三話 女騎士レベッカとこれからの計画.
村を出立してからのアレクは、唯一の生き残りとしてオルグ達騎士団の庇護下にあった。盗賊団『濡れ烏』のメンバーの顔を見た唯一の生き残りとして王都まで同行することになったのである。
当面は、周辺の調査と犯人である盗賊団の手がかりを探る為に騎士団に付き従う事になるが、いずれ王都へと戻った際は孤児院へ預けられる事になっている。
「アレク君、慣れない馬で大変だと思うけど我慢してね?」
アレクにそう声を掛けたのは騎士団唯一の女性であるレベッカだ。馬に乗ることに慣れていないアレクは、レベッカの後ろで腰に掴まりながら同じ馬に跨っていた。
「だ、大丈夫です。レベッカさんにはご面倒おかけします」
顔を強張らせつつ大丈夫だと言うアレクに、レベッカはクスっと笑いながら前方へと向き直る。レベッカはまだあどけなさの残る十五歳の少女だ。
肩口で切りそろえられた金髪と少し碧い目の美しい容姿で、他の騎士からも妹や娘のように可愛がられていた。
他の騎士と同様、本来はこの遠征は唯の訓練の筈だった。逗留していた町で盗賊団の話を聞いたときは予想外の出来事に困惑したものだ。
最初の村で惨状を見たときは顔を真っ青にして嘔吐したものだった。流石にロハの村へ来るまでで多少慣れたらしく、今回は吐かずに済んだ。
(慣れって怖いよねぇ……)
レベッカは溜息を吐くと、自分に必死にしがみ付いているアレクの事へと思考を切り替える。レベッカと年の近い子供が、村のたった一人の生き残りという悲しい現実がレベッカの表情を曇らせる。
(家族も知ってる人も亡くして、この子これからどうなるんだろう……)
レベッカは王都から少し離れた場所にある領主の娘である。さほど大きな領地ではないが領主の娘として何不自由なく育ってきた。もしも、自分の親や兄弟がこのような目にあっていたのならアレクのように立ち直れるだろうか?
(きっと悲しみと、これからの不安で何も出来なかっただろうな)
アレクに同情すると共に、同じような歳で必死に生きようとする姿に少しだけ尊敬の気持ちを抱く。
暫くして、背中のアレクから声が掛けられた。
「あの、レベッカさん。僕はこの後王都へとついていく事になるんですよね?」
「え? あ、うん。他に襲われた村が無いかを調査してから私たちは王都へ戻るわ。だから一緒に王都へと行くことになると思うけど……」
アレクの問いというよりも確認めいた言葉にレベッカは団長が話していた事を聞かせた。
「もし他に身寄りがいるなら連絡して迎えに来てもらうことも可能だけど。そうじゃないなら、王都の神殿が運営している孤児院に預ける事になっちゃうかな」
レベッカはアレクにとって辛い事とは知りつつも現状をありのまま伝えた。変にごまかしても王都へ着けば、身寄りのないアレクが生きて行くには、孤児院で生活するしか無い。
神殿という言葉に、アレクは一度死んだ時に暗闇で聞こえた声を思い出した。
(エテルノって名乗ってたっけ。神殿と力って最後聞こえたような……)
アレクはレベッカに神殿について尋ねる。すると、レベッカは神殿や神についての知識を語って聞かせてくれた。
この世界の神殿は、創造神であるイリエレスと、魔法神エテルノという女神を崇めている。イリエレスはこの世界を創造した神として。エテルノは、この世界が破滅の危機を迎えた際に降臨した神として祀られており、全ての種族、国家がこの二柱の神を崇めているのだと言う。
神殿は各地で、寺子屋のように平民の子供達に文字を教えたり、孤児院を運営しているそうだ。他にも、高度な治癒魔法を用いて施療院も経営している。
レベッカが話し終えてもアレクは無言だった。背中に居るアレクの表情が見えないので、泣くのではないかと心配になり再び声を掛けた。
「あ、アレク君?」
「いえ、すみません。ちょっと今後の身の振り方を考えてて……。身寄りは祖父母が居る筈だけど、何処に住んでいるか教えて貰ってなかったので探すのは無理ですね」
アレクはそう返事を返しつつこれからの事を考えていた。夢でなければ、あの時聞こえた声は女神様のものという事になる。だとすれば、神殿に向かうべきなのだろうかと自問する。
レベッカは「そう……」とだけ呟くと他の団員に遅れないよう馬の足を早めることにした。
(孤児院か……。ある程度大きくなるまでお世話になって何処か仕事に就くか?でも収支計算とかも出来るし直ぐにでもどこかでお金を稼ぐのも可能だ)
アレク家族の敵を取りたいと考えていた。また、今後似たような事態に陥った時に身を守る手段を得たいと考えた。
