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不死王の嘆き ~死神から呪福を貰い転生しました~  作者: 藤乃叶夢
第二章 ゼファール王立学園 入学
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三十一話 上位種との遭遇.

 四人は気を引き締め直し、大鼠から魔石を回収する作業へと入る。大鼠は売れそうな素材が無いので解体の必要が無い。フィアとエレンも慣れたとはいえ、好んで解体はしたく無かったので嬉しそうだった。

 当然のように魔石は白であった。ダンジョン内であるので魔石だけ抉り取って死骸は放置する。

このまま一時間もすると自然と消えていくのだそうだ。


 一通りの処理が終わって安堵していると、不意にアレクの脳裏に声が聞こえた。


『お父様。通路の先からこちらを伺っている魔物の気配があります。ご注意を』


 それは影の中に隠れていたアンからの念話だった。はっと意識を周囲に向け、アレクは皆に注意を促した。


「みんな! 前方に何かいる」


 一瞬きょとんとした三人だが、直ぐに戦闘態勢をとり前方へと注意を向ける。そんな四人にガルハートは驚いたような視線を向けた。


(マジか。あれの気配を察知できるとか、その歳で有り得んだろ)


 ガルハートは最初から奥に潜んでいるものの気配を感じていた。四人が気付かなかったら手を出して「先生凄い!」と尊敬の眼差しを向けられる予定だったのだ。隠れている気配は駆け出しの生徒が気付くようなレベルでは無い筈なのだ。

 不意打ちが無理だと分かったのか、光の届いていなかった場所から一匹の魔獣が歩み寄ってくる。今倒した大鼠よりもさらに一回り大きく、体が赤茶けた鼠だった。


「あれは……大鼠の上位種?」


 出て来た魔獣を見てエレンが呟いた。先程倒した大鼠よりも禍々しい魔力を放っている。


「まさか、学園のダンジョンには上位種はいないって!」


 アレクも驚いて叫んでしまっていた。だが、さっきの大鼠と同時に現れなかった事を今は幸運に思うべきだと気持ちを切り替えて他の三人を安心させるべく声を発した。


「大丈夫。相手は一匹だよ。さっきの大鼠よりは手強いだろうけど四人がかりならいける!」


 アレクの言葉に各々が頷いてくる。普通の個体よりどの程度強いかは分からないが、一層で出てくるのだから無茶なレベルでは無いと信じたい。


(問題は突進された時にランバートが耐えれるかだな)


 そう考えたアレクはランバートへ補助魔法を掛けることに決めた。補助魔法とは、筋力や敏捷度などの肉体的能力を上昇させる効果を持つ魔法である。他にも、集中力を上げたり、魔法の威力を底上げする魔法などもある。アレクはまだ三か月しか魔法を習っていない為、それ程効果の高い魔法は使えない。だが、現時点で《武技》を使かうことの出来ないランバートにはアレクかエレンが掛けてやるしかない。限られた手数の中で最善の魔法を選び、ランバートへ魔法を放つ。


「ランバート! 補助魔法行くよ。《ストレングス》!《タフネス》!」


 アレクの放った魔法の効果により、ランバートの体を薄い光の膜が覆う。《ストレングス》は対象の筋力を僅かに上げる事が出来る。《タフネス》は持久力や耐久力を僅かに上げる魔法である。


「フィア! 我、願うは風の如く舞う翼――《クイック》!」


 アレクと同時に、エレンもフィアへと補助魔法を放った。エレンが放った魔法は対象の敏捷度をあげる。早く走ったり、反射速度があがる魔法だ。

 詠唱破棄のアレクと同じタイミングで唱えたという事は、アレクよりも早くに同じ考えへと辿り着いたのだろう。やはりエレンは状況判断が速いなとアレクは感心する。

 二人の魔法が終わった直後、大鼠のボスが突進してきた。ランバートは剣を逆手に持ち替え、左腕の盾に右手も添えた。そして重心を低くして大鼠の突進を正面から待ち受ける。

 大きな音を立ててランバートの盾と大鼠の体躯が衝突した。魔法の効果で筋力と持久力が上がっているにもかかわらず、ランバートの体は三メートル程引きずられる事になった。

 勢いが落ちたところへ、フィアが大鼠の側面へと切り込む。一発、二発と攻撃を加えているが致命傷には程遠いようだ。


「この鼠、硬い!」


 フィアが泣き言を口にする。皮下脂肪の所為なのか、筋肉が厚いのか刃が中まで通らないようだった。エレンは慌ててフィアへと《ストレングス》を唱える。


「突進は厄介だ!《アースバインド》」


 アレクが先ほどと同じく束縛系の魔法、《アースバインド》で大鼠の移動を止めるべく魔法を発動させた。身動きができなくなった大鼠にランバートが剣を突き立てる。が、ランバートの様子がおかしい。盾を持っている腕が力無く垂れており、見ると苦痛に耐えるように歯を食いしばっていた。


「ギィィィィィ!」


 補助魔法で筋力の上がっているランバートの攻撃は、硬い皮膚を突き破ってそれなりに深い傷を負わせたようだ。大鼠から耳障りな鳴声があがる。その側面からはエレンの魔法を貰ったフィアが曲刀で足や首などに連続して攻撃を繰り出していた。


「ええい!」


 フィアの攻撃は素早い。《クイック》の補助魔法がかかっている所為もあるだろうが、ランバートが一撃当てる間に四回は攻撃を繰り出している。先ほどよりも深い傷があちこちに増えていき、大鼠からの出血が無視できない量へと達する。そこへ、エレンとアレクの放った《アースブリッド》がとどめとなり大鼠のボスは地面へと沈んだ。


