十四話 入学試験はトラブルの予感~フィアとの出会い.
こうして一ヶ月が過ぎ、ついに入学試験の日となった。
この一ヶ月でボーンウルフが吐き出した魔石は四つだ。やはり魔力を食べさせると余剰となった分が魔石と変化するようだった。
道具屋に売りに行くと、前回同様一つ銅貨二十枚で買い取ってくれた。透明度の高い魔石は魔道具に組み込んだ際に効率が良いらしく、この値段で買い取っても十分利益が出ているそうだ。
試験当日の朝、アレクはティルゾに追加で二週間分の宿泊費を支払った。合格の発表が一週間後であり、合格して寮に入れるとするならそのくらいかかると思われるからだ。
今月宿で働いた分を含めると所持金は銀貨一枚と銅貨七十枚程になっており、合格した場合の一年分の学費を払える算段がついた。
金銭的に綱渡りだが、なんとかやっていけそうで安堵の息を吐いた。
「アレク君なら大丈夫だと思うけど、落ち着いて頑張ってきなさい」
「アレク君! 落ちても雇ってあげるから気楽にね!」
励ますティルゾに対し、ミミルはまるで落ちる事を願っているような言いぶりである。呆れたティルゾに軽く頭を叩かれたミミルは耳をペタンと伏せて恨めしそうにティルゾを見上げている。
それを見たアレクは少なからず緊張していた気持ちが解れるのを感じて礼を言う。
「あはは。ティルゾさん、ミミルさん。もし落ちたら宜しくお願いします」
そう言うアレクだが、顔には自信が表れていた。
「それでは、いってきます!」
「頑張ってね~」
ミミルの声に送り出されて、アレクは学園へと向かうのであった。
学園へと向かう道すがら、同世代の子供らの姿がちらほら見え始めた。
(この人達も学園を受けにきたのかな?)
身なりを整えた少年たちに混じり、僅かだが着飾った少女の姿も見受けられるようになった。自分よりも身なりが綺麗なので貴族か商人の子供達なのだろう。アレクは自分の格好を見下ろし溜息を吐く。
(ケチらないでもう少しいい服を買うべきだったかな)
上下と靴で銅貨三枚も支払ったのだが、周囲を歩く子供達の服装はアレクの数倍は良い物だと一目で分かる。所詮は平民なのだし今更見栄を張っても仕方ないと頭では分かっているけれど、少しだけ肩身が狭い思いだ。
学園へと到着すると、既に受付の場所にはかなりの人が集まっていた。教員らしき大人が四人で受付をしているようだが、それぞれに二十人程が並んでいたのでアレクも列の後ろに並ぶ。一人辺り一分くらいで処理されているようなので自分までおよそ二十分だろうか。アレクの後ろにも次々と人が並んでいき、あっと言う間に長蛇の列が出来た。
(早めに出てよかったな。受付だけで疲れるところだった)
ほっと安堵の息を吐き、自分の番まであと五人となったときに背後から大きな声が聞こえて来た。
「おい! そこを通せ!」
何事かと後ろを振り返ると、少年が四、五人のグループで列を乱しているところだった。中央に立ち我が物顔で通る少年は、濃い赤色の髪と鳶色の瞳をした勝気そうな男だ。それを取り巻くように四人の少年がアレクの後ろに並んでいた人々を押しのけて進んでくる。
「あれって、ボレッテン侯爵様の御子息よね」
「ボレッテンってあの?」
「そう、父親の侯爵様が近衛騎士団の団長の…」
周囲に居た貴族風の少女達の囁き声がアレクの耳に入ってくる。この国の歴史を調べていたお陰かボレッテンの名前に覚えがあった。
(確か建国時の戦いで功績を上げた貴族だったっけ? 三百年続く侯爵だよな)
歴史書では誇りある武官の一族と書かれていたが、目の前に現れた少年はただの調子づいている悪ガキにしか見えない。先程囁き合っていた少女たちが更にヒソヒソと話しているのが耳に届く。
「侯爵様は素晴らしい方なのに、ご子息は権威を振りかざしていて評判が悪いらしいわ」
事情に疎いアレクには有り難い情報ではあるが、目の前に迫って来た侯爵一行に聞こえてしまうのではないかと心配していると、取り巻きの一人が少女に気づいたらしく声を荒げた。
「おい、そこの女! 何をコソコソ喋ってる!」
その取り巻きの一人はずんずんとこちらへ向かってくると、途中に居たアレクを突き飛ばし少女達へと詰め寄った。
「あいてっ!」
突き飛ばされ尻餅を衝いたアレクには目もくれず、男は栗毛の少女の腕を掴むと、ギリッと捻りあげた。
「痛い! 離して!」
容赦ない力で腕を掴んでいるのだろう、腕を捕まれた少女が顔をしかめて悲鳴を上げる。そして残りの取り巻き達が集まって来ると、少女達を取り囲み何を言っていたのか詰問し始める。
その間、アレクには取り巻きの誰一人として目もくれず放置の状態だ。周囲の他の少年たちは巻き込まれるのを恐れてか心配そうな視線だけは向けるが誰一人として助けようとする者はいなかった。
