三十二話 ミリアの過去.
「さて、そろそろ休憩は終わりだ。まだ入って一時間程度だからもっと奥へ行こう」
そこへ状況を読まないランバートが口を開き立ち上がる。身悶えしていたフィアは我に返ると慌てて立ち上がる。そんなフィアを見ていたアレクとエレンも立ち上がると、カップをリュックサックへと戻す。
「フィア、大丈夫? なんか顔が少し赤いけど」
「だいじょうぶ! さっ、頑張って先に向かおう」
フィアの挙動が心配になったアレクが声を掛けるが、フィアは顔を合せないようにしつつ先へと向かうべく荷物をまとめた。一度自覚してしまうと相手の顔は中々見れないものである。
休憩中は談笑していたリサとガルハートだが、やはり冒険者らしく行進中は一切口を開かない。隊列を組んで進むアレクに、アンが念話で囁いてきた。
『お父様。先ほどリサさんがガルハートさんに話していた内容に、治癒魔法に関する情報がありました』
『へぇ。さっきランバートに唱えた《リカバリー》とは別の?』
前を歩いている他の三人に気付かれないように、アレクはアンへと思念を返す。どうやらリサはガルハートへ自分がどこまで治癒魔法を使えるかを話していたようだ。アンの報告を聞くと、先ほど使った《リカバリー》のように中度の怪我を癒す魔法の他に、《キュアポイズン》という毒を中和する魔法や、《リジェネレーション》という部位欠損や内臓破損の再生魔法も使えるようだ。どうやら神官としてかなりの腕前らしい。
もっとも、本来なら古代語を知ったからと言って効果は出ない。だからこそ、リサはガルハートに気軽に話したのだろう。事実、ガルハートも聞いたからといって使えるわけではない。
だが、アレクには前世での知識がある。内臓の大まかな臓器と機能に対する知識や筋肉や骨格については学校で習っていた。メディアで得ていた知識もあり、完全とは言わないがある程度の効果を発揮することが出来るのではないかと思っていた。
『成るほどね。怪我、毒、欠損に対して処置できるなら大概の事態には対処できそうだな。アン、ありがとう。……でも、あまり盗み聞きはよくないよ?』
『畏まりました。相手は選びます』
アンはアレクが嗜めると、そう言って念話を止めた。相手を選ぶという事はリサは対象外と暗に言っているのではないかとアレクは思い苦笑する。
そんなやり取りをしつつ、徐々にダンジョンの奥へと進んでゆく。
結局、この日は鼠タイプの魔獣の他、狼や蜘蛛の魔獣に遭遇し撃破した所で帰還する事になった。狼相手では、素早い動きにフィア以外の反応が遅れて幾度か引っ掻き傷を負ったりした。生活魔法の《キュア》でも治療が可能な程度であり、アレクが皆の怪我を治してしまい、仕事を取られたリサがいじけてしまったりという出来事があったくらいで、特に大きな問題も無く探索は終えた。
おおよそ半日ぶりに地上へと戻ったアレク達は、大きく伸びをして外の新鮮な空気を吸った。
「よし。初日としては合格点だ。素材と魔石は購買に持っていけ。白と黄色でも多少金に交換してくれる筈だ」
ガルハートはそう言って解散を宣言した。この日持ち帰った魔石は、白が十八個と黄色が一個である。素材は狼の毛皮が三つのみだ。購買で売却したが、素材含めて鉄貨五十枚にしかならなかった。宿に一晩泊まれる金額にはなったが、貴族である三人から見れば僅かな額だ。
「シルフの気まぐれ亭に行って打ち上げをしよう!」
ランバートがお金の使い道を提案すると、フィアとエレンも賛同した。四人で食べれば一回で消えてしまいそうだが、アレクも皆と共に騒ごうと決めて、同意した。
この日、ランバートがハンバーグを三皿も食べたり、フィアとエレンがデザートを食べまくった所為で、あっさりと今日得た収入が消えてしまったのは言うまでもない。
ダンジョン攻略二日目、ダンジョン前に集合していた四人の前にやってきたのは、教師であるミリアだけだった。本来、共に来る筈の神官の姿が見えず、アレク達は困惑してミリアに尋ねた。
「あれ? 今日は神官様は来ないのですか?」
エレンが代表して尋ねると、ミリアは相変わらずの無表情で肯定の意を示した。