「ランバート!」


 魔獣が倒れると、ランバートは剣を手放して左腕を抑えた。それを見たアレクが叫びながら近寄っていく。


「最初の突進で……腕をやられた」


 その言葉を聞き、フィアとエレンも駆け寄ってランバートを囲んだ。フィアとエレンが周囲を警戒している間に、アレクは左腕に固定された盾の留め金を外してゆく。


「リサさん! 回復をお願いします」


 エレンが離れていたリサへ治癒魔法を掛けるよう声を掛ける。リサは駆け寄るとランバートの腕の状態を確認する。


「折れては……いないようね。ヒビが入ったのかしら。大丈夫よ、直ぐに治すから……我、願うは生命の息吹――《リカバリー》」


 ランバートの腕に添えられたリサの腕が僅かに光を放った。数秒程してリサが手を離すと、ランバートから苦悶の表情が消え、不思議そうに自分の腕を見ていた。


「すごいな。さっきまでの痛みが嘘のようだ」

「すごいでしょ! これが初級の治癒魔法、《リカバリー》よ。軽度の裂傷、骨折くらいならこれで治す事ができるわ」


 ランバートの呟きにリサは得意げに魔法の効果を語って聞かせた。アレクも説明を聞きながら、そのくらいなら自分の知識でも使えそうだな、と古代語ルーンを覚える事にする。


『アン。さっきは助かったよ。連れて来てよかった』

『いえ。お役に立てたなら嬉しいです』


 アレクは念話でアンへとお礼を言うと、アンはどこか嬉しさを滲ませた声で返事を返した。当初は連れてこない予定だったが、アンに言われて連れて来ていた事が結果的に自分たちを助ける結果となった。

 もし、敵に気付かなかった場合。魔獣に不意打ちを喰らった可能性が高い。体格の良いランバートですら盾越しに受けて骨にヒビが入ったのだ。下手をすれば一撃で戦線離脱となっただろう。

 赤い大鼠の額にある魔石を見ると、黄色の魔石だった。やはり一層では売却できるような魔石は出ないのだなと諦めつつ、魔石を抉り取る。


 思わず連戦となってしまった四人は疲れた体を休めながらも、先ほどのように完全に気を抜かないように周囲に目を向けるようになっていた。そんな四人を見てガルハートは口を開く。


「アレクはよくあの魔物に気付いたな。正直気付かないかと思ってたが見直したぞ。流石に連戦だときつかっただろう。俺が周囲を見張っておくから気にせず休め」


 ガルハートの厚意に甘え、四人は力なく石畳へと腰を下ろすのであった。

 やはり初の実戦という事もあり、アレクも知らない内に緊張していたようだ。石畳へと腰を下ろすと急激に喉の渇きを覚えた。荷物から木製のカップを取り出し、他の三人にもカップを出すよう促す。


「喉が渇いたね。水出すからカップ持ってたら出して」


 それぞれが自分の荷物からカップを取り出したのを確認してアレクは生活魔法で水を注いだ。ややぬるめの水を飲みながらアレクはいつも思う。


(やっぱり冷水は出せないか……。導師級の魔法で氷を出すしか無いのか)


 幾度となく試してはいるものの、生活魔法の《ウォーター》で冷水や熱湯を出す事が出来ずにいた。こればかりはイメージだけではなく、該当する古代語ルーンを知るまでは無理なのだろうと半ば諦めている。

 喉の渇きを癒したアレクは自分たちの代わりに見張りをしているガルハートとリサへと視線を向けた。

 リサも冒険者をしていただけあって、ダンジョンにも慣れた様子でガルハートと楽しげに談笑している。女性に話しかけられ喜んでいる姿を見て、英雄と呼ばれる彼もこうしてみるとただの男なのだと感じる。


「ガルハート先生って独身だっけ?」


 アレクの呟きにフィアが気付き答える。


「確か独身の筈だよ? どうしたの……って、あれ・・かー」


 フィアはアレクの見ていた方を見ると二人のやり取りに気付いて僅かに眉を顰める。


「生徒の前では止めて欲しいよね。……アレク君も女の人に言い寄られたらあんな風に鼻の下を伸ばすの?」


 急に自分へと向けられた質問に狼狽えながら、アレクは慌てて首を横に振る。


「いや。僕は一人の女性と決めたら他の人とは一線引くから」

「そう? ……ならいいけど」


 フィアは暫くアレクの表情を伺っていたが、嘘は言ってないと分かったのだろう。どこか嬉しそうな表情でカップの水を飲みほした。


(こっちの世界は重婚出来るんだっけ。自分にはそんな器用な事、出来そうに無いけど)


 アレクにとって、結婚とは前世の一夫一妻が常識として頭にあった。だが、フィアはこの世界の貴族の娘として、一夫多妻を前提に物事を考えていた。


(アレク君はまじめだなー。こういう人となら幸せになれそうなのに……って! 私なに考えてるの!?)


 突然身悶えし始めたフィアにアレクは驚く。フィアは小さな頃から貴族の子女としての教育を受けている。当然、重婚が当たり前だと教えられていた。

 フィアの父親も領主として正妻とめかけめとっている。夫婦仲も左程悪くなく、妻同士の仲も良好な家庭に育った為、理想とする男性像は父親のように誠実である人だった。

 成人ともなれば、親に嫁ぎ先を言い渡されるかもしれないとフィアも分かっていた。だが、出来るのなら自分の好ましい人と添い遂げたいと思っていたのだ。



 自覚の無かったアレクへの好意に気付いてしまい、恥ずかしさにくねくねしているフィア。それをエレンが生暖かい目で見守っていた。


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