二十九話 魔物の解体実習.
午後となり、いつものグラウンドでは無く学園の敷地の片隅にアレク達は集められた。
少し離れた所には学園保有のダンジョンの入口がある。何故この場所かと言うと、魔物の解体を実演するにあたり血が地面に染み付いても問題の無い場所が選ばれたからだ。周囲は小さな草が生い茂っており、多少血で汚れても目立たない場所だ。
「これから魔物の解体を体験して貰う。獣タイプと亜人タイプだ。血がでたりと生臭い光景となるが、これからの人生で避けて通れない道だ。まずは俺がやるからしっかり見ておくように」
ガルハートの言葉に女性陣は既に青い顔をし始めていた。男子も目の前に置かれた魔物を見て嫌そうに顔を顰めている。ガルハートが用意した魔物は、狼の魔獣とゴブリンと呼ばれる亜人の魔物だった。最初に魔物の特徴である額の魔石や、目の白濁した状態をアレク達に見せ魔物であることを教える。次に一本のナイフを取り出しながら、説明を始めた。
「解体の手順だが。素材や討伐証明部位と呼ばれる箇所を切り取る。そして額の魔石の回収だ。素材をはぎ取った後の死骸はダンジョンであれば暫く放っておけばダンジョンに吸収されて消える。外であれば可能な限り燃やすか土に埋めることが望ましい」
ガルハートはそう説明すると、手際よく狼の毛皮を剥いでいく。綺麗に剥げば価値は高いが、乱雑にして傷だらけにすればそれだけ二束三文に価値は落ちるそうだ。
「ま、何事も経験だ。数人で分かれて一体づつ解体してみろ。狼はこの一番長い牙を一組として、ゴブリンは両側の耳が討伐部位だ。素材は狼の毛皮だからな」
ガルハートはそう言うと、解体用のナイフが入っている箱をアレク達の前へ置く。生徒は一本づつナイフを手に取ると、思い思いのメンバーに分かれて魔物の解体にあたった。アレクも共にダンジョンに潜るランバートやフィア、エレンと一体のゴブリンと狼の前に移動した。
「私、こういうのは苦手……」
「私も」
フィアとエレンは嫌そうに顔を顰めている。ランバートは平気そうな顔だったのでアレクは経験があるのか尋ねてみた。
「ああ。俺は親父に解体まで習ってるからな。そういうアレクも平気そうだよな」
「僕も父さんの狩りに連れていかれた事があって、獣なら解体の経験があるからね。流石にあっちの亜人系はやった事無いけど……」
アレクはそう言って離れた場所に置いてあるゴブリンの山を見る。かなりの数が置かれている事から察するに、あれも自分たちに解体しろと言われるんだろうと悟る。嫌そうな顔をしながら、まずは目先の魔獣だとアレク達は目の前のゴブリンに目線を戻す。
「僕やランバートがやってもいいけど。それだとフィアやエレンが何時までも出来ないからなぁ」
アレクがそう言うとフィアは目を潤ませ胸の前で手を組んだ姿勢でぷるぷると首を横に振る。可愛らしい仕草に、一瞬自分が全部解体してもいいかなと思ってしまうが、ランバートの冷たい視線に気付き頭を振って誘惑を振り払う。
「こうしよう。フィアとエレンでゴブリンの耳を削ぎ取ってくれたら。狼の皮を剥ぐのは僕とランバートでやる。これを僕らでやるならフィア達に向こうのを解体して貰う事にするけど。どうする?」
少し意地の悪い言い方だとは思うが、アレクがそう言うとフィア達は目の前の狼とゴブリンを見比べる。
「ゴブリンでお願いします……」
程なくしてフィアとエレンは観念したようにゴブリンに手を伸ばした。教師の指導でゴブリンの耳を削ぎ取っていく。綺麗な手が緑の血で汚れるのは見てて忍びないが、解体で手袋をしていては手元が狂うのでかえって危険なのだ。
「うぇぇ……。終わったよー」
涙目でフィアが告げる。アレクは二人を褒めると魔石を抉り出して死骸を引きずって脇に寄せる。これは後からまとめてダンジョンに捨ててくるらしい。
続けてアレクとランバートが狼を解体する。牙を根元から取り外し、毛皮を剥いでいく。これはアレクが慣れていたので他の班よりも早く終えることが出来た。
「よし! 全員終わったようだな。今回具合が悪くなった奴も、数回やれば嫌でも慣れる。今週はずっと魔物の解体だからな。しっかり頑張れよ」
ガルハートのその一言でクラス全体から悲鳴があがる。こんな授業が後四日も続くのかとアレクも顔を顰めた。毎日解体の訓練が出来るほどの魔物の死骸をどこから持ってくるのだろうかと不思議に思う。一年生の人数が百人であり、五人くらいで一体だとしても毎日二十匹である。
「ガルハート先生。何所からこれだけの魔物を持ってきてるんですか?」
