十九話 入学式~ミリアとの出会い.
入学式当日。支給された制服に身を包み講堂へ新入生百名が並んでいた。その中にはアレクやリールフィアの他、ボレッテン侯爵家のカストゥールやその取り巻きの姿もあった。
一学年が百名余りが前に並び、その後ろには先輩である二年生が整列している。更に後ろには保護者用の席が用意されており、保護者のみで三百名以上は居るように見える。
生徒が貴族の子息や子女である以上は、保護者の殆どが貴族である。両親だけでなく、最低限一人は従者を従えてやってきたのだろう。そして、少し離れた場所には平民用の席も用意されている。
トラブルを防ぐために離しているようだが、その扱いに差は無い。そこにはティルゾとミミルの姿もあった。わざわざアレクの為に宿を臨時休業にして出席してくれたようだ。
(ミミルさん達が出席してくれるなんて思わなかった)
そう思うアレクだが、祝ってくれる人が居ることに喜びを隠せないでいた。
入学式が始まり、学園長のシルフィード・エル・フィストアーゼの挨拶から行われた。
シルフィードが壇上へ立つと生徒のみならず保護者の全員が起立した。
学園長のシルフィードはゼファール国の建国時から生存しているエルフである。
初代国王と共に建国に携わった者であり、現国王であるヴァハフント・エーレ・ゼファールを含む歴代の王全てを知る『生きた歴史書』とも呼ばれる。
爵位は王族以外では唯一人の公爵。下手な王族よりも権威があるとさえ言われている。
そのような人物が壇上へ立つのに、貴族であろうとも椅子へ座っている事など有り得ないのだ。
シルフィードは椅子へ座るよう告げると静かに口を開いた。
「当学園に入学した新入生の皆さん。本学園への入学おめでとうございます。このゼファール国は未開の地を切り開いて造り上げた国です。そして未だ東は未開の地と接しており依然として魔物の脅威と隣り合わせです。また、十年前には隣国であるソティラスによる侵略も受けた事もあります」
学園長の言葉を生徒のみならず保護者も真剣な面持ちで静聴する。
「今この国に必要な人材は知識を持ち、且つ迫り来る脅威に対抗できる者です。生活を守る為に盗賊や魔物と戦う事。国を守る為に魔物や侵略国と戦える事。そして、建国の時と同じように、未開の地を切り開き人類が住める土地を開拓する事も必要でしょう」
シルフィードの目が一瞬だけ遠くを見つめる。建国までの道のりや、それ以降の出来事を思い返す。
「もちろん、全ての者に剣を持てと言う訳ではありません。戦えずとも国へ貢献することは出来るでしょう。しかし、今この場に並んでいる皆さんは試験に合格しました。それは何らかの戦える手段を持っているという事です。力を持つという事は責任も有します。弱きを助け、大事な人や国を守るのは力持つ者の義務であり責任です。――その事をしっかりと胸に刻んでこの二年を送って過ごして下さい」
学園長の言葉が終わると、全員が再び立ち上がって拍手をする。
「最後に、当学園では身分の違いでの優遇や差別は行いませんし、身分を振りかざしての行為には断固とした処分を行います。十分気を付けてください」
そう言ったシルフィードの視線はカストゥール達へ向いているように感じられる。だが実際には貴族が平民と問題を起こす事件は毎年数回は発生する。
生まれ持っての選民意識は学園長が言ったくらいで直るものではないのだ。
式が終わり、クラス分けの書かれた紙を渡され、それぞれの教室へと別れて入る。一クラス二十名のAからEの五クラスとなっており、アレクはAクラスだった。教室に入るとリールフィアとエレンが同じクラスとなっており、アレクに気付くと話し掛けて来た。
「一緒のクラスね! これから二年間宜しく」
「リールフィアさんと、エレンさん。こっちこそ宜しく」
アレクが挨拶を返すとリールフィアが頬を膨らませる。
「もう、アレク君。なんか言い方が堅い! フィアって呼んでいいわよ?」
リールフィアにそう言われ戸惑うアレクだったが、名前が長いなとは思っていたので素直に頷いた。貴族にしては接しやすいフィアの性格にアレクは親しみを覚えるのだった。
そんな風に雑談をしていると扉が開き、教室に一人の教師が入って来た。
生徒の話し声がピタッと止み、全員の目が入って来た教師に集中する。同様にアレクも目を向けると何処かで見た覚えのある女性が立っていた。
(あれ? あの女性って、前に学園の前で声を掛けてきた人?)
