十七話 合格発表.
試験から一週間が過ぎ、ついに合格発表の日がやってきた。
朝、アレクが起きて階下へと降りると、何時もより着飾った服を着たティルゾとミミルが揃って待っていた。何時も着ている仕事着ではない格好でいる二人を不思議に思ったが、挨拶をして二人へと近づく。
「おはようございます。お二人ともどうしたんですか?」
「何言ってるの? 私たちも一緒に見に行くわよ!」
アレクが二人に尋ねると、ミミルは当然のような顔をして言った。
どうやら二人はアレクの保護者として学園へと一緒に行くつもりのようだ。ティルゾにしろ、ミミルにしろ二ヶ月間共に働いたアレクの事を大事に思っていた。
他の貴族や商人も家族で見に来るであろう場所に、アレク一人向かわせるのは忍びないという気持ちもあった。
「それに、こんな時じゃないと王立学園なんて入れないし?」
ミミルの言葉は半分本音、半分は照れ隠しだった。身寄りの無いアレクにとって共に見に行ってくれる人が居るのは純粋に嬉しかった。どんなに望んでも本当の家族に見て貰う事は叶わないのだから。
「ありがとうございます。支度も終えているようですし、お昼の仕込み前に戻れるように直ぐ出発しましょうか」
気遣いが嬉しかったアレクは照れたような笑みを浮かべて二人を促した。ティルゾに頭を撫でられミミルに手を繋がれたアレクは種族こそ違うが立派な親子に見えた。
ゼファール王立学園。今、学園の周囲はアレクが受験に向かった時よりも人ごみで混みあっていた。合格発表を見に、受験生だった者の家族や縁者が同伴して一か所に集まっているのだから当然だろう。
多すぎる人ごみに逸れないよう手を繋いだ三人は発表されている掲示板の前までやっとのことでたどり着いた。
「アレク君は何番なの?」
「えっと、百九十番ですね」
受付するのが遅かったアレクは全体から見ると最後の方の番号であり、今年は二百名が受験していた。この中、実際に受かるのは百名で二倍の倍率だった。既に周囲では歓声を上げて喜ぶ者、落ちて肩を落とし慰められる者の光景があちこちで見受けられた。
基本的に掲示板は受験番号順となっており、アレクは自分の番号のある最後の方へと目をやる。
(百八十八……百九十一! うわ・・・まさかの不合格か?)
筆記試験は自信があったのだがアレクの番号は無かった。貴族と問題を起こした事と午後に学園長に睨まれたのが原因だったのだろうかとアレクは顔をゆがませる。
自分の番号が無い事にがっくりと肩を落とす。何より一緒に来てくれたティルゾ達に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「あの、折角来て頂いたのにごめ「あ! アレク君!」ん……え?」
小さなアレクの声を遮ったのはミミルの声だった。顔を上げるとアレクが見ていた掲示板とは違う所をミミルが指差す。同じ場所を見ていたティルゾが驚愕の表情でその場所を見ながら呟いた。
「すごいな、あれって上位合格者の事だよね」
二人が見ていたのはアレクとは正反対の場所だった。見ると他の番号と明らかに文字の大きさが違うサイズで複数の番号が書かれており、そこにアレクの番号が大きく書かれていた。
「あった!」
一度は落ちたと勘違いした直後だけに、不意にアレクの目から涙が一筋零れ落ちた。純粋に合格した嬉しさと、二人を落胆させずに済んだ安堵感。そして、力を得る為の第一歩が始まるという昂揚感がアレクの心を埋め尽くしていく。
実際に合格したアレクと同様、ティルゾとミミルの喜びは大きかった。まるで自分の事のように喜びアレクを挟むように抱きしめる。未だ子の出来ない二人にとって、アレクはたった一ヶ月でも自分の子のように感じていたのだ。
三人は一頻り喜びを分かち合うと、合格者の手続きをする場所目指して奥の建物へと歩いて行った。
「おめでとうございます! 受験票を見せて頂いてよろしいでしょうか?」
建物には合格者用の受付が用意されており、アレクは自身の受験票を職員へと手渡す。受験票を確認した職員はアレクに再度祝いの言葉を述べると、初年度の学費として銀貨一枚の支払いと必要書類への記入を求める。
お金を支払い必要項目を書いていくと、有事の際の連絡先という項目があった。
これは学園内で病気になった場合や、何らかの事情により死亡した際の連絡先だと説明を受ける。
家族の居ないアレクには連絡すべきところが無い。アレクはティルゾに頼むと、ティルゾとミミルは快諾してくれたのでシルフの気まぐれ亭の名を書き込んだ。
「はい、これで入学手続きは以上となります。それと、入学してからは寮に入りますか? アレクさんは上位合格者の一人なので一人部屋が提供される事になりますが」
「一人部屋ですか? それと、上位合格って何ですか?」
「ええ、他の生徒は基本二人部屋なんです。寮の費用としては食事代込みで月銅貨十枚となっています」
「上位合格というのは、筆記試験、武術適正、魔法適正の中で優秀な成績だった方が対象となっておりまして。アレクさんは筆記と魔法適正の結果が全受験生中トップだった為ですね。首席者は一人部屋が無償で提供されますよ。食事代は別途掛かりますけど、調理器具もあるので自炊も可能です」
どうやら上位者には特典があったようだ。どちらにしろ、今までのように宿に泊まるよりは安いが毎月銅貨二枚づつ出費が掛かるので働きに出る必要がある。どうしたものかと悩んでいるとティルゾから声が掛けられた。
