二十一話 第二の眷属アン.
クラスの皆と打ち解ける事が出来たアレクは、寮へ戻ってから早速依頼をくれた数名のクラスメイトの部屋のお風呂に水を張って回る。この日は五部屋から風呂の水張りを頼まれたのだが、担任であるミリアに一言だけ条件を付けられた。
「魔力量上昇の妨げになるから、限界までは生徒にさせるように」
確かにアレクが毎日やっていたら、アレクの魔力だけが伸びてしまう。依頼をくれた生徒には事情を説明して、不足分だけをアレクが水を生み出す事にした。
また、何人かは水を張る事で魔力を使いすぎてしまい加熱用の魔道具に注ぐ魔力が足りない事態が起きた。そんな時もアレクに声が掛かり、魔道具に魔力を注ぐという依頼を受けた。
そんな他の生徒達を見ていて思ったのは、皆目眩や倦怠感を覚えた時点で魔力の消費を止めているという事だ。胸が苦しくなるまで消費しても命には別状は無いのだから、もう少し消費すればいいのにとアレクは思ってしまう。
実はアレクが知らないだけで、何人かはそこまで消費している。
その内の一人はエレンである。
エレンは数年前より祖父である魔道師の元で魔法を学んでいた。その祖父から胸が苦しくなるまでが魔法の使える限界であること、それを繰り返して初めて一流と呼ばれる魔法使いになれるのだと教えられていた。
エレンとフィアの部屋はエレンが水を十分張れるという事で、初日以来訪れることは無くなっていた。どうやらエレンの魔力量をフィアが知らなかった為に頼んでしまったようだ。
祖父の元で受けた指導の賜物か、エレンは現時点のアレクよりも保有する魔力量は多い。
魔法適正ではアレクと同じくA評価を受けた程だったが、魔法ばかりに傾倒して貴族の名や歴史を蔑ろにしてきた所為で上位合格とはいかなかった。
だが、繰り返し魔力量の上昇に努めてきた彼女は、魔法の素質と相まっては高いのである。
ともあれ、数ヶ月も経てば他の生徒達の魔力量も上がり、水張りによる小遣い稼ぎは出来なくなるだろう。この僅かな期間で少しでもお金を稼ぐべく、アレクは頼まれた部屋を行き来するのだった。
依頼された部屋を全て回り終え、やっとアレクは自室へともどる。
アレクは風呂に浸かりながら今日の出来事を振り返っていた。
何より反省しなければならないのは、感情の起伏によって魔力を周囲に放ってしまった事だ。
悲しみの感情では起きないが、怒りの感情を抱いた時に起こしてしまうようだ。
アレクはこの時点で知らない事だが、魔力を解放して魔物などへ威圧を与える技である。武術を学んだ者が起こす威圧と似た技で、自分より魔力量の少ない者の行動を一時的に押さえつける効果を生み出すのだ。
(自分の感情と魔力をコントロール出来るようにならないとなぁ)
アレクはエレンと違い師が居ない。ひたすら魔力量を増やしてきただけで、コントロールについては全くの無知である。
今は魔力量が一般人よりも多い程度だが、枯渇を繰り返すにつれ異常さが目立つようになるだろう。そうなる前にしっかりとコントロール出来るようになり、魔力量を隠せるようにならなくてはならないだろうとアレクは考える。
何よりも国や貴族に目を付けられたくは無い。戦う力は欲しいが権力者に利用されるのだけは勘弁して欲しい。万が一にも不死の特性を知られると面倒な事になりそうだ。
「あとはどうやって魔力を枯渇させるかだな」
そんな事を呟きながら風呂から上がり着替える。
現時点ではボーンウルフに魔力を与えるか風呂の水張りをするかだけである。特に水張りに関しては数ヶ月もしないうちに生徒全体の魔力量が上がってしまい用なしとなってしまうだろう。
授業で魔法を学ぶ内に何か良い方法が見つかるかもしれないが、当面の魔力を使う場面を増やさないといけないなと思うのだった。
「今の時点で他の生徒よりは魔力量はあるんだから十分なんだけど。もっと増やさないとな」
アレクが考える手段としては何通りかある。一つは川にでも生活魔法で水を延々と出す事。
これは確実に魔力を消費出来るが、人に見られると説明が面倒である。
二つ目はボーンウルフ以外の眷属を作り出し、それらに魔力を供給する事。
ボーンウルフのように魔石を生み出すようであれば収入は得られるが、誰かに見られたらと考えると呼び出す種類が限定される。
眷属の中で問題なさそうなのは《レイス》である。レイスなら透明化も出来るので呼び出してもいいかもしれない。
最後に学園のダンジョンに入り魔法で敵を倒す事。
これは攻撃魔法が生活魔法よりも消費量が大きいので、かなりの魔力を消費することが見込める。
当然魔石を得る事も出来、収入も見込める。
しかし、ダンジョンに入るには早くても夏の試験を合格する必要があり、今すぐどうこう出来る物でも無い。
「まず出来るのは他の眷属を召喚する事か」
そう結論付けると、アレクは魔力を集中して眷属を召喚する為に集中を始める。
呼び出すのは霊体をイメージした《レイス》である。
透明化が出来るので他人に見られる心配が無く、疑似人格を持ち魔力を操って簡単な物を動かす事が出来るので部屋の掃除や片付けが出来る。
