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二話 騎士団長オルグ.

「くそっ! ここもか。……これは、酷いな」


 騎士団長のオルグ・セグロアは舌打ちをして、目の前の惨状を睨みつけた。

 盗賊団が村を襲った二日後、ゼファール国の騎士団一行がロハの村へと到着した。

 実は襲われていたのはロハの村だけでは無かった。付近にある別なシールという村も同様に盗賊団の襲撃を受けて壊滅していたのだ。

 襲われたシールの村へと立ち寄った行商人が、慌てて近くの町へと知らせ、訓練で町へと立ち寄っていたオルグ達騎士団の耳に入ったのだ。

 騎士団長のオルグ率いる一行は襲われた村を見つけては後始末に追われていた。生き残りの捜索と亡くなった人達の埋葬作業に丸一日時間を取られた。

 そして、シールの村に居たオルグへとロハの村も襲われたという情報が入ったのだった。


「生き残りを探せ! 遺体は村の中央に集めてから火葬処理するぞ。一体でも残しておくと獣が寄ってきたり疫病が発生するからな!」


 オルグは部下に指示を出したが、生存者が居るかは絶望的だと思っている。先ほどの村でも全員が惨殺されており、生き残りは居なかったのだ。

 事件から日数が経っている所為か、既に腐敗臭が漂っている。騎士団の中にはそこらで吐いている者までいる始末だ。だが、責める事はできなかった。この一団の殆どが入団して間もない新兵なのだから。

 逃げ出す暇も無い程の鮮やかな手口は、これまで国内外で暗躍している盗賊団『濡れからす』の仕業だとオルグは考えていた。殆ど目撃者を残さず、頭領を含め情報が全く集まらないのだ。


 団員が村中に散り遺体の処理をしている間、オルグも村の中を移動して北部の方へと歩みを進める。村はずれに近づくと一軒の家がオルグの目に付いた。周囲の家は少なからず村人の亡骸が転がっている状況で、この家の回りだけは一体も亡骸がないのである。

 不審に思ったオルグが家に近づくと、家の中に明かりが灯っているのが見えた。


(生き残りか!?)


 オルグは音を立てないように入口へと近づくと、開け放たれた扉から中を覗き込んだ。

 室内は腐臭が漂っており、オルグは顔を顰めた。

 そこには四体の遺体が並べられ、毛布が被せられている。その前には灯りが焚かれ十歳くらいの銀髪・・の少年がポツンと座っているのが見えた。

 少年はオルグに気付いていないようで、静かに並んだ遺体を見つめていた。

 恐らく並べられた遺体は家族のものなのだろう。少年が今どんな気持ちで家族の亡骸を見つめているのだろうと思うと、オルグの胸中に深い悲しみと、盗賊団への怒りがこみ上げてくる。


「少年よ……」


 オルグは敢えて足音を立てて家の扉をくぐって声を掛けた。少年はビクっと肩を震わせるとオルグの方へ顔を向けた。振り向いた少年はひどくやつれており、不思議と薄暗い部屋の中でもはっきりとわかる赤い・・・をしていた。


「怖がるな、ゼファール国の騎士団の者だ」


 オルグはそう声を掛けると少年はじっとオルグの顔を見つめた後、また遺体のほうへと顔を向けてしまう。沈黙が場を支配するが、オルグは気を取り直すと幾つか少年に質問をした。


「その者達は少年の家族か?」

「他に生き残りは居なかったか?」

「少年の名は?」


 オルグの問いかけに少年は頷いたり首を横に振るだけだったが、最後の名を聞いた質問の時だけは小さな声で言葉を返した。


「――アレク」

「そうか。アレク……言いにくいのだが、遺体は他の村人たちと共に火葬せねばならん。別れをすませたら広場へ移したいのだが良いか?」


 オルグの言葉にアレクは一度も家族の亡骸から視線を移す事なくポツリと呟いた。


「家族だけで埋葬したい……です。この場所で焼いて欲しいけど……ダメかな?」


 アレクは皆で過ごしたこの家を墓標にしたかった。他の村人と一緒ではどれが家族の遺骨かさえ判らなくなる。それが嫌だった。自分でも我儘だとは理解していたが家族だけの墓を作りたかったのだ。


「むぅ……」


 オルグは思案した。特段家ごと焼くのは問題は無い。周囲へ火が移らないように気を配れば良いだけなのだ。


(この少年は家族の死を理解していて、自分の中で整理がついているというのか? 見たところ十歳を過ぎたくらいか)


 疑問に思うオルグだったが、少なくとも数日は家族の亡骸の前に居たのだ。既に心の整理をつけたのだろうと納得することにした。


「わかった。お前の望み通り家族をここで火葬しよう。身の回りの品を整理しておくと良い。他の団員の状況を確認してくる。一時間後に再度来よう」


 オルグの言葉にアレクが静かに頷くのを見て家を出た。少年の事は気がかりだが村全体の遺体の処理が終われば、他に襲われている村が無いかの調査へ向かわなければならず、時間を掛けられないのだ。

 アレクはオルグと名乗る騎士が離れていくのを背中で感じながら、ゆっくりと立ち上がった。長い事座っていた所為か、足が痺れていたようで上手く立ち上がることが出来なかった。這うように家族の亡骸へと近寄ると、一緒に安置しておいた父の形見である短剣をそっと手に取った。


