二十四話 魔法について.
二日目の午前中の授業は魔法についての説明だった。
「魔法は妖精族が使える精霊召喚と古代語魔法があるわ。精霊召喚についてはエルフ族だけに伝えられているから説明は省きます。興味がある人は学園長にでも尋ねてください」
ミリアはそう言うが、あの学園長に聞きに行く事は恐れ多くて行けないだろうと殆どの生徒は思った。
「古代語魔法は詠唱によって発現する事の出来る魔法です。生活魔法の一つを例にとれば――『我、願うは闇を打ち払う光明――《ライト》』。これが詠唱です。ただし、熟達すれば発動は《ライト》と唱えるだけですみます」
ミリアは皆の前で実演して見せた。詠唱を省略する事を『詠唱破棄』と言い、熟練した魔法使いや魔道師であれば全員が詠唱破棄で唱える事が出来る。
「また、武器を持って戦う者が扱いやすいように編み出した《武技》という魔法もあります。これは遠距離にいる敵に対し無属性の魔力による斬撃を飛ばしたり、高速で連撃を繰り出したりするスキルです」
そう言って短剣を取り出すと、実際に《武技》を見せてくれる。
「これは遠くの敵に当てる為の《魔力撃》ですが――」
ミリアは教壇の上に二十㎝程の木材を立てると、少し離れた場所へと移動する。
「《魔力撃》!」
ミリアが言葉を発したと同時に、手に持った短剣の刀身がうっすらと光る。力をいれずに短剣を横に振り払うと、教壇に置かれた木材が何かに弾かれたように床へと転がった。
「おお!」
生徒達の歓声が上がる。ミリアは転がった木材を拾うと生徒達へと見せた。
見ると、木材に横一線に傷が刻まれていた。離れた場所から、力を入れる風もなく振るわれただけの一撃で、ここまで威力があるのかと皆驚く。
「狭い教室ではこれが限界ですね。本職でもありませんし。剣術などの実技の時間に、担当の教師から教わって下さい」
武技は一般的に魔法とは異なり、魔力をそのまま武器に通す為効率が悪いらしい。魔法使いであれば魔法を使って唱えたほうが、同じ威力をもっと少ない魔力で発現できる。
ミリアも覚えた武技が何種類かあるが、使う事はまず無いのだという。
そうであれば、武器を持ち戦う者も魔法を唱えたほうがいいのではないかとアレクは思う。疑問に思い質問すると、ミリアはこう答えた。
「魔法には詠唱と共にイメージを構築して、集中し魔力をコントロールしなければいけません。これは黙って立っていればそれほど難しくは無いけれど、身体を動かしていると途端に難易度が上がります。だけど武技はそれほどコントロールが必要無いの。だから、身体を動かしながら発動するには武技の方が適しているのよ」
その説明にアレクを含め全員が納得した。例えるなら針への糸通しだろうか。動いていればまず成功しないだろう。
とは言っても、魔法が動いていれば使えないかと言われればそうでは無い。上級の威力の高い魔法になれば難しいが、初級の魔法であれば走りながらでも唱える事は可能である。
皆が納得したのを見て、ミリアは説明を続ける。
「魔法は魔力が伴っていなければ発動しません。系統は無属性、地水火風の属性魔法と治癒を目的とした治癒魔法があります」
属性魔法は自然界にある力を発現させる魔法で、上級以上になると氷や雷も扱えるようになる。氷は水の、雷は風の上位属性らしい。
無属性は身体強化の魔法や《武技》で用いる魔法を指しており、治癒魔法は神殿の司祭が魔法を秘匿していることから神の魔法、聖属性としているようだ。
「あれ?でも生活魔法に傷を治す《キュア》がありますよね?」
生徒の一人がミリアに尋ねる。ミリアは頷くと質問に答えてくれた。
「それはね、平民や貧困層の死亡率が高かったから当時の権力者が神殿へ公開するよう指示したのよ」
ミリアの説明に成程と頷く。多少の怪我が元で破傷風になってしまい死因に繋がる場合も少なくないだろう。《キュア》程度だとしても患部を清潔にして魔法で治してしまえば確率はぐっと低くなる。
ただし、生活魔法で治せる傷は切り傷程度である。