教室へと入ってきて教壇に立つ女性は、以前本屋に行こうといて学園の前を通った際に、歴史が試験の科目だと教えてくれた人だった。
彼女はアレクには気づいた風も無く教壇から教室内を一瞥すると無表情のまま生徒へ好きな席に座るように指示した。
「私がこの1年間A組の担任するミリア・ナックスです。席に好きなように座って頂戴。後から席を替えたいときは当人同士で話し合うようにね」
ミリアの指示に従い皆が各々に席を決める。
アレクは窓際の一番後ろに座る事になった。他の生徒達の席が決まるまで様子を窺っていたら自動的にそこに決まっただけなのだが。
隣にはリールフィアが、更にその隣はエレンが座っていた。僅かでも顔見知りが隣という事で、アレクは気が楽になった。
ミリアは表情を変えず淡々と自己紹介を始めた。自身が導師級の魔法使いであること。専門は魔道具の開発であり魔道具で何か分からない事があったら聞きに来るようにといった事を最後まで表情を変えず話した。
生徒から見たミリアは掴み所が無く、近寄りがたい雰囲気を感じた。それはアレクから見ても同様だったが、試験科目を教えてもらった事もあり、面倒見は良いのだろうと思うことにした。
(この時間が終わったらお礼を言っておこう)
ミリアの話は続く。
「この学園へと入学してきた皆さんなら既に知っていると思いますが。この学園では、騎士や魔法師団を目指したり、国へ仕えることに重点を置いて指導していきます。
街の冒険者ギルドなどとは比べ物にならない技術を教えるので、国へ仕えずに冒険者となったとしても役に立つでしょう」
そう言った時、なんとなくだがミリアの視線はアレクを向いていたように思った。一瞬アレクと視線がぶつかったように思えたが、すぐにミリアの視線が外れたので気のせいだろうかと思う程度だ。
「午前中の座学では国に携わる上で必要な内容と、生きていく上で必要な知識を教えます。これは騎士団や魔術師団を目指す人にも大事な事です。城にこもってばかりではなく、遠征などにも出向きますからね。午後からは実習となり、魔法は私が教えます。武器での戦闘は私以外の先生に担当して貰います」
やはり、街で冒険者ギルドに登録して学ぶよりも、高度な技術や魔法を教えて貰えるようだ。この学園に入る事を選択して良かったとアレクは思った。
より強くなる為に、これから学園で貪欲に知識と技を吸収しなければなと考えるのだった。
そこからの話は、これからの授業内容や年間のスケジュールについてと、ダンジョンに関しての話だった。
要約すると、授業は週に五日で午前が座学、午後が魔法と武技の実技。一年の内、夏と冬には一か月半の休みがあるそうだ。
これは遠くから学園に来ている生徒の帰郷の為長く設定してあるらしいが、王都や近郊に住んでいる生徒はダンジョンに潜ったりしても良いそうだ。
但し、ダンジョンに潜れるのは夏休み前に行われる試験で合格を取らないといけない事、ダンジョンに潜る際はパーティーを組まないといけない事など決まり事があった。
「ミリア先生! ダンジョンというのは中に魔物がいるんですよね?」
誰かが手を挙げてミリアに質問をした。見るといかにも活発そうな少年で、ダンジョンに興味があるのだろう。アレクも気になっていたので知りたかった事だった。
ミリアは相変わらずの無表情のままその少年を見るとダンジョン内の説明を始めた。
「ダンジョン内は全十層になっています。一層から大鼠、大兎、狼と動物系の魔物が出ます。入り組んだ迷路のような構造になっていて、考えなしに入ると迷って彷徨うことになります。
