二十二話 アレストラという世界.
朝食を食べ教室へと向かう。アレクが教室へと入ると、室内で数人の女の子が騒いでいた。席へと向かうとフィアとエレンが女の子の輪から離れてアレクの方へとやってきた。
「おはようございます。どうかしたの?」
「おはよう、アレク君。それがね、昨日寮の中で変な音が聞こえたんですって」
話を聞いてみると、昨晩寮内で寝ていた少女が、誰かが室内を歩くような気配を感じたり、何か物が動いたような奇妙な音が聞こえて目を覚ました。
少女は部屋の中を見渡したが誰もおらず、怖くなって頭まで布団をかぶって寝たようだ。
聞いてみると他の生徒も聞いたらしく謎の音の正体を巡って様々な推測が飛んでいるようだ。
話を聞くに連れ、アレクの口元が引きつってくる。直ぐにアンへと心の中で呼びかける。
(ちょっとアン? 昨日散策してた時って誰かに見られてたんじゃないの?)
『透明になっていたので姿は見られていないと思います。ただ、魔力の感知が出来る方には存在が分かるようですね。それと、気になる物を調べたりしていた際に物音が鳴ってしまった可能性はあります』
アレクの問いかけにアンはテレパシーで返事を返してきた。
やはり、原因はアンのようだ。恐らく生徒の部屋の中を巡った際に音を聞かれたのだろう。
また、眷属は魔力で作られた魔法生物なので、魔力が微弱ながら漏れている。魔法の素質を持つ者であれば、アンの身体を構成している魔力を感じ取っているのかもしれない。見えない所為で正体はばれないだろうが、恐怖に駆られた生徒が魔法を放ってくる危険性もある。
アレクは可能な限り他の人の部屋に立ち入らないよう言い聞かせることにしたのだった。とくに、学園長や教師陣には絶対近づかないよう厳命しておく。
この日から度々同様の音が聞かれ、学園で初めての不思議話としてアレクが卒業するまで語り継がれる事となるのだが、それは別な話である。
教室でがやがやと騒いでいると、担任のミリアが入って来た。
一旦怪音話は中断され、皆が昨日決めた席へと着席する。
「皆さんおはようございます。今日から本格的に授業を始めるわ」
そう言って早速授業が始まった。
初日である今日は、歴史と種族についてである。
「昨日の入学式で学園長が仰っていたように、ゼファールは未開の地を開拓して造られた国家です」
ミリアはこの国の始まり以前について教えてくれた。
今、アレク達の住む大地は大陸の南端だと言われている。
遙か古の時代。歴史書では大破壊時代と神話時代と定義されている二つの時代がある。
大破壊時代以前の事を記す文献は殆ど存在していないようだ。ただ、古代の遺跡を調査した結果によれば人類は今よりも高度な文明を持っていて繁栄していたらしい。
しかし、何らかの異変により人類の殆どが死に絶え文明が失われたのだと言う。今残っている文献は神話時代以降の物が殆どなのだそうだ。
大破壊時代を記した最古の文献にはこう書かれている。
『獣とは異なる異形なる生き物に人類は滅ぼされるだろう。大地は雪で覆われ海は濁り空は淀んでいる』
歴史家や研究家が色々な憶測を述べているが真相は分からないそうだ。ただ一つ、魔物はその時代から居て人類と敵対していたのだろうという事だけは共通の見解らしい。
「人類は滅びに瀕していたようね。けれど、女神エテルノ様が現れて人類に希望をもたらしたの」
ミリアはそう言って神話時代へと話を移す。
「魔法は女神エテルノ様がこの世界にお産まれになった際に生じたと言われています」
ミリアが生徒たちに語って聞かせたのは、この世界で最も有名な神話だった。
――遙か昔、この世界には魔法の概念はなく人は魔物に怯えて暮らす毎日だった。弱い魔物であれば武器を用いて退治も出来たが、硬い魔物や大型種が現れれば成す術が無かった。
人々が絶望に打ちひしがれているとき、突如として現れた少女が見たことも無い術で魔物を打ち倒した。少女はその術を魔法と称し広く民衆へ広めた。
その少女はエテルノと名乗り、神から遣わされた使徒だとされた――