重度の怪我は人体に関するイメージを持っていないと正しく効果が出ない為、神殿の治癒魔法の使い手は人体に対する知識が高いんだとかで、現代でいう医師の役割を果たしているらしい。
「では、学園では治癒魔法については学べないんですか?」
アレクは疑問に思ってミリアに尋ねた。
「そうね。学園のダンジョンには学園で雇った治療師を同行させるし、冒険者となると治療師を見つけて固定のチームを組むか、お金を払って治療師を雇うかしているわね」
ミリアの答えに少なからずショックを受けたアレクであった。
ミリアの授業は続き、魔力の上げ方についての部分になるとミリアの表情が一段と真剣みを帯びた。とは言え、先ほどまでの表情と殆ど変らず若干目が細くなっただけなのだが。
「魔力の上昇は、いかに魔力を使ったかが影響します。ただし、既に知っていると思いますが魔力の枯渇になると命を落とします。ですので、この一年で自分の魔力がどの程度かを完全に把握して貰います。この把握が不完全だと進級できませんので気合いを入れるように」
この発言に一部の生徒から悲鳴があがるが、自分自身の命が掛かっているので皆真剣に頷いていた。
この後のミリアの説明で知ったのだが、魔力枯渇に陥っても直後であれば他者から魔力を供給して貰えば一命は取り留めるらしい。
ただし、一時でも枯渇状態になった肉体は激しいダメージを受ける為、数日は寝たきりになるという話だった。
(僕の枯渇状態でも復活した後は特に影響無いんだけどなぁ)
ここでも自分と他の皆の違いに気付き、自分の異常さを再認識したアレクであった。
◆
入学から一ヶ月、午前中はミリアによる座学の授業、午後は体を鍛えると共にガルハートから武器の扱いを教わっていく。とは言え、座学は魔力の制御と魔力量の増加のみで攻撃魔法の一つも教えて貰えていないし、午後はランニングや素振りなどで型も教わっていない。そんな状態で一ヶ月も過ぎると、クラスの半数は飽きて集中力が無くなって来ていた。
「流石にこう毎日同じ内容だと飽きるなー」
午後の授業中にそう言ってアレクに話しかけて来たのは騎士団長オルグの息子、ランバートだった。ランバートはアレクと違い近接職を目指している所為か、体力には自信がありクラスで一番の脳筋と評判だったが、何故かアレクによく話しかけて来た。
「ランバート君は体力有り余ってそうだからいいけど、僕なんかは基本的に体力無いからねぇ。今のメニューでも結構大変なんだよ?」
実際、アレクの言葉通りランバートは殆ど汗をかいていないのに対して、アレクは汗だくで肩で息をしている。同じ歳といってもここまで体力に差があるのはランバートが流石という事なのか、アレクが体力なさすぎるのか判断に悩む所ではある。
「俺は親父に付き合って五年は体鍛えてるからな。剣も親父から習ってて基本的な型は知ってるし、ぶっちゃけ授業がつまんない」
「そんな事言ってるとガルハート先生に聞こえるよ?」
そう嗜めたアレクだが、時すでに遅く背後から声が掛けられた。
「ちゃんと聞こえてるぞ? ランバートは体力だけはあるからな。お前だけ皆の倍走ってもいいぞ?」
気付くと、ガルハートがアレク達の背後に立っており、木刀を肩に乗せランバートを見下ろしていた。ランバートは小さく悲鳴を上げて猛ダッシュで逃げていき、アレクだけが取り残されてしまった。その様子にアレクとガルハートはお互いに顔を見合わせつつ苦笑する。
「でも、僕は体力無いからしょうがないですけど。ランバート君のように近接職を目指す人達はガルハート先生から武技を教えて貰うのを楽しみにしてますよ?」
余計な事とは思いつつ、生徒の気持ちを代弁してガルハートに伝える。
体力作りが辛いので、多少でも別な事に時間が割ければ良いという気持ちも若干ある。魔法使いを目指す半数の生徒がアレクに期待を込めた視線を送ってきていた。やはり皆走り込みが嫌になって来ているのだろう。
「はぁ。わかったよ、来週から技も教えていく事にする。体力作りと半々くらいの時間でな」
その言葉を聞いた生徒から歓声が上がる。
この出来事から午後はミリアとガルハートが合同で魔法と武技を教えてくれる事になった。