(記憶の中の自分も通り魔にあっさり殺されちゃってたし、やっぱり武力は必要だよな)
頭の中でそう結論付けるとアレクは再びレベッカに対し質問を投げかけた。
「度々すみません、王都には剣や魔法を覚えるような所……学校とかってありますか?」
「うん? そうね。王都には今言った、神殿が運営している寺子屋があって、読み書きを教えているわ。他には――冒険者を目指す人達が通う冒険者ギルドとか、商人になる人が通う商業ギルドがあるかな。私が卒業した王立の学園があるわよ。でも試験があるし学費が高いからアレク君だとちょっと厳しいかな? 私も小さい頃から家庭教師つけてもらってて何とかだったし」
「試験に学費ですか。……それぞれのギルドについても教えてもらっていいですか?」
アレクの質問に、レベッカは各ギルドについても教えてくれた。
冒険者ギルドとは、魔物を討伐したり、薬草や素材を依頼によって集めたりといったことを生業にしている、荒くれ者の集団を取りまとめたギルドである。
これはアレクの知識にあった一般的なファンタジーでいう冒険者ギルドと同じである。加入することで、初心者には戦闘の手ほどきをしてくれるそうだが、後は完全な実力主義らしい。
商業ギルドとは、全ての商売を行う上で必ず加入していなければならない組合である。宿屋や鍛冶師、薬屋など全てが加入している。未加入で商売することも出来るが、ギルドから睨まれ、客からも信用されないというデメリットがある。逆に、公に出来ない類の商売などは、あえて加入していないようだ。
「そうね……奴隷商とか、闇商人とか。このゼファールには無い筈だけど。他国ではそういった商売があると聞いたわ」
「奴隷ですか」
アレクは奴隷という言葉を聞いて顔を顰めた。実際に見た訳ではないのだが、どことなく嫌悪感がある。これが前世の知識から来るものなのか、生理的なものなのかは分からなかったが。
ゼファール国は奴隷を禁止しており、他国からの奴隷の入国も厳しく制限しているらしい。同じ人間の他、他種族を攫って奴隷にしたりする国もあるとレベッカも顔を顰めながら教えてくれた。
「えっと、あとは私の卒業した王立の学園だけど。貴族が主に入る学園で二年制ね。騎士や魔術師団を目指す人や、宮廷の文官や武官を目指すならここね。ただ、学費が高いのと、試験が難しくて平民の人は滅多に受けないけど」
レベッカは一旦そう言って話を区切ると、入試について詳しく教えてくれた。
「試験っていっても筆記試験と武術と魔法の適性試験ね。筆記試験は算術とか読み書きが出来るかね。私算術とか苦手だったから大変だったわ。費用は試験の時に銀貨一枚と入学時に一枚。一年毎に銀貨一枚ね。卒業までに学費で銀貨三枚は最低でも必要よ」
アレクは説明を聞きながら考える。手持ちは銀貨が二枚しか無いが、魔石を売ったり働きながらであれば学園に入学することも可能だと思える。
また、試験も実技でなく適性と算術ならば自分でももしかすれば合格できるかもしれない。
無難に冒険者ギルドにでも加入すべきだろうかとアレクは考える。節約して過ごせば、手持ちの銀貨二枚が無くなる前に、一人前になれるのではないだろうか。手ほどきをしてくれるなら、自分でも冒険者として生計を立てるくらいには成れるのではないかと考えていると、レベッカが口を開いた。
「そうそう、学園でなら武術や魔法は国で最高の教師陣が教えてくれるわ。魔法とかなら魔導師クラスの人が教師やってるから」
「魔導師って魔法使いと何か違うんですか?」
アレクは聞いた事の無い言葉に、レベッカへと尋ねる。
「魔導師って言うのは、魔法使いの更に上の称号ね。導師クラスじゃないと、魔法の指導はしてはいけない事になっているから」
その言葉を聞いて、アレクはとてつもなく興味を惹かれた。武術も学びたいが、魔法を扱ってみたいと、心が踊るのを感じる。
(才能については運を天に任せるとして……学園を狙ってみようかな)
いずれ力を付けるには、それなりの指導があったほうが身に付くだろう。冒険者ギルドで手ほどきを受けるよりも、確実に力を付ける事が出来そうだとアレクは考えた。
身の振り方の方向性が見えてきたのでアレクは少しだけ気が楽になる。まだ入園できると決まった訳でないのだが駄目だったらその時であるとばかりにレベッカにあれこれと王都の事や学園について質問を浴びせるのであった。
どうやら学園には寮が完備されており、そこは別途お金が必要で一月あたり銅貨十枚という事だった。
(魔石を売れば寮代は払えるかな?)
