二十五話 チーム結成.
この一ヶ月体力作りを続けたお蔭で、入学当初よりは持久力も筋肉も付き始めてきているが、実戦で役に立つ程ではない為体力作りも並行して行われる事になる。それでも、魔法や技を教えて貰えるというのは嬉しいものでアレクも顔に笑みを浮かべた。
翌日、いつも通りアンに起こされたアレクは着替えをして教室へと向かう。いつもの廊下を歩いて教室へと向かっていると、前方に見た覚えのある集団が立っていた。相手もアレクに気付くと顔を顰めつつ睨みつけて来た。
「これはボレッテン様、おはようございます。その節は礼儀を弁えず大変失礼いたしました」
廊下に居た集団は、入試の際にアレクと一悶着あったボレッテン侯爵家のカストゥールと、その取り巻き達であった。
アレクは学園長から問題行動を起こすなと言われていたので、貴族相手の礼をしておく。
対してカストゥールは何も言わず、取り巻き達に顎で合図すると教室へと入って行った。
(はぁ。あの程度の出来事でギスギスしたく無いんだけどなぁ。いい加減忘れてくれないかな)
アレクは溜息を吐いて自分の教室へと歩き始める。
同じクラスの皆はアレクの境遇へ同情していたりと好意的な感情を持っていてくれるが、他のクラスにいる貴族は平民出身であるという事でカストゥール同様アレクを見下した態度を取っていた。
とは言え、嫌がらせを受けている訳では無いため問題があるわけではない。ただ、廊下を歩いていたり、食堂で昼食を食べる際に感じる視線が鬱陶しいのだ。
(貴族様と平民だもんなぁ。仕方ないんだろうけど)
アレクは今日二度目の溜息を吐きながら自分の教室へと入っていった。
授業が始まり、午前中はいつものように座学で税の計算や内政についての講義だった。
税の計算などはランバートを始めかなりの生徒が頭を悩ませていた。この世界には計算機などは無く、算盤があるだけだ。算盤はやると分かるのだが、珠を弾く際にミスが起きやすい。気付いたら数字が合わなくなり、皆四苦八苦していた。
アレクは前世で珠算を習っていた事もあり、それなりに算盤を扱うことに自信があった。
(小学生の頃にやってたのに覚えてるもんだなぁ)
初めこそミスもあったが、一時間もすると指が勝手に動くようになった。因みにシルフの気紛れ亭で働いていた時は全て暗算で対処出来る程度の数字だったので算盤は使わなかった。
アレクの計算能力を見てミリアを始め、クラスの皆が感嘆の息を吐く。
「アレク君は商会で経理が出来るわね。領地を持つ貴族に仕えて税務官も出来そう」
ミリアの言葉に将来領地を継ぐ何人かの生徒の目が光った気がしたがアレクは気付かない。
この後、卒業までに幾度か税務官に来ないかと誘われる事になるのだが、それは別な話だ。
◆
週が明け、ついに実際に魔法を放ったり武器を扱う事を許された。
実際に魔法を放ったり出来る実技の時間が、アレクにとっては最も充実している時間となっていた。
アレクはこの一ヶ月半、武器は杖に主体を置いて習っていた。片手用のメイスも選択肢に入れていたのだが今一しっくりこなかった所為だ。
「よし、突き! 払い! 足も狙っていけ!」
ガルハートの指導を受けながらアレクの全身からは汗が噴き出している。
今、アレクを含む五人が同時にガルハートに向かって攻撃を仕掛けている。しかし一撃として当たる事はなかった。
当初は一人ずつ型を習っていたのだが、如何せんガルハート一人で二十人に教えなければならず、時間が圧倒的に不足していた。結果として五人一組で同時に乱取りする事になったのだが、生徒の誰一人として当てる事が出来ない程の実力差があった。『武神』という称号は伊達ではないという事だろう。
「よし、そこまで!」
ガルハートの号令で乱取りをしていたアレク達の手が止まる。
肩で息をしている生徒達を順に評価して悪い所や良い所を指摘していき、最後にアレクの番となった。
「アレクの杖術は形になって来てはいるが、圧倒的に体力不足だな。ミリアからそのうち身体強化の魔法を習うからある程度は補えるだろうけど、あれは基礎体力に比例する魔法だからな。もう少し体力をつけておいた方がいいぞ」
「はい……」
ガルハートの言葉を聞きながら、アレクはガルハートの実力の高さに舌を巻いていた。
扱う武器の違う五人がそれぞれ不規則に攻撃を加えているのに、一度たりとも当たらないのだ。背中を向けている時も当然あり、隙だらけだと思って攻撃しているにもかかわらずだ。
ともあれ、アレクとしては近接職を目指す訳でも無い。どちらかと言われれば、ミリアの授業で習う攻撃魔法に重点を置いている。
そんなアレクの考えを見透かすかのようにガルハートは言葉を続ける。
「まあ、お前は魔法使いを目指すんだろうしなぁ。このまま一年もすれば十分そこいらの魔物であれば不意打ちくらいは防げるようになるだろう。ただ、これだけは覚えておけ。いくらチームを組んで前衛に守られていても攻撃が抜けてくる時は必ず来る。後衛だからと武器の扱いを疎かにすれば、あっさり死ぬぞ」
この言葉はアレクだけでなく、他の生徒にも向けられた一言だった。