(イメージ、家事が出来るならメイド風で……)
姿形は術者のイメージを元に構築される為、アレクは頭の中にメイド服の女の子をイメージする。
「《眷属召喚》レイス!」
アレクの放った言葉によって膨大な魔力がアレクの体から抜け出ていった。
予想以上の倦怠感がアレクを襲う。眩暈に耐えるように額を抑えたアレクの目の前に、半透明の少女が佇んでいた。
その少女はアレクが考えていたよりも小さく、とても幼く見える。自分のイメージが作り出した姿であるにもかかわらず、何をイメージしたのか一瞬わからなかった。
『初めまして。お父様』
その少女は直接アレクの頭に語りかけて来た。どうやら声としてではなく、テレパシーのような能力で会話が可能らしい。
「へぇ。これがレイスか――見た目は十歳くらいかな?」
アレクは生み出した新たな眷属をしげしげと見た。
メイドならばもっと大人の姿でいい筈なのにと思わなくもなかったが、自分の魔力量ではこのサイズが限界だったのだろうと納得した。
「以後宜しくお願いします。お父様」
そう言ってお辞儀をしたレイスの声が今度はしっかりとアレクの耳に聞こえた。
どうやらテレパシーのような方法と普通に言葉を発して会話する方法の二つが可能のようだ。
「じゃあレイス。何が出来るのか少し実験してみようか」
アレクは召喚したレイスに指示を出し、何が出来るか実験を行った。
結果、短時間であれば完全に透明化が出来る事。それほど重くない物であれば魔力を消費して触れる事。空中に浮遊し、飛ぶことが出来るという事がわかった。
「だいたい予想とおりだな。これからよろしくねレイス」
「……お父様。出来ればでよろしいのですがお名前を授かりたく」
少女は申し訳なさそうな表情をしつつ、アレクへ名前を付けて欲しいと願った。
確かにレイスというのは眷属の種類で固有名じゃないなと思う。望むのなら名前は付けてあげようと思いレイスの姿をじっと見つめた。
アレクはその少女の顔を何処かで見た記憶があった。
暫く記憶を思い起こしていると、前世の記憶で見た自分の娘の面影があるように思える。
「もしかして、杏が成長した姿を思い描いたのか?」
一度その考えに至ってしまうと、成程なと納得した。
夢のように幾度となく見せられた前世の記憶に、数え切れないほど出てきた自分の娘である杏。成長を見守る事もできず、死の間際悔やんでいた前世の自分の記憶。
その記憶が目の前のレイスを形成する時に影響したのだろうか。
感慨深げにレイスを見つめていたが、名前を付けて欲しいと言われてたのを思い出し我に返る。
「君の名は――アン。そうだな、アンと名付ける」
「畏まりました。私の名はアンです、素晴らしい名前を付けて下さりありがとうございます。お父様」
そう言ってアンは可愛らしい笑顔を浮かべてお辞儀をした。
「私の記憶はお父様の記憶を受け継いでます。ですので、前世を含めた知識の中にある料理や掃除などについては全て出来ます。あと、普通の人間のように学習することもできますので必要があれば図書室などで学んで来ることが出来ます」
どうやら思った以上に高度な知能を持っているようだ。
アンを上手く使えば情報の収集や人の秘密を知る事ですら可能だろう。
「取り敢えず、掃除はお願い。あとは食事も自炊に切り替えていくつもりだから。その内、料理もお願いね」
「畏まりました」
アンはそう言ってお辞儀をすると掃除を始めた。
見ていると、器用に箒を操り床を掃いたりしていた。
透明化や壁抜けができるので今後何かあった際には情報収集もお願いすることになるんだろうなと思いながら、掃除をする姿を飽きずに眺めていた。
夜も更け、ボーンウルフとアンの両方へ魔力を与える。
二体の眷属へ魔力を注ぎ込むと、ほどなく魔力が枯渇しアレクは意識を失うのだった。
◆
朝目を覚ますと、アンの姿が部屋の中に見当たらない。
寝る前に魔力が枯渇するまでアンに注いでおいたので一晩で消える筈は無いと辺りを見渡すが、姿を消している様子も無い。
ふと、部屋から離れた場所にアンの存在を感じた気がして試しに心の中でアンに呼びかける。
『アン、何処に居る?』
すると、遠くに感じていたアンの気配が部屋の中に戻って来た。
「申し訳ありません、お父様。朝食までには余裕がありましたので、学園内を散策しておりました」
目の前で具現化したアンはそう言うとアレクへと謝罪した。
「別に怒ってる訳じゃないよ。目が覚めたら居なかったからちょっと心配しただけ。散策はどうだった?」
「はい、お父様の記憶に無かった施設の配置などは全て記憶しました。お尋ね下されば誰が何号室に寝泊まりしているか等もお知らせする事も出来ます」
どうやら学園内の施設の位置や、部屋割りなども調べて来たようだ。既に立派な諜報員である。
「そ、そうか。プライバシーは守ってあげなよ?」
下手な事を聞いて要らぬ情報を得てしまわないようにアレクは深く聞かない事にする。
教室の移動の際や迷子になった時は頼ろうと考えるとアレクは着替えを始めた。