷へと戻りますから、何かあればそちらへご連絡下さい」
セバスによれば、母であるオルテンシアは既に護衛に連れられて屋敷へと戻っているらしい。そうであれば、直ぐにでもアレクを連れて屋敷へと帰りたかった。
程なくして、セバスが馬車に乗って現れた。どうやら大きな通りで、荷馬車を呼び止め協力を要請したようだ。御者とセバスがアレクを荷台へと乗せ、フィアも伴って乗り込む。
衛兵が見送る中、フィア達は屋敷へと戻るべく馬車を走らせるのであった。