「ん? こいつらは俺が午前中に学園のダンジョンで狩った奴だ。来週からの夏休みに備えてダンジョンに異常が無いか調べるついでにな。魔道具の鞄ってのがあってな。値段は異常に高いが、かなりの物量が入るんだ」
アレクの質問にガルハートは楽しそうに答えてくれた。普通ならこれだけの魔物を狩るにはそれなりに苦労するだろうが、彼は出会い頭の一撃で一匹づつ仕留めたと事も無げに語って聞かせた。
何よりもアレクは魔法の鞄の存在に驚いた。《空間》魔法を扱える導師級の魔法使いならば自在に操れるらしいが、それ以外は魔法の鞄を手に入れなければならなく非常に高い。
相場として金貨一枚程はするらしく、中級の冒険者では手が出ないらしい。
「だから安心して解体していいぞ? 不足しても直ぐにもってきてやるから」
ガルハートの言葉に生徒達は更に悲鳴を上げるのであった。
夏休みが近づく中。アレク達は教室の片隅で話し合いをしていた。その内容とは、『いつからダンジョンに潜るか』である。つまり、夏休みの計画を練っていた。夏休みにダンジョンに潜るとしても、神殿の神官か教師の一人を伴わないと入れないので、予定表を提出するようミリアに言われたのだ。
「僕は特に予定が無いけど。皆はそれぞれ家の予定とかもあるでしょう?」
そう言ってアレクは三人の様子を伺う。自分とは異なり、三人とも貴族なのだから色々と付き合いもあるだろうとアレクは思っている。
それにしても、とアレクは女性陣の顔を見る。ランバートは元からだが、フィアもエレンもこの一週間で一皮剥けた顔つきになっていた。とはいえ、綺麗になったという方向ではなく、精悍になった方でだが。
(やっぱり魔物の解体とか経験しちゃうと、多少の変化はあるよね)
この数日、ひたすら午後は魔物と魔獣の解体だった。始めの頃は吐いたりしていた二人だが、三日もすれば慣れてきたのか最初の頃よりも顔色を変える事も無くなっていた。
「俺は初めの此処と……この辺りは予定がある」
「私も。この辺りにお母様が王都へやって来るらしいので」
ランバートとフィアがそれぞれカレンダーに予定を書き記していく。次いで、エレンも自分の予定を書いていく。書き込まれたカレンダーを眺め、アレクは四人が集まれそうな所に大きく丸を付けていく。
「そうすると……この辺りで三日と、休み明け直前のこの辺りの四日かなぁ」
こうして見ると、ダンジョンに潜れそうな日はそう多くは無い。アレクとしては、もっとダンジョンに入り浸るような日々を考えていたのだが、やはり貴族であれば予定も多いのだと改めて実感した。
「悪いな。俺としても少しでもダンジョンに潜ってみたいのだが。色々と予定が……」
「いや、仕方無いよ。 こうして見るとフィアとかもお茶会とか呼ばれてるみたいだし。付き合いは大事だよね」
すまなさそうに謝るランバートに気にしないでと首を振った。すると、今度はフィアが溜息を吐きながら愚痴をこぼす。
「別にお茶会なんて行きたくないの。でもお父様のお知り合いの方の娘とかに呼ばれちゃうとねー」
どうやら単にお茶を飲むだけではなく、色々と愛想を振りまいたり顔色を窺ったりと大変らしい。ふと、アレクは気になった事をフィアとエレンに尋ねた。
「そう言えば。二人は自分の家には帰らないの? フィアは確か離れた所に領地があるんだよね?」
「領地に帰るとなると一旦親が王都に迎えに来てからになってしまうわ。護衛からお世話してくれる人達まで含めると十人以上の規模になっちゃうから滅多な事じゃ帰れないの」
「そうね。王都へ迎えに来て領地へ帰って。学校が始まる前にもう一度送り届けて、更に帰らないといけないものね。二往復ともなるとかなりお金も掛かるし、卒業するまでは無理じゃないかしら?」
アレクの問いかけにフィアとエレンが帰れない理由を話してくれた。旅をするにはそれなりに危険が伴う。
「じゃあ。この予定でダンジョンに挑戦するって事で良い? 最初のこの日までに武器や防具を各々揃えるって事で」
「なら前日に皆で集まって、消耗品や薬の買い出しは一緒に行かないか? 購買で大概の物は揃うが折角だ。王都で皆で買い物でもしよう」
アレクが予定をまとめていると、ランバートが提案をしてきた。すると、フィアが笑顔で賛成した。
「いいわね! 皆で色々とお買いものしましょう」
ダンジョンで必要そうな物を買うのだが、フィアの表情はまるで服でも買いにいくかのようだった。フィアを除く三人は苦笑しつつ日程を決めた。
 