「ガルハート先生は治癒魔法を使えないので神官を呼びますが。私は使えるので大丈夫です。神官に依頼するのも安くは無いので、経費節減です」
その言葉にアレクは驚いた。ミリアは導師クラスの魔法使いでは無かったのか。神官とは医療技術もある程度学んでいなければ、正しい効果は出ない筈だ。驚いている四人を見て、ミリアは事も無げに言った。
「家が神官の家系だっただけです。私は魔法使いのほうが性に合っていたので……」
そう言って少しだけ表情が曇った。何となく事情を察してしまったアレク達はそれ以上聞くのをやめた。
(たぶん、魔法使いになるって家ともめたりしたんだろうな)
アレクはそう思うも口には出さなかった。よくある事だが、家が代々何か特定の職業についていると、その子供は家業を継ぐものという風潮が強い。継ぐ継がないでもめるのはよく聞く話である。
「では、行きましょうか。今日はしっかりとエレンとアレクの魔法の上達ぶりを見せて貰います」
そう言われた二人は動揺する。ミリアは魔法に関して妥協しない性格だ。下手に手を抜いたり気の抜けた魔法を使っていると怒られるのだ。
絶望に打ちひしがれている二人を見て、ランバートとフィアは心の中で合掌する。純粋な魔法職の二人と違い、フィア達は前衛職なので対象外だ。助けを求めるような視線を、見ていないふりをしつつ、二人は逃げるようにダンジョンへと入って行った。
「アレク、状況によって魔法を使い分けなさい。エレン、魔法に集中し過ぎて周囲の状況判断が疎かになっています。それでは不意打ちに対処できませんよ」
ミリアの叱責が二人へと降り注ぐ。指摘は的確なのだが、絶えず言われると辟易してくる。
最初は他人事だったフィアとランバートも、魔法使いとの連携についてあれこれと指摘されて、げんなりし始めていた。
ガルハートの指導は褒めて伸ばすだが、ミリアは叩いて伸ばすの方針のようだ。
昨日のような大鼠や、蜘蛛と狼を数匹倒したところで一旦休憩という名目の反省会となった。
「昨日、ガルハート先生から聞いていた通り、連携は上手だと思うわ。だけど、敵との相性によってどう戦うか変えるべきね」
ミリアはそう言うと、敵との相性について語った。例えば、狼や鼠のように動きの素早い敵なら、魔法使いに近づかないように足止めが優先となる。だが逆に、蜘蛛のように巣を張って待ち構えていたり、初動が遅い魔獣であれば前衛は近寄らずに魔法での攻撃を優先させるなどだ。
「それと、敵を見つけたからといって、突っ込むのは減点ね。前に出た前衛が他の魔物を呼び寄せる場合もあるわ。すると、倒せる許容量を超えて、あっと言う間に死ぬわよ」
その言葉に覚えがあるのか、ランバートが指先で頬を掻いた。盾役である彼は、敵を見つけると真っ先に飛び出していっていた。
色々と指摘が多かったが、意識して戦うことによって夕方に近づく頃には、だいぶ様になってきていた。
(指摘自体は的確なんだよね。ただ、あの無表情で言われるとくるものがあるなぁ)
アレクは心の中でボヤキながら魔法を放つ。すると、即座にミリアから叱咤が飛ぶ。
「アレク君。余計な事を考えながら戦う余裕があるようですね」
その言葉にドキッとする。ミリアは人の心が読めているのだろうかと思うほど的確だ。思い返せば、授業中でも生徒の考えを読んだかのような発言をすることが多々あった気がしてくる。
アレクは余計な思考を止め、戦闘に集中すべく気持ちを切り替えると、また一匹の蜘蛛を魔法で撃ち落とした。
この日、四人が解放されたのは完全に日が落ちてからだった。昨日の初日に比べると、疲労度が半端ではなく、地上へと戻った四人は力無く地べたへと座り込んだ。
「まさか、あれだけ言った事に全て対応して戦えるようになるとは思いませんでした。厳しく指導しましたが、貴方たちは他のチームよりも根性も能力もありますね」
そういってミリアは少しだけ口元を綻ばせた。どうやら、指摘した全ての事に対して、動きを直してくるとは思っていなかったようだ。
他のチームは途中で泣き出したり、戦意を挫かれた生徒が居たりと、散々な結果だったらしかった。
(そりゃ、あれだけ言われれば普通挫けるって……)