エテルノはこの時代以降、女神として崇められる事となる。彼女は決して老いることもなく、人類に魔法を伝授し終えると突如として姿を消したらしい。
加護が生まれたのもこの時からとされ、時折エテルノから神託を授かる者がいることから、女神は健在だと知られることになる。
「ここから人類と魔物との長い戦いが始まったと言われているわ。女神から魔法を学んだ人類はその強大な力を武器に魔物と戦い人類の版図を広げて行く事になるの」
ここまで聞き終えたアレクはふと疑問に思い質問を投げかける。
「あのミリア先生。ダンジョンはどの時代に出来た物なんでしょうか?」
アレクの問いにミリアが答える。
「少なくとも神話時代にはあったとされているわ。だとすると、大破壊時代に出来たのかそれ以前からあったかのいずれかね」
ダンジョンから魔物がわき出すと聞く。だとすると何らかのタイミングでダンジョンが出来て、そこから魔物が地上に這い出してきたのではないかとアレクは推測した。
神話時代の終わりは、人類が住める国が造られると同時に女神が姿を消した年を指す。
それ以降から現在までは『復興期』という分類にされているらしい。既に復興期に入ってから二千年は過ぎているらしい。
「人類最初の国は東にある『ソティラス帝国』ね。十年前にゼファールに攻めてきたけど、この話はまた後でしましょう。ソティラス帝国を起点に西が『オールマニー共和国』。北東に『ラムサーフ公国』。そして東に我がゼファール王国が位置します。また、ゼファールとラムサーフ公国に隣り合う場所にエルフだけの国『ユグドラル』が位置します」
復興期から二千年が経つ今でも国家は五つしか存在しない。
そして人類が取り戻した大地は、大陸全体のおおよそ三分の一と推測されている。正確な大陸の全体図を知らないのであくまで予測らしい。また、この大陸の他に別な大陸があるのかは現時点では判明していない。
海洋技術が低い訳では無いが、少なくとも航行できる範囲において別な大陸は見つかっていないらしい。
こうして各々の国家が未だ魔物が蔓延る土地を少しづつ開拓して行き人類の版図を広げているのが現在の状況なのだとミリアは締めくくった。
例外的に、エルフの国であるユグドラルだけは領土の拡大をしていないそうだ。理由は絶対的な人口が少なく、領土を広げる余力が無い為だとか。
ミリアは歴史について話し終えると、続けて種族について説明を始めた。
「現在大陸に存在する種族を大きく分類すると、人族、獣人族、妖精族、竜族の四種族よ」
ミリアの話をまとめると、獣人族は犬や猫などの特徴を兼ね備えた種族でその種類は多岐にわたるようだ。寿命は人族と同様で七十歳辺りが平均寿命らしい。
妖精族はエルフ、ドワーフ、フェアリーの三種族が代表的で、エルフやドワーフであればゼファールでも稀に会うことがあるらしい。フェアリーだけはエルフの国へ行かないと会うことは無い。
「フェアリーは小さくてとても可愛らしい種族よ。心ない者が捕まえて奴隷にした歴史があってね。以降、ユグドラルでエルフやドワーフに保護されているの」
フェアリーを捕まえたり売買する事は表向き禁止されているが、裏で取引される事があるらしく見つかるとエルフやドワーフなどが取り戻そうと襲って来るらしい。
妖精族の寿命は平均八百歳くらい。その大半を若い姿で生きるらしく、人族の女性の憧れとなっている。
「最後に竜族だけど、彼らだけは未だにその存在が謎に包まれているわ。大破壊時代においても竜族だけは自らの支配する土地に残ったとも言われているし、女神様から魔法を授からなかったとも言われているわ」
竜族は個体数こそ少ないが、その肉体は強靱で数十年くらい何も食べなくとも生きられるらしい。一体で一国の軍に匹敵する力を持つために、大破壊時代ですら問題なく生き延びたらしい。
「資料では稀に人族の国に現れるとあるわね。人型に変身する事が出来るようで、見た目は人と変わらないと書かれていたわ」
ミリアはそう説明すると一息ついた。
伝え聞くところに寄ると、竜族の寿命は千年とも二千年とも言われる。もしかすると大破壊時代より前から生きている個体もいるかもしれないとミリアは言った。