異変に気付いたのだろう、教師たちがこちらへと向かってきて侯爵の息子へと何があったのか問い質す。だが、取り巻きも含め言っている事はチンピラと変わりなく、少女達が自分らを侮辱したなどと言い教師たちの介入を妨げる。
「ふん、このボレッテン侯爵家の嫡嗣たる俺に対し暴言を吐いたのだ。この女と家には相応の償いをしてもらわんとな」
家の事を出され少女の顔色は蒼白に変わった。それを宥めようとする教師達も自分が巻き込まれる事を恐れて強く言えないようだ。事態の収拾がつかないまま、このまま少女達が粛清を受けるのだと誰もが思った瞬間、一人の男の声がかけられた。
「家の威厳を撒き散らしかして、何様なんだか」
明らかに侯爵家の少年に投げつけられた侮蔑の言葉に、嫡嗣の少年と取り巻きが気色ばんで周囲へ誰何する。
「誰だ。今侮辱した奴は!」
声のした方を見ると、先ほど突き飛ばされたアレクが立ち上がって土埃を払っているところだった。顔は下を向いているので表情はわからないが、どうやら先ほどの言葉はアレクが発したようだ。
アレクとて、貴族に逆らっては不味いというのは知っていたが、元々前世では権力と接点もなく、この世界に生まれ変わってからも開拓村の中しか知らなかった。
その所為でいまいち貴族という存在に理解と危機感が足りていなかった。
「今のは貴様か? 侯爵家に対する侮辱なぞ、平民如きが口にするなど万死に値する! 一家郎党処刑されたいか!」
「五月蠅いなあ。そんな歳じゃないから普通に喋っても聞こえるよ。聞いてれば、侯爵だって台詞ばっかり。偉いのは先祖と父親でしょ?」
アレクの姿から平民だと看破したのだろう、取り巻きの一人がアレクに対して脅し文句を口にした。しかし、その言葉に返されたのは更なる侮蔑の言葉だった。取り巻きが口をパクパクとして言葉を失っていると、赤毛の少年が口を開いた。
「ほう、俺をカストゥール・ロイル・ボレッテンと知っててよくそんな口を利けたもんだ」
カストゥールと名乗った少年は取り巻きを左右に配置すると、自らの腰に帯剣していた片手剣を抜いた。それを見て取り巻き共もそれぞれ片手剣を抜き放つとアレクを包囲する。
周囲からは悲鳴があがり、巻き込まれまいとアレク達から離れて行く。そんな中、アレクは顔を上げるとカストゥールへと初めて目を向けた。
「――っ!?」
アレクの瞳は昼間であるのに僅かに紅く輝いていた。それと同時にアレクの体から膨大な魔力が噴き出す。魔力の奔流によって銀髪が風にたなびくように揺れた。
その異貌と魔力による威圧にカストゥールと取り巻きは一歩下がってしまう。アレクはゆっくりと周囲を見渡すと嘲るように鼻を鳴らす。
「家名を出して国営の学園の秩序を乱し、見咎められれば婦女子に暴行を働く。無関係だった僕を突き飛ばした事を謝りもせず、平民だからと一家郎党を殺すと脅す。これの何処に貴方個人を尊敬すべき事柄があると言うんですか?」
アレクは怒っていた。前世の頃から温和で人に優しく接し、並大抵の事では怒らない性格だったが、家族や友人を守ろうとした時や、理不尽な暴力やいじめに対してだけは毅然とした態度を取る性格だった。
そして、取り巻きに捕まれていた少女が、村で自分に親しくしてくれた幼なじみと同じく栗毛だったこともアレクの怒った要因だった。
盗賊団から守る事も出来なかった少女と、目の前の少女を重ねてしまったのかもしれない。
アレクとしては所詮子供の喧嘩だという意識だったが、やはり貴族というのは面倒な生き物である。
ここまで平民に言われ黙っていられるようなカストゥールではない。取り巻きも少し脅すくらいと思っていたが、主を侮辱されて後に引けなくなっていた。だが、切りつけようと頭では考えているのに何故か足が動かなかった。
「どうしたんです? その抜いた剣は飾りですか。僕は戦う力なんて持たない平民如きですよ」
アレク自身は気づいていないがボレッテン一派だけに留まらず、周囲の学生もアレクから発せられる圧倒的な魔力に身動きが取れない状態になっていた。
既に加護が発動してから魔力枯渇によって数十回は死んでいたアレクはこの歳では考えられない程の魔力量を保有していた。
それが怒りのせいでアレクの体から周囲に解き放たれてしまっていた。周囲からすると凄まじい威圧感として身じろぎすら許さない結果となっている。
近くに居たボレッテンの取り巻きの額には汗が滲み、背中にも冷たい汗が流れる。下手をすれば近衛騎士団長である父親に匹敵する威圧感は、子供では到底太刀打ちできるものではない。
正面のカストゥールだけは表情に変化は見られないが、実際は他の取り巻き同様足がすくんでいた。