四人は口にこそ出さなかったが、同じ事を思っていた。ランバートは意地になっていたが、何度か血管を浮き立たせていた時があったし、エレンですら目が潤んでいた時があった。
フィアとアレクはそこまででも無かったが、やはり精神的にくるものがあった。それでも、やり遂げたのは皆意地になっていたからだろう。
「ミリア先生。もう少し優しくしてくれてもいいんじゃない?」
フィアがぽろっと零す。その発言に怒るかなと思い、アレクはミリアを見た。だが、予想に反してミリアの表情はどこか悲しそうだった。
「優しくする事で皆さんが死なないのなら、私もそうします。けれど、学園から一歩外へ出たなら、私達教師は何もしてあげれないんですよ」
ミリアはそう呟くと、ぽつりぽつりと昔の話をしてくれた。
ミリアがまだ学園の生徒だった頃、当時指導してくれた先生達は、とても優しい人達だったそうだ。ミリア達生徒も、その優しさに守られながら育った。
だが、学園を卒業する間際に、力試しとばかりに生徒のみで学園外のダンジョンへと潜ってしまったのだと言う。
ミリアも当然一緒だった。既に自分たちは成人の魔法使いと同等か、それ以上の実力があると思っていた。慢心していたと言ってもいいだろう。そんな彼らを待っていたのは、厳しい現実だった。
「学園のダンジョンに居る、魔物が弱いのは授業でも話ましたね。実際、外のダンジョンの魔物はここと段違いの強さと能力を持っていました。それはそうよね、子供が挑むダンジョンと大人が挑むダンジョンだもの」
ミリアは一旦言葉を切り、目を伏せた。
「チーム毎に別れて、一層、二層と潜っていくと大きな部屋に突き当たったの」
どうやら、ダンジョン内ではランダムでエリアボスと呼ばれる魔物が出る部屋が出現するらしい。学園のダンジョンでは発生しない為、ミリア達はその事を知らなかった。
教師たちも、まさか生徒のみで外のダンジョンに潜るなんて思っても見なかっただろう。卒業までに教えれば良いと思っていたのだと後から聞かされた。
「私達が中へと入ると、そこは既に血の海だったわ。同時に潜っていた他のチームが先に挑戦したらしくて……全員が見るも無残な姿で転がっていたの」
ミリアはそこまで口にすると、両腕で自身の体を抱きしめた。当時の事を思い出しているのだろう。
「私達は運よく、二つのチームが同時にその場に辿り着いたの。逃げ出す事もできず、ひたすらエリアボスへと攻撃を繰り返して……結局、ダンジョンに入った二十人で、生き残ったのは私を含めて六人だけ。……私たちの姿が見えない事に気付いた先生達が、あちこちで聞き込みをして、ダンジョン内に居た私達を探し出すまで、私達は級友の亡骸の中で泣いていたわ」
アレク達四人は言葉も無く、じっとミリアの話を聞いていた。若さゆえの過ちと言うには、あまりにも凄惨すぎる結果だ。
この事が原因で、学園の教育方針は大きく変更を迫られる事になったのだと言う。現実の厳しさを早めに教え、決して慢心させないよう徹底して教育を施すようになったのだと。
当時生き残った六人も、ミリアが代々神官の家系で、幼い頃より治癒魔法を教えられていたから生き残ったのだという。下手をしたなら、自分たちもあの骸の一つになっていたかもしれないのだと、ミリアは呟いた。
「だから、私達のような愚かな生徒を二度と出さないように。私は他の教師よりも厳しいと嫌われても、皆さんに生き残って貰う為にあえて言うようにしているの」
そう言い終えると、ミリアは今にも泣き出しそうな表情でアレク達を見た。話を聞いていたフィアとエレンは涙をぽろぽろと零して嗚咽を漏らしている。アレクとランバートも、ミリアの過去を聞いて、ミリアへと抱いていたイメージを改めようと思った。
「さて、恥ずかしい話をしてしまったわね。もう日が落ちているし解散しましょう」
そう言い残すと、ミリアは背を向けて学園の建屋へと歩きだしてしまう。アレク達は慌ててミリアの背後を追いかけるのだった。
涙をぬぐいつつ、慌ててミリアの後を追いかける。
そんなアレク達は、背を向けたミリアの口元に、どこか悪戯めいた笑みが浮かべられている事に、誰も気づく筈もなかった。




