十五話 入学試験-1.
「これは何の騒ぎですか!」
その時、学園の方から女性の声がかけられた。
「学園長!」
遠巻きに様子を見ていた教師達が声の主に気づき安堵の表情を浮かべる。アレクもそちらに顔を向けると周囲を囲っていた人垣が割れ、美しい女性がこちらへと歩いてくる所だった。
やっと事態を収拾できそうな人が出て来たと思った瞬間、アレクから放たれていた魔力による威圧が解かれた。囲っていた取り巻きはへたり込み、カストゥールの背中には今更のように冷たい汗が流れて来ていた。
「これは一体何事です?」
教師に学園長と呼ばれた女性は当人たちより事情を聴くよりは事実を掴めるだろうと、付近に居た教師へと事情の説明を求めた。教師が学園長へ説明をしている間、アレクは学園長という割に若い人なんだなあと見当違いの事を考えていた。
(髪長いなぁ、腰の辺りまできてるし耳が長いけどエルフ族かな?)
今まで会ったどんな人よりも学園長は美しかった。腰まで伸びた金色の髪と美しい顔立ち、そして髪から覗く耳は物語に出てくる妖精のように長かった。
一通り説明を受けたのか、学園長がアレクとカストゥールの居る場所までやって来ると表情を変えずに淡々と言葉を口にする。
「さて、教員から事情は伺いました。私はゼファール王立学園の学園長をしているシルフィード・エル・フィストアーゼと申します」
学園長の名乗りに対し、アレクも名を告げる。それに続いてカストゥールも落ち着きを取り戻し名乗りを上げる。
「アレクです」
「俺はカストゥール・ロイル・ボレッテンだ。知ってるだろうがボレッテン侯爵家のちゃ「存じ上げておりますので結構」…… 」
カストゥールの名乗りの途中、シルフィードは有無を言わさず喋るのを止めさせる。カストゥールは自分が話すのを止められた所為で怒りを露わにしていたが、シルフィードに対しこれ以上口を開くことは無かった。
(フィストアーゼ公爵。ボレッテン侯爵家と同じく建国時から国を支える公爵家だっけか)
アレクは本で読んだ内容を思い出しながら目の前に立つシルフィードを見つめる。
妖精族であるエルフにして、ゼファール建国から生き続ける唯一の貴族である。
ボレッテン家よりも上位に立つ公爵な為、カストゥールは学園長に強く出れないのだろう。そんな公爵が何故学園長をやっているのだろうと疑問に思う。
「さて、聞くとカストゥール殿は受付の列を乱し女性に危害を加えかけたそうですね。貴族への案内の際は常に言っておりますが、当学園では身分などを誇示しての問題行動は禁止させて頂いております。規則に同意頂けないのであれば学園への入園はお断り致しますが?」
「そ、それは……」
シルフィードの問答無用な物言いにカストゥールは二の句が言えなかったようだ。そんなカストゥールから興味を失くしたように視線を外すと、次はアレクへと顔を向けた。
「さて、アレク君でしたね。彼らを止めようとした行動はすばらしいですが、仮にも貴族位の者に対して些か暴言と取られかねない物言いはどうかと思いますよ? 学園に入るなら気を付ける事です」
「はい、私も少々言いすぎました。田舎から出て来たばかりで非常識な行いをしてしまいました。ご無礼をお許しください」
アレクはそう言い、カストゥールへと頭を下げた。自らの非礼を詫び素直に頭を下げたアレクと、権威を撒き散らして謝罪することも出来ないカストゥールとでは周囲からの視線に温度差が出るのは至極当然だった。シルフィードは更に現場に居合わせた教師に対しても権力に負けず公平に接するよう苦言を呈し、元の受付業務に戻るよう指示をした。
この間、取り巻き共も立ち直ったようでカストゥールの周囲で肩身の狭い思いをしていた。ちらちらとアレクに視線をやっては先ほどの威圧を思い出して小さく震え怯えていたという。
少し騒ぎが起きた所為で、試験開始は一時間遅れで開始されることになった。