また、学園で購入できる護符には導師級魔法である《空間》の転移魔法を付与してあります。それを所持していると、魔法が発動してダンジョンの入り口へと転送されます。ですので、必ず学園の購買所で帰還札を購入してから行くように。帰還札は一度だけ入口に戻ることができる魔法も込められています。銅貨五枚ですが決して忘れないで」
思ったよりも様々な魔物が出るようだ。因みに入学したばかりのアレク達であれば一層の魔物に秒殺されるとミリアは生徒たちを脅かした。
それを聞いた先ほどの少年は顔を青くして黙ってしまったし、他の生徒も怯えてしまった。
そんな生徒たちを見てミリアは但しと言葉を続ける。
「夏まで授業を受けて試験に合格すれば一層と二層は十分潜れるくらいの実力は付くので頑張りなさい。冬の試験を合格すれば四層までは行けるようになるでしょう。それ以降は二年生にならないと技術的にも肉体的にも厳しいとは思うけどね」
その言葉を聞いて皆の表情が少しだけ明るくなる。確かに子供程度の能力と肉体の強度では魔物なんて相手にできる筈が無いのだ。
試験に合格したとしても、パーティーを組んでやっと魔物と対等に戦えるというだけで、個人で潜ると囲まれたりしてあっさり負けるらしい。
「決して死なないように。危険と判断したら即座に逃げなさい。ご家族も私たちも悲しむわ」
そう締めくくってダンジョンの説明が終わった。次は自己紹介の時間となった
。
「では、窓際の一番前の君から自己紹介をしてください。それが全部終わったら今日の授業は無いので解散となります」
ミリアの言葉に従い、生徒が一人づつ自己紹介を行う。やはり貴族出身が多いようだが、カストゥールのような横柄な態度の貴族は運良くこのクラスには居ないようだ。次々と自己紹介が進み、アレクの番となった。
「アレクです。見ての通り平民の出です。田舎者だったので失礼な口のきき方をするかもしれませんが、色々と教えて頂ければと思います」
アレクはそう言い頭を下げた。他の生徒の時と同様パチパチと拍手が送られたのだが、ミリアが一言付け加えた。
「アレク君は今回の入試で上位合格者の一人です。また、魔力量が多いらしくて寮ではお風呂の水張りの代行を始めたそうよ。寮に入っている者は気軽にアレク君に頼むといいわ」
ミリアの言葉にあちこちから感嘆の声があがった。
逆に驚いたのはアレクだった。上位合格なのは教師なら知っているだろうが、寮での水張りを請け負う件は昨日リールフィアと決めたばかりの内容だった。
昨日の今日でこの件を知っているという事は、ミリアがアレクの事を色々と注目していた事になる。
アレクが何かを言う前にミリアは次の生徒へと発言を促し、タイミングを逃したアレクは口を閉じて座るしかなかった。
授業が終わり挨拶をして解散となった後、アレクは直ぐにミリアの所へと足を運び何時ぞやの礼を言った。
「ミリア先生。その節は貴重なアドバイスを頂きありがとうございました」
すると、ミリアは僅かだが微笑みアレクへと言葉を返した。
「覚えていたのですね。これからの学園生活、期待しています」
そう告げると、ミリアは踵を返して教室から出て行った。そんな二人を見ていた他の少年たちはミリアが微笑んだ時の美しさに騒ぎだす。少女達はそんな表情を見せるアレクとミリアの関係にあれこれと憶測を交し合っていた。
そんな中、リールフィアだけは面白くなさそうな表情でアレクをじっと見つめており、そんなリールフィアを見てエレンはため息を吐くのだった。
(はぁ、フィア自身気づいていないようだけど。アレク君に気があるようね)
エレンは、そんなリールフィアとアレクを交互に見ながら、これからの学園生活がどんな風になるのか思いを馳せた。