「食費のみで済むなら寮に入った方がいいと思うよ。お金が心配なら週末にでも家に来て働いてくれれば助かるんだけどね」
手持ちの金で数ヶ月は食べていけるが、来期の学費を考えると働かないと厳しい。
週末のみでも働きに出れば毎月銅貨三枚は得られるので特に予定外の出費が無ければ暮らしていけるだろう。最悪、ボーンウルフが吐き出す魔石を売れば良いのだと考え、アレクは寮に入る事を決める。
そんなやり取りの後、全ての手続きを終えたアレクは早速来週から寮へと移ることを決めた。ミミルは寂しがっているが会えなくなる訳では無いのでティルゾが宥めると納得したようだ。
宿へと戻ると、いつものように夕方まで働いた。
常連の客にミミルが言いふらした所為で、アレクが学園に合格した事は大半の客に知られることとなった。多くの客からお祝いの言葉を貰い、お礼を返すことでいつもよりも慌ただしい日となった。
客が全て帰った後、ティルゾとミミルに祝福され三人で軽く祝杯を上げた。ティルゾから今日だけはお酒を飲んでいいと言われ、少しだけ飲ませて貰った。
お酒の飲み過ぎたミミルが、アレクの頭を胸に抱きしめるという一幕もあったがティルゾは笑っていた。部屋に戻ったアレクは今は居ない自分の家族へと胸中で報告すると、静かにベッドに横になったのだった。
一週間後、ティルゾとミミルの見送りで宿を後にした。向かう先は今日からの新しい住処となるゼファール王立学園の寮である。アレクの恰好は昨日と違い、一つのカバンを手に持っていた。これはティルゾがアレクにプレゼントした物で、ティルゾが若い頃に使っていた物だそうだ。
(カバンは村を出る時に持ってた袋しか無かったから助かったな)
アレクは年季の入ったカバンを見て頬を緩ませる。中には昨日追加で購入した普段着の服と自炊に必要であろう調味料一式を入れている。中古とは言えティルゾが大事に使っていたカバンを譲り受けた事はアレクにとって嬉しかった。
それにしても、昨日宿に戻ってから気付いたのだがボーンウルフの事があったので一人部屋で良かったと心底思った。もし二人部屋になっていたら処遇に困っていただろう。
因みにボーンウルフは今カバンの中でじっとしている。生物ではないので息苦しくなることもなく、吠えないので便利だ。
昨日の今日で寮に入る生徒は少なかったのだろう、職員に尋ねるとすぐに新しい自分の部屋へと案内される。
「ここがアレク君に割り当てられた部屋になります」
職員に案内された部屋入ってすぐに風呂とトイレがあり、奥にキッチンと5平方メートル程の部屋が続いていた。更に奥には寝室が付いていた。
「へぇ、お風呂があるんですね」
「はい、やはり貴族が多くなりますのでお風呂は全室付いてます。ただ、湯船を満たすだけの水を用意できるかという問題があって、毎日というのは厳しいんですよ」
部屋に風呂があった事にアレクが喜んでいると、案内の職員が説明してくれた。学園に入学したての生徒は魔力量も少なく大量に水を出す事が出来ない場合が多い。二人部屋の場合は協力して溜める事も出来るが、水だけを出せば済む訳では無い。例えるなら一リットルの水を出すのに魔力が一必要だとしても、風呂を満杯にするには百五十リットル以上の水を必要とする。十三歳の魔力の平均は百程度なので、満杯にする前に魔力が枯渇してしまうのだ。
「ここにある魔道具に魔力を通すと、湯船の水がお湯になるんですよ」
そう言って職員が指差したのは湯船に取り付けられた小さな装置だった。魔道具は物珍しかったので後でじっくり見ようと決めて説明へと意識を戻す。つまりは、水を溜めるのとお湯にするのに魔力をそれなりに使うらしく、今日は水溜め明日は沸かすという風にしているのが多いらしい。
「それでも、お風呂が部屋にあるのは嬉しいですよ」
生まれてからずっと水で体を拭いていたし、宿でもお湯を貰って拭くだけの生活だった。記憶の中にあったお風呂に興味が無い訳ではなかったが、やはりあると入ってみたくなるのは仕方ないだろう。実際、アレクの魔力量なら風呂をいっぱいにする何倍もの水を、既に宿の洗い場で出した経験がある。
(この大きさの風呂なら余裕で溜められそうだ。今夜入ってみよう)
そんな事を思いながらそれ以外の施設の説明を聞く為、アレクは一旦荷物を部屋に置くと職員に連れられて寮内を案内して貰った。二百人は入れそうな食堂や、運動場。膨大な書物が揃ってる図書室など様々な施設がありアレクを驚かせた。
寮は全学年共通で使う場所らしく、時折先輩と思しき人達とすれ違う。アレクを見て興味深げに視線を送ってくる人達に会釈を返しながらも職員についていく。
寮内の案内が終わり、アレクが部屋に戻ったのは一時間後の事だった。施設の中で不思議だったのは雑貨や生活用品を売っている店があったのだが、そこで魔石の買い取りをしている事だった。職員の人に尋ねると学園内にダンジョンが存在し、授業や腕試しで潜ることが出来るらしい。そこで倒した魔物から魔石を得る事が出来るのでそれを買い取る為にあるのだとか。
詳しくは入学してから教えられると言われた為詳細は分からなかったが小遣い稼ぎが出来そうなのでアレクとしては嬉しかった。
(週末に宿で働く以外にもしかすると収入得られるかな?)
学園内で魔石を買い取るのは、学園内で使用する魔石を賄う為だ。市場で流通している魔石を買うよりも、自分たちで直に買い取った方が安く済むからだ。
また、ダンジョン以外でも手持ちの魔石も買い取るらしいのでアレクが売るのを躊躇っている魔石も売ることができそうなのが嬉しかった。