当事者であるアレクとカストゥール(及び取り巻き)は開始前にも学園長の部屋に呼ばれ、事実の再確認と今後同様の問題を起こさないよう注意された。
(はぁ~、予定外の事で叱られちゃったな。怒ると口が悪くなるのは悪い所だな。面倒なのから目付けられそうだしこれからは注意しないと)
既に手遅れ感はあるが、今更気にしても意味が無いので試験について意識を向ける。
既に他の生徒達は教室へと入っておりアレクだけが教員に連れられて向かっているところだ。教室の割り当てはランダムで決められていて、カストゥールや腕を掴まれていた少女とは別の教室だった。
教室に入ると若干視線を感じたが気にしない事にした。始めは筆記試験で、一科目を四十分ずつの時間で読み書き、算術、歴史と二時間程で終了して一旦昼食を挟むことになった。
机で持ってきた弁当を広げると、朝に押されて倒れた際に潰れたのだろうサンドウィッチが歪になっていて溜息を吐く。
(はぁ……まあ、味が変わる訳じゃないからいいか。午後からは魔法と武術の適性試験があるし、食べないと持たないだろう)
そう思って食べていると、アレクに話しかけてくる少女が居た。
「あの、アレク君。ちょっといいかな?」
アレクが顔を向けると、そこには今朝カストゥールの取り巻きに腕を掴まれていた栗毛の少女が立っていた。
別な教室で受験していた筈なのに何故ここにいるのだろうと不思議に思って首を傾げる。
「えっと、食事中ごめんね? 今朝助けてくれてありがとう。お礼が言いたくて」
少女の言葉に急いで口の中のパンを飲み込むと立ち上がって挨拶をする。
「いや、僕の方こそ大事にしちゃってごめん。それに突き飛ばされた事に怒ってただけだから君が気にする必要はないよ?」
アレクの言葉に少女はそれでもと言って頭を下げてきた。よく見ると栗色の長い髪に茶色の瞳をした可愛い子である。
身なりがしっかりしているので恐らくは貴族なのだろうが、カストゥールのように貴族然とした物言いではなく、親しみを感じさせる言葉遣いだった。
「それよりも、あんな事があって試験に影響はなかった? ええと……」
「あ、私ったら名前も名乗らずに! 私はリールフィア。リールフィア・ザンバート。国の東にある小さな領からやってきたの」
「改めて、僕はアレクと言います。リールフィアさんも貴族の方だったんですね。言葉遣いはよくわからないので何か失礼があったらすみません」
リールフィアの自己紹介にアレクは今朝の反省を踏まえて少しだけ言葉遣いを改める。
「もう! 言葉遣いを改めなくてもいいのに。午前の試験は大体実力が出せたとは思うんだけど。逆に午後からの魔力適性の試験のほうが怖いわ。武術のほうは多少覚えがあるんだけどね。アレク君はあれだけすごい魔力なんだし余裕そうよね?」
「へ? 魔力? 何時僕の魔力なんて計ったの?」
ここに来てやっと今朝カストゥールと取り巻きが身動き出来なかったかを理解した。どうやら、無意識の内に魔力が周囲に放たれており、その際の魔力量があまりにも膨大だったかららしかった。
リールフィア曰く、少し離れて居た自分たちですら圧倒されるだけの魔力が放たれていたらしい。それを聞いたアレクは戸惑いながらも魔力が高いのなら良いだろうと納得することにした。
この後リールフィアと少しだけ話をしていたが、そろそろ昼時間が終わる頃になったので彼女は自分の教室へと戻ることになった。
アレクは良い気分転換になったなと思いながら、リールフィアに共に頑張ろうと声を掛ける。
「午後の試験もお互い頑張ろうね」
「うん! 一緒に合格出来たらいいわね」
少女が小さく手を振って自分の教室へと駆けていくのを見送ると、食べている途中だったサンドウィッチを急いで平らげるべく口へと運ぶ。周囲からは今朝と同様視線を感じるが、若干男からの嫉妬の視線が混じっているように思えるのは気のせいだろうか。