もっとも、アレクなら長い詠唱も必要とせず、詠唱破棄で発動出来るのだから他の生徒よりは生き延びる可能性は高いだろうとガルハートは心の中で思う。とはいえ、魔力が延々と続く訳でも無いのだから最後には自分の体力と武器が切り札となるとガルハートは経験から知っている。
季節は六月も終わり、後半月もすれば夏休みとなる。
夏休み前の試験次第でダンジョンに潜れるかどうかが決まる為、生徒達も指導する職員たちにも熱が入る。今回の試験を合格しなければ次ダンジョンに潜れるのは早くて夏休みが終わってから、一ヶ月以上も後なのだ。
そんな焦りが見られる中、ついに夏の試験の合格発表が行われた。
ミリアとガルハートが並んでアレク達の前に立っていた。これから呼ばれた者はダンジョンに潜る為のチームを組み、集団戦についてを学んでいくことになる。
残念ながら不合格の者は再度個別の指導を受け直し、次回の試験までダンジョンはお預けである。
「今から合格者を発表します。名前を呼ばれた生徒は四人ずつチームを組んでもらいます」
ミリアから次々と合格者の名前が告げられる。
自分の名前が呼ばれ、アレクは小さくガッツポーズをとる。他の生徒達も名前を呼ばれて歓声を上げたり、同じチームとなるべく他の生徒に声を掛けたりしている。逆に、今回は不合格となった者は嘆きの声を上げながら項垂れていた。
「よう! アレク。俺と組もうぜ!」
そう言って背中を叩いてきたのは同じく合格したランバートだった。
彼はクラスで一番剣の扱いが上手い、アレクとしては心強かったので快諾する。少し離れて居た場所で他の男子生徒に勧誘されていたフィアとエレンも近づくとアレク達に声を掛けてきた。
「アレク君、ランバート君。私達も一緒にいい?」
「二人の足を引っ張らないように頑張るわ」
満面の笑みのフィアに対して、エレンは少し自信無さげに声を掛けて来た。アレクと同じ魔法使い志望のエレンとしては、アレクと自分をどうしても比べてしまい自信が持てないでいた。
入学した当初こそエレンの方が魔力量も多く魔法の知識があった。だが、二ヶ月も過ぎるとアレクの方が魔力量が多いのでは無いかと思うようになってきた。
これはアレクが幾度となく魔力枯渇になることで増やしている所為だ。エレンがどれだけ頑張っても消費量の一%増えるのに対し、アレクは十%増えるのだ。アレクとしてずるをしているように感じてしまい、魔力量については隠すようにしていたのだが、エレンは敏感に感じ取っていたようだ。
加えて魔法の授業でアレクの見せた詠唱破棄がエレンをいっそう落ち込ませていた。エレンは未だ詠唱破棄で魔法を唱える域まで達していないのだ。
エレンはこの年齢の子としては優秀な方でありアレクが特異なのだ。前世での科学知識などがあり、イメージがエレン達と違いすぎるのである。
だがエレンとしては同じ歳なのにという気持ちがどうしても拭えないでいた。
「おう! クラスの美少女コンビが一緒ならダンジョンも楽しくなるってもんだ」
ランバートはそう言って歓声を上げる。アレクにとってもフィアが一緒なのは嬉しかったので嫌はない。
先ほどまでフィアに声を掛けていた生徒から睨まれている気がするが、本人たちの意思が大事である。
フィアは元より剣がメインだ。恐らくチームではランバートと共に前に立つ事になるだろう。
「足を引っ張るのは僕かもよ? エレンさんは状況に応じての魔法の使い分けが上手いし逆に教えて欲しいくらいだ。これから同じチームなんだしお互いに補い合って強くなっていこうよ」
「ありがと。だけど、咄嗟の判断を差し引いてもアレク君は詠唱が短いから差が無いのよねー」
エレンは詠唱の破棄が余り得意では無かった。その分、状況を先読みして魔法を唱える事で補ってきた。
逆にアレクは先読みが甘い。咄嗟に詠唱破棄で魔法を発動して誤魔化しているだけだ。
二人はまったく正反対のタイプの魔法使いだった。
「俺から言わせればどっちもどっちだ。経験を積めば先読みもしやすくなるし、熟練していけば詠唱の短縮も出来るようになる。ダンジョンでバンバン経験を積んでいけばいいんだよ!」
「そうですよ! そんな事いってたら剣も魔法も半端な私はどうしたらいいんですか?」
お互いに自虐的になっていたアレクとエレンをランバートがフォローする。そして、自虐的な言葉を口にしながら全く落ち込まないフィアに感化されて、アレクとエレンの表情にも笑みが浮かぶ。
「そうだね、ダンジョンに潜ってお互い頑張ろう」
アレクの一言に全員が頷いた。夏休みまで残り十日、四人は連携を取る訓練を積みながらダンジョンが解禁される日を待つ事になる。
生徒二十名の内、合格者は十二名だった。少ないように見えるが、たった二か月の修練でダンジョンに潜れるだけの技能を持っている事のほうが特殊なのだ。
ランバートやエレンのように、学園に入る前から祖父や父に指導を受けた者や、フィアのように学べば学んだだけ吸収し上達する才ある者。そして、アレクのように特殊な存在だからこそ合格なのだ。