「父さん、母さん……。兄さん達の(かたき)はいつか取るからね」


 アレクはそう呟くと、全員の髪を一掴みずつ切り取る。それを細く裂いた布で束ねると遺髪として持っていくことにした。その遺髪を小さな袋へと入れると腰へと結いつけた。

 オルグが思っている程アレクは気持ちに整理が付けられたわけでは無い。家族や村人の死は受け入れたものの、心の中には盗賊団への激しい怒りと家族や幼なじみを失った喪失感が渦巻いていた。ただ単に、子供みたいに泣き喚いていても現状は変えられないと割り切っているだけなのだ。


(記憶の中でと……今回とで二度も殺された。きっと僕が弱いからだ……。僕は戦えるだけの力が欲しい!)


 アレクは遺髪を入れた袋を握りしめながら憤りを感じていた。前世の記憶で通り魔に殺された事と、今また盗賊団に為す術もなく殺された弱者たる己に、とてつもない苛立ちを覚えた。

 次にアレクは家の奥へと向かった。板間へと座り込むと短剣で板の隙間へとねじ込み板を数枚外しとっていく。

 アレクの父は用心深い性格で、貴重品を床の下へと隠しておくようにしていた。村中の金品を洗いざらい盗んでいった盗賊達も、流石に床下までは調べる事はしなかった。

 床下からは小さな壷を取り出すと蓋を外す。中には銀貨が二枚と変わった色の石が数個入っていた。開拓村では銀貨は見ることも無いので、恐らく父母がこの村へとやって来る際に所持していたものだろう。



 この世界の貨幣は鉄貨、銅貨、銀貨、金貨となっており、鉄貨が百枚で銅貨一枚、銅貨が百枚で銀貨一枚となる。同様に銀貨と金貨も同じく百枚で上位の貨幣一枚と同価値となる。

 値段は大きな街での一回の食事が鉄貨五枚、一般的な宿に一泊するのに鉄貨五十枚が目安となる。村での一月の収入がおおよそ銅貨五枚であるから、壷に入っていた銀貨が開拓村の住人が持つには大金であることが分かる。

 また、一緒に入っていた石は魔物を倒した際に得られる『魔石』という結晶だ。魔石は様々な魔法具の材料として高額で取引される。価値はピンからキリまでだが安くとも鉄貨数枚、高いものだと銀貨数十枚の価値があるものまで多様である。

 アレクが壷から取り出した銀貨二枚は、平民二年分の年収に相当する。


(父さん達が残してくれたお金は大切に使わないとな。それに、子供が大金を持ってるのが知られると騙されたり襲われたりするかもしれないから気を付けないと……)


 出来るだけ早く自力でお金を稼ぐ方法を考えなければいけないなとアレクは考えながら父母の思い出の品の内、嵩張かさばらない物を選んで袋に入れてゆく。そうこうしている内に約束の一時間が過ぎたようで、再び入口にオルグの姿が見えた。


「アレク。整理は出来たか? ゆっくり別れをさせてやりたいところだが、我々も先を急ぐのでな」


 オルグは申し訳なさそうにアレクへと伝える。実際これ以上この村に留まる時間が惜しかった。そんなオルグの考えが伝わった訳では無いだろうが、アレクは静かに頷き家の外に立つオルグの下へと向かう。

 アレクは家から出ると、少し離れた場所まで移動して家を振り向いた。


「オルグ様、お気遣いありがとうございます。構いませんので火をお願い致します」


 アレクの言葉遣いを聞いてオルグは少しだけ驚いた。先ほどは片言しかしゃべらなかった為気付かなかったが、まだ若い割にその口調は大人びていて、まるで若手の貴族のような教養が垣間見えたのだ。

 オルグは頷き村の中から見つけた油壷を持って屋内へ入って行く。そしてその油を床や亡骸へと撒き終えると呪文を唱え、小さな炎を生み出し火を放った。


「我、願うは小さき火種――《ファイア》」


 アレクは徐々に燃え広がる炎をじっと見つめていた。生まれてからの十数年を過ごした我が家と家族が燃えてゆくのを見つめる。その目から一筋の涙が伝った。

 オルグはアレクの傍へと近寄ると涙を流す少年の頭をそっと手で己へと引き寄せた。オルグの優しさに感謝しつつ、アレクは家が焼け落ちるまで静かに涙を流し続けた。


「それでは他に被害を受けた村が無いか探索へと出るぞ!」


 亡くなった村人達の埋葬が終わって、無人となったロハの村にオルグの大声が響き渡った。騎士団長のオルグを先頭に十五名の騎士達がそれに続く。統一された鎧に身を包む一団の中に、一人だけ質素な服を着たアレクの姿があった。

 アレクは馬上から一度だけ村を振り返り、その光景を脳裏に焼き付けた。この村が今後どうなるかはアレクには分からない。だが、村人が皆殺しにあった場所へ新たに人が住み着くとは思えなかった。家屋は人が住まなければあっというまに朽ちる。次に訪れることがあるか分からないが、きっと今目にしている光景は二度と見ることは無いのだろうと思えた。

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