アレクは算術を使えばこの世界の商店で十分役に立つだろうし、同様に料理を作れるので食堂で手伝いをして不足分を補うことも可能だろう。
(最悪一年だけでも通えれば……)
アレクは馬に揺られながら、これからの事に思いをはせるのだった。
◆
数時間後、夕暮れとなり騎士達が野営の準備を行っている。
アレクはといえば、焚火に必要な枝を拾いに野営地の周囲を歩き回っていた。オルグもレベッカも黙って座っていて良いと言ってくれたのだが、アレクは自分に出来る事はさせて欲しいと頼み込むと、こうして枝拾いという雑用を割り振って貰った。
「あまり離れると獣や魔物が居るかもしれないから。奥まで行かないでね!」
心配そうにしているレベッカに見送られ、アレクは騎士団の目の届く範囲で薪を探す。
不思議と、周囲が暗くなってもアレクには周囲がよく見えた。まるで暗視カメラのように、緑色がかって見えるが、森の奥まで見通せるようになっていた。
「痛っ!」
野営地の近くにある小川の付近に生えている木の周辺を歩いて枝を集めていると枝先が指に刺さった。それ程深く刺さった訳では無く、小さな血がプクっと出る程度だったのだが数秒もすると刺さった傷口は跡形も無く消え去っていた。
(この傷の治りが異様に早くなってるのも、暗闇が見通せるようになったのも村で一度殺されてからだ。この原因も学園で調べられればいいんだけど)
あの時、盗賊の一人に喉を切り裂かれて死ぬまでは、怪我をしても人並みに時間を掛けて治っていた。しかし、一度死んだ時以降から怪我の治りが異様に早くなっていることに気付いた。
(こんな異常な事、言える訳ないよな。人としておかしいだろ流石に)
アレクはオルグの厳めしい顔やレベッカの美しい顔を脳裏に思い浮かべながら首を横に振る。傷の治りが早い事に加え、あの時以降アレクの髪の色と瞳の色も変化していた。
(髪の色だけなら恐怖の所為っていう話も聞くけど、目の色は何でこんな赤くなったんだろう)
アレクは答えの出ない自問自答を繰り返していたが、今は深く考えないようにしようと決める。指先に着いた血を枝にこすり付けると集めた枝を持って野営地まで戻る事にした。
アレクがオルグに連れられてロハの村を出立してから三日が過ぎた。ロハの村以降盗賊に襲われた村も無く、逃げている盗賊団の行方すら掴めない状態が続き、ついにオルグは王都への帰還を指示した。
とはいえ、盗賊団は別な衛士や冒険者などに依頼をだして捜索を継続はするつもりだ。身を隠すのに長けた盗賊とはいえ、大勢の手で捜索すれば何かしら情報は得られる筈である。
オルグとしては何の情報も得られなかったのは痛手だが、アレクが盗賊の内、数人の顔を覚えており似顔絵を描くことが出来たので全く収穫が無いという事もない。
この似顔絵を手配書として国中に張り出す予定なので今後の探索が、多少は容易になるであろう。
王都へと戻ってからの予定を、既にアレクはオルグへと伝えていた。駄目元で学園へ入学するつもりであること、駄目だった場合は諦めてオルグの言う孤児院へと行くので、念の為紹介状は貰っておく。
オルグは王都へ戻ってからも多忙なので、何かあった場合は窓口としてレベッカを訪ねて来るようアレクに伝えた。とはいえ、一介の平民がそうそう騎士様に面会できる訳でもないので、よほどの事が無ければ行かないほうが良いだろうとアレクは思った。