二十話 ランバートとの出会い.
学園生活の初日は入学式と自己紹介だけで終わりとなり、ミリア先生との短い会話を終えたアレクは席へと戻りこれからの予定を考えていた。寮へとそのまま戻るか、学園内を見学するかと悩んだが明日以降施設の説明くらいはあるだろうと思い帰る方を選択する。
アレクが立ち上がろうとした時、自分へと視線が集中しているのに気付いた。内二人はフィアとエレンなので問題は無いのだが、他のクラスメイト達も視線をアレクに向けていた。
女生徒などは数人で何やらヒソヒソと囁き合っていたりと何とも居心地が悪い。
(なんか注目を浴びてるなぁ。まあ、入試の時に侯爵の息子とやりあったり、風呂の話がミリア先生から言われちゃったしな。目立ちすぎたか……)
周囲のほとんどが貴族であり、唯一の例外も大きな商会の御曹司や子女と、アレク以外は皆金持ちや権力者だ。入学金だけで銀貨一枚かかるのだから平民で入学出来るのは過去を見ても極めて珍しい。そんな中に唯の平民が入って来て目立ったのだから当然の結果だろう。
そんな風に視線の意味を捉えていたアレクだが、実際は見当違いな事を皆は思っていた。
(あいつ、ミリア先生に微笑まれてたぞ! 美人の先生に微笑まれるなんて。……うらやましい)
(アレク君ってミリア先生とどんな関係なのかしら? それにしても赤い眼って珍しいわね)
(アレク君、結構かわいいと思わない? 平民って言うほどダサくないし)
男子生徒からは興味と嫉妬の視線であったし、女生徒からはアレクの容姿に対して評価をされているようだがアレクには分からない。
周囲の視線の意味に悩むアレクが首を傾げると、それを見て更に女生徒の視線を集めるのだから堂々巡りである。
すると、フィアとエレンがアレクの様子がおかしいのを見て話しかけてくる。
「どうしたのアレク君」
「ん、いえ。どうも全員の視線が集まっているので気になってね」
貴族だから怖いという訳では無い。それならばカストゥールに喧嘩を売るような事はしないし学園に入る事すら躊躇っただろう。
だが、相手からどう思われるかは別であり、苛めなどに遭ったらどうしようかと悩んでいる事をフィアに伝えた。
すると、フィアは席から立ち上がるとクラス中に聞こえるような声で周囲に言葉を放つ。
「皆さん、アレク君が視線を浴びて不安になっていますよ? 何か言いたい事があるなら直接おっしゃったらどうかしら」
アレクとエレンは突然のフィアの行動に驚いた。まさかフィアがこうも平然とクラスの皆にものを言うとは思わなかったのだ。
クラスの皆も直接的な言い方に驚いていたが、直ぐに顔を見合わせるとアレク達の所へとやってくる。何を言われるのかとアレクが内心冷や汗をかいていると、口々に喋り始めた。
「アレク君って寮の風呂張りやってくれるんだって? 僕もまだ厳しいんだよ。お願いしていいかな?」
「アレク君はミリア先生と知り合いなの? どんな関係なの?」
「アレク君って平民って言ってたけど、教養あるわよね。入試の上位なんてすばらしいわ!」
皆の口から出るのは興味や感心の言葉だった。アレクはほっとしつつ、話しかけて来てくれた人に順に返事を返す。
先ほど自己紹介をしていたのを思い出しながら、なんとか名前と顔を一致させる。
「へぇ? たった一回の紹介だったのに名前覚えてくれたんだ?」
「すごいけど、フルネームって何か堅苦しくない? 普通に名前で呼んでいいわよ?」
「そうね、身分の違いはあっても同じクラスメイトを差別なんてしたくないわ。アレク君も私の事は名前で呼んでいいわよ」
貴族と平民という身分の差は確かにあるが、大半の生徒は同じクラスの一員として迎えてくれるようだ。幾人かは平民であるアレクを快く思っていないのか、僅かに顔を顰めている。
アレクは全員に感謝の意を伝えると、質問攻めに対して返事を返していく。
ミリアとの関係についてはきちんと説明すると、一部の男子からなぜか安堵の声が聞こえた。
そうして皆の質問を一通り答えていると、別の女生徒からの質問が来た。
「アレク君って生まれはこの国なのよね? どうしてこの学園に入ろうとしたの?」
その問いかけられた瞬間、アレクの表情が歪む。
ここ暫く忙しくて思い出さないようになっていたロハの村の光景が思い出された。
自分や村人、そして家族を殺していった盗賊団『濡れ鴉』の頭目の顔が思い出され、抑えて来た怒りが湧きあがってくる。
「っ!」
その怒りの感情に反応したのか、アレクから魔力が吹き出してしまった。
すぐに気付き気持ちを落ち着かせた為収まったが、魔力が威圧となって周囲の生徒達に襲いかかる。質問を投げかけた女生徒などは目尻に涙が浮かんでいた。
「あ、ごめんなさい! ちょっと嫌な事思い出しちゃって。ほんと、ごめんなさい……」
また無意識に魔力による威圧をしてしまった事に気付いたアレクは直ぐに謝った。繰り返し謝罪をするアレクに周囲の雰囲気は徐々にだが元に戻った。
「本当にすみませんでした。えっと、出身はロハの村っていう所なんです。何もない開拓村だったんですけどね」
「ロハ? この前親父が遠征で行った所がそんな名前だったな。でも、あそこは確か……」
気を取り直して質問に答えたアレクに、一人の男子生徒がぼそっと呟く。アレクが視線を向けると茶髪で体格の良い少年と目が合った。
「えっと、ランバート・セグロア……さんでしたね。確かセグロア家と言えばオルグ様と同じ家名ですが、もしかして?」
「ああ、オルグは俺の親父だ。そうか、君が親父の言っていた……」
どうやらクラスメイトの一人が、ロハの村で出会ったオルグの息子だったようだ。世間は広いようで狭いな、と内心思う。
彼が知っているなら遅かれ早かれ知られてしまうと考えて、アレクは皆に事情を話した。
アレクの境遇を聞いて、少女たちは涙して憐れんでくれた。フィアとエレンも若干涙ぐんでいるように見える。教室の雰囲気がだいぶ沈んでしまい、これではお通夜のようだと感じたアレクは殊更明るい声を出して喋った。
「でも、オルグ様に助けられて王都に来てよかったと思ってますよ? シルフの気まぐれ亭というところでお世話になっていたんですが宿の主人も女将さんも良い人でしたし。父が遺してくれたお金でこうして学園に入って皆さんとお知り合いになれたんですから!」
そういうと、少しだけ雰囲気が元に戻る。
周囲にも微笑みを浮かべる子が増えて、先ほどまでの暗い雰囲気は消えていった。
村の事を話す予定ではなかったが、この一件でアレクがクラスの皆と馴染む切っ掛けになった。
ランバートは力強くアレクの肩を叩くと、にやりと笑って声をかける。
「何にしろ、さっきの魔力はすごいな。お前に負けないように俺も力を付けないとな! これから宜しくな!」
バシバシと叩かれる肩の痛みに顔を顰めながらもアレクはランバートと握手をした。
彼は卒業したなら、父親と同じく騎士団に入るのが目標だとアレクに語った。
こうして、平民であるにも拘らずクラスの皆からは概ね好意的に捉えられたアレクは、無事に初日を終える事が出来た。




